【4150】私は初期の統合失調症か、そうだとした場合、治療を受けた今、回復しているのか
Q: 20代・大学生・男性です。
私は約1年半前、自分が自臭症ではないかと疑い、精神科で診療を受けました。当時私は自分の体臭を気にするあまり、電車やバスに乗っているときや食堂・映画館など他人と隣り合わせになるときは極度の緊張状態に陥っていました。私はこのような病的状態になる前、子供の頃から自分あるいは他者の臭いに敏感な者でした。そんな折、ひょんなことから林先生のQ&Aサイトで自臭症のことを知り、迷いましたが精神科の門を叩くことにしました。私のそばに寄ってきた人は必ず鼻すすりや咳をする。しかし親や知人から体臭について指摘がないし、毎日きちんと入浴をし、服も洗濯しているのにおかしいではないか。そう思っていたのです。
簡単な面談のあと、主治医はやはり、臭いなどしない、自臭症だと言いました。同時に統合失調症のごく初期の可能性もあると言いました。先に述べましたように私は林先生のサイトを閲覧してましたから、自臭症と統合失調症が重なり合うような関係であることを知っていました。よって主治医の宣告にも動じず投薬治療の開始を受け入れました。最初に処方されたのはレキサルティ2mgです。その後眠気や倦怠感などの副作用が酷く、レキサルティ1mgに変更され、現在はロナセン4mgを服用しています。薬がロナセンに変わったあたりから私の症状は消えていきました。消えていきました、というのは非常に曖昧な実感を伴っています。というのも私には何をもって症状の回復と言えるのか明確な基準が分かりません。臭いというものに無頓着になるまで進まなければ完全に回復と言えないのでしょうか?
しかしながら日本社会において健常者であってもそのような人は少数派であると思います。いずれにせよ、私は現在、他人と隣り合わせになっても自分は臭いだろうかなどと考えないようになりました。
もうひとつ気になる症状があります。それは、なんともハッキリと表現するのが難しいものですが、読書やネットサーフィンをしてる際に、そこに書かれていることの理解が覚束なくなる、頭のなかで勝手に単語や文章をパラフレーズし始めるというようなものです。これらは自臭症が治まってから始まり、現在も不定期に起こります。程度もその時々であって、必ず息が詰まるような感覚に襲われます。主治医には知能が下がったような気がするという主旨の申し出をしています。主治医は薬の副作用で頭がボーっとすることもあると言います。別にボーっとしているような感覚はありませんので半分納得しているような形です。
ところで、私は心の片隅に自分が本当に統合失調症なのかという疑問を抱いています。それは【3360】のように私もスクリーニング検査だけで統合失調症と認定されたと思えるからです。自臭症的症状の他に周りから監視されていると感じているか、周りから敵意を向けられてるように感じるか聞かれ、私は前者は否定しましたが、後者についてはそんな気もすると答えました。
主治医は初期の統合失調症の可能性もあって、それはもう少し長い時間見て行かないと本当に統合失調症かどうかわからないと言いながら、その次の診察から完全に私を統合失調症患者として扱っているようでした。こう書くと如何にも診断に不信感を持っているようですが、現在の薬は副作用もありませんし、是が非でもやめたいわけではありません。ただ、症状が既に落ち着いた後の診察で、後々は薬を増やしていくかもしれない、若いうちは副作用もでやすいから。と言われ驚いたのがきっかけです。
以上、できるだけ詳しく私の症状について記したつもりですが意味不明なところがあればお許し下さい。
質問の主旨としては二つです。
(1)私の統合失調症は回復していると言えるのか
(2)そもそも統合失調症であるのか
ということです。
よろしくお願いいたします。
林: 統合失調症の可能性は十分にありそうです。
自臭症と統合失調症が重なり合うような関係
その通りで、それは非常に重要な知識です。この【4150】の質問者はすでにお読みかと思いますが、特に重要なポイントを若干説明しますと、【0774】自己臭恐怖症と診断された弟の自殺未遂 などに記した通り、自臭症(自己臭症、自己臭恐怖などという呼び方もあります)と統合失調症には、自我障害、特に自我の境界の障害が根本にあるという共通点があります。自臭症が統合失調症の前駆症状として現れることがしばしばあるのは、この共通点によって説明することができます。すなわち、根本に自我障害があり、それが前駆期や初期には自臭症という形のみで現れ、徐々に自臭以外の領域にまで顕在化していくというプロセスです。ですから、自臭症という症状が現れたとき、それは統合失調症の前駆期または初期である「かもしれない」と考えるのは適切なことです。
この【4150】のケースでも、抗精神病薬による治療が開始されたということは、統合失調症の前駆期または初期であると判断されたとみるのが妥当でしょう。後に主治医から、薬の増量も示唆されたことはこの判断を裏づけます。
そして質問者の(1)(2)の疑問は、いずれも冷静な洞察に基づく合理的なものです。
(1)私の統合失調症は回復していると言えるのか
この質問の背景には、薬物療法によって確かに症状は軽くなったものの、ゼロにはなっていないという事実があります。その事実を認識されたうえで、
私の症状は消えていきました。消えていきました、というのは非常に曖昧な実感を伴っています。・・・。臭いというものに無頓着になるまで進まなければ完全に回復と言えないのでしょうか?
という疑問を持っておられます。
これにお答えする前に(2)に進みたいと思います。
(2)そもそも統合失調症であるのか
自臭症は、統合失調症の前駆症状等であることもありますが、他方で、単独の症状として現れ、そのまま持続することがあります。すると、最初の時点で自臭症の症状のみであった場合、それは統合失調症の前駆期なのか、あるいはそうではなく自臭症としか言えないのかはわからないということになります。実際の臨床では表情や態度を含めた全体像によって、その時点で統合失調症という診断に大きく傾くことがあります。もう一つ診断上重要なのは、併発する統合失調症らしい症状の有無です。たとえば【1433】自分の思っていることが筒抜けになっている感じ や【2348】対人恐怖症と自己臭症で半年ひきこもっていますは自我障害等の症状を併発しており、統合失調症の診断は確実といえます。
その観点からこの【4150】に目を向けますと、
読書やネットサーフィンをしてる際に、そこに書かれていることの理解が覚束なくなる、頭のなかで勝手に単語や文章をパラフレーズし始める
この症状はきわめて重要です。これは、自分の中に自分ではコントロールできないものが発生しているという意味で、かなり明確な自我障害です。したがって統合失調症の可能性は高いと言えます。
もしこれが統合失調症の症状だとすれば、自臭症と同時に発生するのが自然で、
これらは自臭症が治まってから始まり、
というのは矛盾していると思われるかもしれません。すなわち、統合失調症の症状であれば、薬によってよくなるはずであって、薬を飲み始めてから出てくるのは矛盾している、論理的には確かにそのように言えるでしょう。
しかし臨床上はこのようなことはしばしばあります。まだ薬による効果が不十分で、色々な症状が出始めていると解釈すれば論理的整合性も十分にあります。
主治医には知能が下がったような気がするという主旨の申し出をしています。
「主旨の」という表現は曖昧で、実際にどのように申し出られたかが不明ですが、「頭のなかで勝手に単語や文章をパラフレーズし始める」という具体的な体験が何より重要ですので、もし単に「知能が下がったような気がする」と申し出ただけであれば、主治医も正確な判断はできないでしょう。
主治医は薬の副作用で頭がボーっとすることもあると言います。
これは「頭のなかで勝手に単語や文章をパラフレーズし始める」ことの説明にはなっていません。おそらく症状が具体的に主治医に伝わっていないために、このような説明のズレが生じたのだと思います。
最後にご質問事項への回答をあらためて要約します。
(1)私の統合失調症は回復していると言えるのか
回復途上にあると言えます。完全には回復していません。
(2)そもそも統合失調症であるのか
統合失調症の可能性はかなり高いです。
(2020.10.5.)