【4163】寛解していた統合失調症の母が抑うつ状態になった
Q: 私は30歳の男性です。私の母親(現在60歳)の統合失調症に関する質問です
[経緯]
私自身は5年前から日本国外におり、母とは離れて暮らしており普段の生活の状況が詳しくわかりません。一番最後に統合失調症の症状であろう(と私が勝手に判断している)症状は、10年程前で、そのときの症状で記憶している点を挙げます。
私からみた所感:
・母は幻聴がきこえている
・睡眠がとれないため、意識混濁している時間がある(寝ると多少回復する)
・妄想に囚われ会話が成り立たない(話しかけても反応がない)
・病識は一切ないし、病識をもたせることは不可能
母の言動:
・TVで放送している事故や大きな事件は私が悪いことをしたために、おこっている
・私が神(?)のような存在なので、皆を救わなければいけないが、それができない。申し訳ない。
・誰かに盗聴されている、監視されている
・近所や私の知り合いの誰々さんが私を殺そうとしている
・お前たち(私含めた息子2人)も早く逃げたほうがいい
家族では当然対応できないので、精神科のある病院に連れていくことを目的に、保健所(?)に連絡をし、男性二人に手伝ってもらい、なんとか車に押し込め、病院に連れていきました。車に押し込む過程で母は、”墓にいれられる!!殺される!人殺し!助けて!”等々を大声で叫び、私に噛み付いたり、蹴り飛ばしたり等々、かなり暴れました。本人は本気で殺されると思っていたと思います。非人道的なことを自分がしていると感じ、苦しかったですが、私達(私、私の弟、母の旦那である私の父)の認識では病院に連れていくこと以外の母の症状の改善策が考えられず、このようにしました。
病院での診断は、統合失調症で、即入院となりました。この時、私ははっきり診断をした医師とコミュニケーションを取っておらず、私の父が取りました。そのため、当時の医師の所見がわかりません。入院し、数週間(すいません、入院期間は10年前のことなのではっきり覚えていません)の後は、回復し、退院しました。退院後、母の口から”当時はおかしかった、叩いたりして悪かった。でも当時は本当に殺されると思ってたんだよ”等々の、病識があること聞いて、改善したと感じました。その後、自宅に戻ってからは、薬をしばらく(何をどのくらいの量か、またどのくらいの期間か?は記憶がありません)飲んでいましたが、現在ではなんの薬も飲んでいません。病院にも通っていません。
その後、家族が認識する限りでは、母の統合失調症の症状は出ていません。
ただ、今から数ヶ月前に、抑鬱状態になり、弟と父が対応したようです(説明のしようがないので、本人の気分がひどく落ち込んでいるように見えることを抑うつ状態と呼ばせていただきます)。私は海外におり、全く母の状態を見ていないので、どのような症状が出ていたか具体的にはわかりません。弟と父の話を聞くと、妄想や盗聴されている等の症状は無く、単に抑うつ状態という感じです。抑鬱状態に至るきっかけがあり、通っているテニスクラブでの友人関係で悩んでいたそうです。父と弟が母の抑鬱状態に対応したといっても、病院に連れていくのではなく、身の回りの世話(家事が一切できなくなるのでそれを手伝う)、在宅の仕事の連絡の調整等々、社会生活に支障をきたさないように手配をしたという程度です。1週間程で回復し、現在は同居している父からは、普段どおり(抑鬱状態であるとか、統合失調症のような症状は見られない)と言われています。
[質問]
母はすぐにでも精神科を受診して治療を受けるべきでしょうか?
現在は母と同居している父が見る限り、問題はなさそうです。しかし、林先生の他のQ&Aの事例を見ると、統合失調症では、症状が収まったからといって通院や投薬を勝手に中断すると、症状がどんどん悪化してしまう、ということが典型のように思われます。そのため、今後どのように対応するべきか悩んでいます。
林:
母はすぐにでも精神科を受診して治療を受けるべきでしょうか?
今はその必要はないでしょう。但し、もしまた何らかの精神的変調の兆しが見られた場合には(この「何らかの精神的変調の兆し」には抑うつ状態を含みます)すぐにでも精神科を受診すべきです。そして治療がすぐに必要かどうかの判断をしてもらうべきです。
統合失調症では、症状が収まったからといって通院や投薬を勝手に中断すると、症状がどんどん悪化してしまう、ということが典型のように思われます。
その通り、それが典型です。しかしながら他方で、急性一過性精神病性障害というものが存在します。これは、本当は統合失調症に間違いないときでも、様々な理由から統合失調症という診断名を告げることを避ける目的の診断名として使われることもしばしばありますが、他方で、精神病症状(統合失調症と同等の症状)が文字通り急性一過性に出現し、その後は服薬しなくても再発が見られないケースが存在することもまた事実です。(【2115】急性一過性精神病性障害と診断された妻の経過 、【3149】急性一過性精神病性障害とは? 、【3213】急性一過性精神病性障害と統合失調症の違い何ですか などをご参照ください)
この【4163】のケースは、
その後、家族が認識する限りでは、母の統合失調症の症状は出ていません。
これが事実だとすれば、すなわち、本当に統合失調症の症状が出ていないとすれば(「家族が認識する限りでは」という表現に、事実を正確に判断しようという質問者の冷静な姿勢が読み取れます。私が「これが事実だとすれば」と言ったのは、「ご家族の認識が事実だとすれば」という意味です)、この【4163】のケースは、急性一過性精神病性障害であったと判断できることになります。
但し、
薬をしばらく(何をどのくらいの量か、またどのくらいの期間か?は記憶がありません)飲んでいましたが、現在ではなんの薬も飲んでいません。
この期間が不明であること(つまり、たとえば9年間は薬を飲んでいたが、ここ数ヶ月だけは飲んでいなかった という可能性も否定できない。文脈からはそうではないようですが、期間が明記されていない以上、その可能性は否定できません)、入院期間は「数週間」と記されていますが、症状そのものの持続期間が不明であること(急性一過性精神病性障害の診断基準には期間が明記されていますので、たとえば症状が1年間持続していた場合は、たとえその後に薬なしで完全寛解となったとしても、急性一過性精神病性障害とは診断できません)から、厳密には急性一過性精神病性障害と言えるかどうかは「わからない」ということになりますが、今はその問題は棚上げにすることにします。
ということで、約10年前の入院時には急性一過性精神病性障害と診断できたと仮定しますと、今回のエピソード、すなわち、
今から数ヶ月前に、抑鬱状態になり、
これが統合失調症再発の兆しかどうかということがポイントになります。
いま「約10年前の入院時には急性一過性精神病性障害と診断できた」と仮定しておきながら、「統合失調症再発の兆し」の可能性を指摘するのは矛盾しているようですが、これは現代の診断基準の構造に起因する見かけ上の矛盾にすぎません。すなわち、現代の診断基準では、端的に言えば、「診断は今つける」ことが基本姿勢になっています。「今」というのは極端な言い方ですが、もう少し正確に言えば、「診断は一定期間内に観察された症状に基づいてつける」ということです。
このことをこの【4163】にあてはめれば、急性一過性精神病性障害という診断は、10年前における一定期間内に観察された症状に基づく診断です。逆に言えばその後の経過は考慮しないということです。
ですから、その後、一生にわたって精神病症状の出現が見られなければ、診断は急性一過性精神病性障害のままですが、もし人生のどこかで精神病症状の出現があり、それが統合失調症の診断基準を満たす内容と期間であれば、その人の診断名は統合失調症ということになります。
すると10年前の急性一過性精神病性障害という診断は誤診であったかという問いが生まれますが、診断基準上はそれは決して誤診ではありません。「診断は今つける」のが現代の診断基準の規則だからです。
けれどもこれはあくまで診断基準上はそうだということであって、急性一過性精神病性障害の診断の10年後に精神病症状が出現し統合失調症の診断が確定した場合には、10年前の精神病症状もまた、統合失調症の症状が一過性に現れたとするのが妥当でしょう。すると「診断は今つける」という診断基準の規則を離れて全経過を見れば、「急性一過性精神病性障害と統合失調症」という二つの診断名ではなく、「統合失調症」という診断名のみになります。
ではこの【4163】はどうか。それは現時点では「わからない」ということになります。最近みられた抑うつ状態が、統合失調症の兆しか、それ以外か(「それ以外」には正常範囲の心理的反応を含みます)を判断する方法がないからです。
しかし現実には、統合失調症の兆しである可能性を十分に念頭において慎重に経過をみることが必要です。それがこの回答の冒頭に記した「今は(抑うつ状態から速やかに回復した以上は)精神科を受診する必要はない。但し、もしまた何らかの精神的変調の兆しが見られた場合にはすぐにでも精神科を受診すべき。」という結論を導きます。
なお今回も、そして今後も注意すべき重要な点は、
抑鬱状態に至るきっかけがあり、通っているテニスクラブでの友人関係で悩んでいたそうです。
このようなことを根拠に、統合失調症の兆しではないという結論に飛躍するのは危険だということです。なぜなら、人の心理状態の変化については、その原因を日常生活の中に探せばそれらしいものは必ず見つかるものですから、原因らしいものがあったからといって直ちにそれが正常範囲の心理的反応とは限らないからです。現実には、では正常範囲なのか病気の兆しなのかという判定は難しいことがしばしばありますが、この【4163】のように、統合失調症の可能性が一定以上に高い(統合失調症の素因を持っている可能性が高い と言い換えることもできます)場合には、安易に正常範囲の心理的反応であると納得しないことが大切です。そのような納得は、病気の発見を遅らせることになります。それが、この回答の冒頭に「何らかの精神的変調の兆しが見られた場合には」というやや曖昧な表現をとった理由でもあります。また一般論として、抑うつ状態は統合失調症の前駆症状としてしばしば見られるものであるという事実も重要です。
(2020.11.5.)