【4032】統合失調症がきれいに治癒するということはあるのでしょうか 

Q: 30歳代、内科医をしております。先生のホームページは学生時代から興味深く拝見させていただいております。
質問させていただきたいのは、【4009】近隣トラブルだと思っていたのですが、病気なのでしょうかの最後に述べられた、「きれいに治癒する」というところです。先生は常々統合失調症は継続的な治療が重要であり、治療の中断は再発を招く危険が高いということを強調されているように思います。しかし、一般的に「治癒する」とは、「投薬や通院などの医療的介入が必要なくなるほどに改善する」という意味ではないでしょうか。私自身が専門としている領域の疾患に関して言えば、「治癒する」と断定できるものがほぼ無いので、なおさら違和感を覚えるのかもしれません。先生のおっしゃりたかった内容は、「発症年齢が高い統合失調症は比較的予後が良い(投薬が不要となることと同義ではない)」ということでしょうか、それとも私の認識で言うところの「治癒する」ということでしょうか。

揚げ足取りのような質問で恐縮ですが、昨今の報道やSNSなどの情報を見ていますと、発表された内容の一部分だけがフォーカスされ、意図した内容とはかけ離れた意味をもって伝えられてしまうことが往々にしてあるため、先生の記載された内容も一部の悪意あるインフルエンサーに「統合失調症は治癒するので症状が改善したら投薬や通院は不要」という間違った印象を与える内容で拡散されてしまうことを危惧しております。もちろん、どのように正確に記載したとしても誤って伝わってしまうこともありますので、表現が適切かどうかということは非常に難しいこととは思いますが。

専門家の先生にこのような指摘をする無礼を何卒容赦ください。先生の今後のますますのご活躍を祈念しております。

 

林: 貴重なご指摘をありがとうございました。

先生は常々統合失調症は継続的な治療が重要であり、治療の中断は再発を招く危険が高いということを強調されているように思います。

その通りです。

しかし、一般的に「治癒する」とは、「投薬や通院などの医療的介入が必要なくなるほどに改善する」という意味ではないでしょうか。

ご指摘の通りです。

先生のおっしゃりたかった内容は、「発症年齢が高い統合失調症は比較的予後が良い(投薬が不要となることと同義ではない)」ということでしょうか、それとも私の認識で言うところの「治癒する」ということでしょうか。

ここが最大のポイントで、端的にお答えすれば後者です。質問者の認識で言うことろの「治癒する」、すなわち 「投薬や通院などの医療的介入が必要なくなるほどに改善する」という意味 です。

但し、そのような病態を統合失調症と呼んでいいかという、より根本的な問題がここにはあります。質問者は精神医学がご専門ではないものの医師であられるとのことですので、統合失調症の古典的なイメージは、「若年で発症し、徐々に人格水準が低下し、最終的には人格荒廃状態に陥る」という、クレペリンが記載したものであることはご承知かと思います。そしてさらには、そのイメージは現在では通用しないこともご承知かと思います。

このような歴史的背景があるため、統合失調症という疾患の範囲はいまだに一定しないという現状があります。クレペリンの記載したような経過をたどるケースのみを統合失調症と呼ぶという極端な立場もあれば、他方、一過性できれいに治癒する(これは「投薬や通院などの医療的介入が必要なくなるほどに改善する」という意味です)ケースも統合失調症と呼ぶという逆の立場もあります。汎用されている診断基準のDSM-5では、症状が6ヶ月以上続けば統合失調症、6ヶ月未満ですと短期精神病性障害と診断することが定められていますが、6ヶ月というのは一応の基準にすぎず、生物学的には6ヶ月で区切って診断名を変える根拠はありません。

また、診断基準を別にしても、一時的に(ここで「一時的」の具体的期間は定めません)統合失調症としてかなり典型的な症状があっても、きれいに治癒するケースが相当数存在することもまた事実です。そのようなケースは、若年でも存在しますが、中年以後に発症したケースに相対的に多いというのが臨床的な事実です。これが【4009】の私の回答の背景です。

但し、そのようなケース(きれいに治癒する = 投薬や通院などの医療的介入が必要なくなるほどに改善する)に再発のおそれがないという意味ではありません。一度でも統合失調症の症状が現れた人は、たとえきれいに治癒しても、一般人口に比べて、その後の人生で統合失調症の症状が現れやすいと言えます。これはおそらく脳内に、発症閾値以下ではあるものの統合失調症に特有の変調が存在し、それがある時(多くは何らかのストレスがかかった時)顕在化するというメカニズムによると思われます。したがって、たとえきれいに治癒したとしても、【3846】必要な時には治療を行う姿勢 を維持することが必要であると言えます。(その必要性がある以上は きれいに治癒 したとは言えないという厳密な考え方もあろうかとは思いますが、私はそのような立場は取りません)

昨今の報道やSNSなどの情報を見ていますと、発表された内容の一部分だけがフォーカスされ、意図した内容とはかけ離れた意味をもって伝えられてしまうことが往々にしてあるため、先生の記載された内容も一部の悪意あるインフルエンサーに「統合失調症は治癒するので症状が改善したら投薬や通院は不要」という間違った印象を与える内容で拡散されてしまうことを危惧しております。

その危惧はもちろんあると思います。そして、

もちろん、どのように正確に記載したとしても誤って伝わってしまうこともありますので、表現が適切かどうかということは非常に難しいこととは思いますが。

それもまたご指摘の通りですが、しかし、「どのように正確に記載したとしても誤って伝わってしまうこともある」というよりも、「どのように正確に記載したとしても故意に誤って伝えようとする人は一定数存在する」というのが事実をより正しく指摘する記述だと思います。このとき、「故意に誤って伝えようとする人」は必ずしも悪意を持っているとは限らず、善意で歪曲したり、希望を持ちたいという気持ちによって誤読したりすることもかなりあると思われます。

このような状況であるとき、情報を発信する側の姿勢としては、明るい事実も暗い事実も、事実の通り記すことが正しいと私は考えます。それがこのサイト開設以来の変わらぬ方針です。

(2020.5.5.)

05. 5月 2020 by Hayashi
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