【4192】私は統合失調症を発症しているのか、あるいは今後発症したとき気づくことができるか
Q: 30代男性です。
自分が統合失調症ではないか、あるいは今後統合失調症になっても自分自身で気がつかないのではないかという不安があります。
まず、私には下記のような症状があります。
A. 街中で電車などでこちらのほうに顔を向けている人がいると、私の顔や姿をを見られているのではないかと不安になります。私の醜悪な容姿、汚い肌、見窄らしい衣服、ファッションセンスのなさ、体臭などを不快に思われたり、馬鹿にされたりしているのではないかという不安です。しかし実際にはこのような不安は荒唐無稽な杞憂であるとも考えています。身なりを笑われたことも本当にあったかもしれませんが、道行く人みんながそのようなことを考えているはずもなく、多くの人はそもそも私のことなど気にすらしていないだろうと認識しています。逆に言うと、杞憂であろうということがわかっているにも関わらず、やはり不安にはなってしまうのです。
B. 普段は幻聴や幻覚の自覚症状はありませんが、疲労が蓄積している日などは、日中に繰り返し聞いた音が、入眠前に音として聴こえてくることがあります。例えば仕事の会議が連続して行われていた時期は、その会議の司会進行をしていた人が何かを喋っているような声が鮮明に聴こえて来ることがありました。日本語としての言葉が聞こえるわけではなく、声質と音の抑揚のみが聴こえてくるようなイメージです。また、旅行中のホテルで入眠前に、日中に繰り返し聴いていた虫や鳥などの声が聴こえてくることもしばしばあります。この幻聴が聴こえるときに不快な気分はありません。この幻聴は頭の中で意識的に音を思い浮かべるのとは全く異なったリアルさがあるものの、実際に耳から鼓膜を通じて聴こえている音ではなく、幻聴であるということが明確に認識できます。
上記A, Bとも、根拠はありませんが他の健常な人にも起こりうることではないかと考えています。加えて、どちらも自分の中で完結しており、対外的にトラブルになるようなことではありません。ですので今現在自分自身が統合失調症であるとは認識していません。ただ、自分は精神病ではないなどという自己判断はあてにならないであろうということや、統合失調症はおよそ100人に1人という高い罹患率であるという話を聞いたことで不安が生じております。今現在統合失調症でなくとも、今後統合失調症が発症した場合に正しい病識を持てずに、周囲に迷惑をかけたり治療が遅れ望ましくない事態に陥ったりするのではないかという不安です。
林先生にお伺いしたいのは下記の2点です。
1)上記の症状A, Bは統合失調症によるものと考えられますでしょうか。
2)もし今後統合失調症やその他の精神病を発症した際に、正しく病識を持てるように、今から気をつけるべきことはあるでしょうか。
林:
上記A, Bとも、根拠はありませんが他の健常な人にも起こりうることではないかと考えています。
ある意味その通りです。「ある意味」というのは、統合失調症の症状であってもそれが軽い場合は、A,Bのように文章で表現すると、健常な人にも起こり得る体験と、統合失調症の症状としての体験は区別がつかない、またはつきにくいという面があることを含意しています。
A, Bは、結論としては健常な人にも起こりうるという以外にないと思いますが、それでも統合失調症「らしい」点を指摘するとすれば、
Aについては、
杞憂であろうということがわかっているにも関わらず、やはり不安にはなってしまう
このように、論理的にはその不安に根拠がないと十分にわかっているにもかかわらず不安がぬぐいきれないという点。
Bについては、
この幻聴は頭の中で意識的に音を思い浮かべるのとは全く異なったリアルさがあるものの、実際に耳から鼓膜を通じて聴こえている音ではなく
このように、主観的には「幻聴」(=聞こえる。聴覚としての体験)である一方で、通常の聴覚体験とは一種異なっており、しかし「リアルさがある」という矛盾。
以上が統合失調症「らしい」点ですが、しかしこれらも、少なくとも文章で表現すれば、どちらも健常な人にもありうる体験であると言う以外にないでしょう。
ここまでがそのまま
1)上記の症状A, Bは統合失調症によるものと考えられますでしょうか。
に対する回答になります。
2)もし今後統合失調症やその他の精神病を発症した際に、正しく病識を持てるように、今から気をつけるべきことはあるでしょうか。
これについては、100%有効な方法は存在しませんが、「自分は統合失調症ではないと信じたいという判断バイアス」に十分注意することが一つの重要なポイントです。
統合失調症の発症前後においては、すでにその時点で全く病識がなく、自分が病気かもしれないという発想はゼロの場合があります。この場合は残念ながら「発症した際に、正しく病識を持てるように」することは不可能です。
けれども他方、発症前後の時期には(そして、発症後にも)、自分には何か変調が生まれている、今までも自分とは何か違う、もしかすると病気かもしれない、などのように、ある程度の病識を伴う場合があります。この時期に受診し治療を開始すれば、その後の経過はかなり良好になることが期待できます。逆にそのような病識を打ち消してしまうと、治療開始が遅れ、経過は不良になります。このとき、「自分は統合失調症ではないと信じたいという判断バイアス」が、せっかくの病識を打ち消すことになることがしばしばあります。
この【4192】の質問者においては、質問文のA, Bのように、健常者にもある体験について、それらが統合失調症の体験かもしれないと考える十分な洞察力を持っていることが読み取れ、すると「自分は統合失調症ではないと信じたいという判断バイアス」についての心配はないようにも思えるところですが、そういう人でも病気が進行すると、自分の体験は事実であるという確信が高まり、そこにこの判断バイアスが重なって、受診を拒否するという方向に傾きがちです。いったんその流れに入ると、病気はさらに進行し、病識はさらに失われていき、もはや受診しようという気は起こらず、受診するのは非常に重い状態になって強制的ないし半強制的という形しかありないという事態に繋がります。このような事態を回避するため、「自分は統合失調症ではないと信じたいという判断バイアス」に十分注意し、変調が強まったという自覚があれば早期に受診してください。
(2020.12.5.)