【3958】統合失調症からの回復に伴い、現代の矛盾が見えてきました(【3945】のその後)
Q: 【3945】良い幻聴も消さないといけませんかの20代女性です。
かかっているお医者さんにお話するのは直接治療に関わると思うので、インターネット上で精神科医の方に話せる機会をありがたく思います。
病識が持ててから自分にとって良い幻聴ばかり聞こえるのがとても不思議で、色々調べたら心理学者のジュリアン・ジェインズの二分心という仮説を見つけました。
ご存知かもしれませんが稚拙な要約をさせていただくと、およそ3000年前は人間は皆、右脳が導き出す神の声に従っていた。言葉が生まれてから意識という概念が生まれた。現在はその名残で統合失調症がある。
というものです。
林先生はこの二分心の仮説についてはどう思われますか?
私は、病識が持ててから再発して生まれた幻覚が、とても神秘的なもの思えて仕方ないのです。
こういう考え自体が病気だと言われればそれまでですが、今の社会が人間本来の姿を抑圧するおっかないものに思えるんです。
社会全体が何かのふりするものだらけに見えて気持ちが悪くなります。
言い知れない不安感や社会機能の低下を、精神科医療のおかげで改善されて、感謝はしています。
ですが精神科医療が、現代における「正しい」感情を持つことを強制していて、その「正しさ」っていったいなんなのだろう?と疑問に思います。
医療保護入院や措置入院をすると、「正しい」感情を持たないと病院から出られない罰を与えられているようで、怖くなります。
私は2回身体拘束されました。1回目は病識を持てず怖い幻聴ばかり聞こえていて幻聴に絶対服従していたので、今思えば当然の処置として納得しています。その時の治療に感謝しています。
ですが2回目の身体拘束は、私としては自傷他傷するつもりなんか当然なかったし、入院しなければいけない理由もきちんと話せばわかるはずだったのに、仕事に対する責任感から入院したくない旨を伝えたら、無理やり保護室に担ぎ込まれて身体拘束されました。本当に意味がわからず屈辱的で辛かったです。
そういう行為が私を怒らせていたのに、情緒不安定だと思われたのか安定剤と思われるものを打たれました。
そういう治療制度に対する疑問や、社会に対する違和感を、今かかっているお医者さんに少しでも話したら、単に病気が悪化したと認定されて、薬を増やされるだけではないか、まともに聞いてはくれないのではないか、と思ってなにも言えません。
私は、病気をわかっているふりをして薬を飲みながら、この体験が病気だと思われる現代が何かおかしい、とどこかで思っています。
私は、治療のおかげで今も一般就労してごく普通の人と同じように暮らしています。
普段病気なことは隠しています。自分自身、統合失調症だと思われるのは、何か恥ずかしいことのことに思ってしまいます。ですが一方でこれを病気だと定義する現代がどこかおかしいのであって、この素敵な体験をさせていただいた目に見えない何かに畏敬の念も抱いています。
なのに社会的弱者として偏見の中生きていかないといけない矛盾を苦しく思います。
頭おかしいと思われると思うので普段隠していますが、私には地球の鼓動や地球を回す男女の声が聞こえるんです。
死後の世界のことや、魂の話など、目に見えない世界のことを教えてくれる存在がいます。
言葉に上手く翻訳する術がまだないので説得力がありませんが、聞こえる声達は理に適っていると思えます。
私の親は、こういった幻聴は自分自身が考えている思考が幻聴になって生まれるんだと思うよと言いますが、聞いてる当事者からすると、私の思考以上に大きい意識が働いているように思えます。
聞こえる幻聴って、いったいなんなのでしょうか?
また、もう一つ不思議なのが統合失調症の症状が再燃しているときは、共感覚的なものが強くなります。音楽を聴いた時に色聴を感じたり、数字に色がついて見えたりします。幻聴は、共感覚的なものが強くなっただけのように感じます。こういった研究や、統合失調症の方のこういった意見はありますか?
なにが言いたいのかよくわからない文章で申し訳ありません。
あくまで精神科医としての解答であるとは思いつつも、こういった病気を1番見ていてよくわかってらっしゃると思うので、何かご意見が欲しいと思いメールを送らせていただきました。
普段隠している統合失調症の症状について話してしまいましたが、この文章はやっぱり病気らしいですか?
林: はい、統合失調症らしい文章です。
その一方、質問者の統合失調症に対する治療の効果が出ていることは確かだと思います。
私は、治療のおかげで今も一般就労してごく普通の人と同じように暮らしています。
ということから見ても改善は明らかですし、また、前回の【3945】に記されていた激しい症状と比べれば格段に安定していることは誰が見ても明らかでしょう。
けれども、それは以前の状態に比べて相対的に見ればよくなっているということであって、まだまだ十分に回復しているとは言えません。むしろ水面下では悪化が進行しているという見方も不可能ではありません。
そう判断できる理由は、第一は、このメール全体から読み取れる思考障害です。第二は、かなり固定化し確信度も強いと思われるこの症状です。
私には地球の鼓動や地球を回す男女の声が聞こえるんです。
死後の世界のことや、魂の話など、目に見えない世界のことを教えてくれる存在がいます。
言葉に上手く翻訳する術がまだないので説得力がありませんが、聞こえる声達は理に適っていると思えます。
【3944】幻聴に恋をしてしまいしました の回答に、
「統合失調症の幻聴は被害妄想的な内容が圧倒的に多いですが、ケースによっては、病気の経過につれて、本人にとって快い内容に変わることがあります。この場合、症状が好転したという見方と、全く逆に、幻聴が存在するという病的な状態に安住してしまったのだから症状は悪化したという見方があります。」
と記しましたが、「地球の鼓動や地球を回す男女の声が聞こえる」というこの【3958】の幻聴体験とその体験に対する態度は、質問者の病状が、「幻聴が存在するという病的な状態に安住してしまった」に近いステージにあることを感じさせるものです。
第一のほう、すなわち「このメール全体から読み取れる思考障害」については、ひとことで言うと、「衒学的(げんがくてき)な雰囲気が濃厚」ということです。
それを説明するためには、まず、統合失調症思考障害一般についての説明から入る必要があると思います:
統合失調症で見られる思考障害の中には、ごく一部ですが、思考の障害というより、むしろ独創的な思考といった方がいい印象のものがあります。思考は「障害」というとネガティブな意味になりますが、「独創」はポジティブな意味です。少なくともポジティブな意味が強い表現であると言えます。そして独創とは、ある程度は奇抜な要素を必ず含んでおり、時には奇矯、衒学的に傾きます。
実際には、統合失調症の思考障害の大部分は、障害であることが明らかなものです。妄想を含んでいることも多々ありますが、明らかな妄想が含まれていない場合でも、論理が大きく乱れていたり、思考の道筋がおかしいなどの異常が認められるものです。(下記の分類A)
その論理の乱れ等が、一見するとそれほど著しくなく、障害と名付けることには躊躇する場合があります。それは独創的な外観を呈しており、しかし独創的というポジティブな意味は付与しにくく、現実にはやはり障害であるとみる以外にないものです。そうなると奇抜、奇矯、衒学的などと名付けるほうが適切になります。(下記の分類B)
しかしながら、その中のさらにごく一部に、真に 独創的 という言葉にふさわしい思考が見られることがあります。それは人類にとっても非常に貴重なものですが、現実には例外中の例外です。(下記の分類C)
以上の三つの段階(実際にはあらゆる移行がありますが、便宜上三つの段階とします)のうち、
大部分の思考障害をA
独創的な外観を呈している思考をB
真に独創的で生産的な意味がある思考をC
としますと、
A の例としては、【2444】私は自然治癒力で統合失調症を治しました、【1541】皆と同じようにiPodの手術を受けたい 、【1302】私は近日中に殺されるかもしれない。小鳥を飼ったほうがいいでしょうか。などを挙げることができます。
Cは上記の通り例外中の例外で、精神科Q&Aの中には適切な例がありません。
世界に目を向ければ、映画『ビューティフル・マインド』でも紹介された、ノーベル賞学者のジョン・ナッシュ John Nash の思考を挙げることができます。
【3555】自己診断では「理論的に考えられる」が「考えすぎるタイプ」だという結論です や【3543】外思共有の概念については、AとBの間くらいに位置していると言えるでしょう。
この【3958】の質問者の発想は、一瞬Bに見えますが、やはりAです。最大限贔屓目に見てもAとBの重なる部分とまでしか言えず、Bに分類することには無理があります。それはメール全体からそう言えるということであって、部分部分を切り取ってみれば、Bに分類できるか、または、特に独創的とは言えなくても、理にかなった思考であると言える部分も多々あります。
たとえば質問文冒頭の、ジュリアン・ジェインズの二分心は、それ自体、興味深い仮説に見えるとまでは言えますが、冷静に考えてみれば何の根拠もなく、かつ、証明する方法がないことも明らかですから、単なる放言に近いものにすぎません。そして、このような仮説に強く惹かれるのは、統合失調症の中のある一部の人によく見られる特徴でもあります。
また、
精神科医療が、現代における「正しい」感情を持つことを強制していて、その「正しさ」っていったいなんなのだろう?と疑問に思います。
これも一見すると現代社会や現代の精神医療の裏にある矛盾を鋭く衝いた言説であると感じられるものですが、質問者がこの言説に至った経緯をたどってみますと、
精神科医療が、現代における「正しい」感情を持つことを強制していて、
という前提の時点ですでに危ういものがあります。つまり、この前提を正しいと考える根拠が薄弱で、したがって言説のそもそもの基盤が脆弱ですから、
その「正しさ」っていったいなんなのだろう?と疑問に思います。
その疑問から展開されている論は、実のところ質問者の内部だけに発生した根拠をもとにした、ある意味カラ回りをしているものであると言えます。
医療保護入院や措置入院をすると、「正しい」感情を持たないと病院から出られない罰を与えられているようで、怖くなります。
質問者の「根拠」の一つ(あるいは主たる根拠)が、この「医療保護入院や措置入院をすると、「正しい」感情を持たないと病院から出られない罰を与えられているようで」であると読み取れますが、この「根拠」自体、質問者の主観を言っているにすぎず、客観的な事実とは認められません。
そして質問者がこの「根拠」を持つに至った理由として、
2回目の身体拘束は、私としては自傷他傷するつもりなんか当然なかったし、入院しなければいけない理由もきちんと話せばわかるはずだったのに、仕事に対する責任感から入院したくない旨を伝えたら、無理やり保護室に担ぎ込まれて身体拘束されました。本当に意味がわからず屈辱的で辛かったです。
そういう行為が私を怒らせていたのに、情緒不安定だと思われたのか安定剤と思われるものを打たれました。
という体験があることが窺われます。
この体験談についての評価は難しいところで、もちろんこれは、現代の精神医療の暗部についての事実を指摘している貴重なものかもしれませんが、そのように考える前に、この主観的体験が 事実である / 事実でない の両方の可能性を慎重に検討する必要があります。
というのは、激しい興奮状態で強制入院させられたり拘束された人は、後日になって、このような主観的体験 (自分はそのとき冷静な状態で、強制入院させられる理由がないのに、話も聞かずに無理やり強制入院させられた、など) を語ることが多いからです。それは決して本人が嘘をついているのではなく、その時の認知機能が歪んでおり、事実を正しく認識し記憶することができなかったとみるのが妥当です。
そしてこの【3958】のケースの全経過からは、思考障害が根強く存在し、特に症状が悪化した時には思考障害もさらに悪化して著しいものになっていたと推定するのが合理的ですので、強制入院のころについての主観的体験が、ご本人の記憶の通りであったとはなおさら考えにくいケースであると言えます。
さらに、具体的な記述の内容に目を向けた場合でも、たとえば、
仕事に対する責任感から入院したくない旨を伝えたら、無理やり保護室に担ぎ込まれて身体拘束されました。
そのような経緯はきわめてありそうもないことで(もし事実なら違法といってもいい経緯でしょう)、このときの質問者の認知機能にかなりの歪みがあったとみるほうがはるかに妥当です。
もちろんそうは言っても、例外的に事実であった可能性も十分に検討する必要がありますが(その検討はメール相談では不可能です)、メールの情報だけで判断した場合、どちらの可能性が高いかといえば、質問者の主観的体験は事実ではなかった可能性の方がはるかに高いと思います。
すると、質問者の一見すると現代社会や現代の精神医療の裏にある矛盾を鋭く衝いた言説、すなわち、「精神科医療が、現代における「正しい」感情を持つことを強制していて、その「正しさ」っていったいなんなのだろう?と疑問に思います。」は、この言説を生むに至った根拠自体が精神病症状に基づいていることになります
また、ここで重要な点は、たとえこのように精神病症状に基づく根拠からの論でなくても、つまり根拠は別にしても、質問者の論は思考自体の障害の影響が大きいと考えられることです。
すなわち、上記の強制入院時の体験談の内容が仮にすべて事実だったとして、ではその事実から
「精神科医療が、現代における「正しい」感情を持つことを強制していて、その「正しさ」っていったいなんなのだろう?と疑問に思います。」
という推論を導くのが正常の思考と言えるかと、とてもそうは言えないでしょう。
長くなりましたが、冒頭の回答に戻ります。
普段隠している統合失調症の症状について話してしまいましたが、この文章はやっぱり病気らしいですか?
はい、統合失調症らしい文章です。
まだまだ回復は不十分です。
この【3958】の質問者は、悪化のおそれの方を現実的なものとして認識する必要があります。ここでいう「悪化」とは、以前あったような激しい精神病症状に基づく興奮状態を指します。そうなればまた強制入院は避けられず、するとその際の医療に対する不満・不信から(この不満・不審は、前述の通り、事実に対する不満・不信というより、精神病症状に基づくものである可能性が著しく大です)、精神医療を忌避する傾向がさらに強まり、その結果は治療を十分に受けずに、統合失調症がさらに悪化・進行するという悪循環に陥ることが危惧されます。
(2020.1.5.)