【3973】 幼少期の虐待による解離性健忘と虐待性の遺伝は関係するのでしょうか
Q: 20代男です。私は幼少期に父からほぼ虐待を受けて成長しました。「ほぼ」と表記したのは、暴力を過度に受けてきた事実しか記憶にないためです。その時どんな感情だったか、痛みの程度などが記憶にないです。また「過度に」と表記したのも、その暴力は父の感情的な暴力ではなく、私の過失に対して罰としての暴力であったためです。
その甲斐あってか、私自身現在の性格人格キャリア等に一切の不満はありません。
私は、現在の自分に不満がないことと、虐待期の恐怖的感情を覚えていないことの2つが、このさき生まれてくる私の子供に私が虐待をするのではないかと不安になります。
つまり、解離性健忘によって虐待の負の側面を忘れてしまった私は、心の奥底では虐待肯定派であるように感じます。
もちろん虐待が良くないことは重々承知ですし、絶対にそのような教育はしたくないと思っています。他方、被虐待経験のある親が子に虐待するといういわば虐待の遺伝は現実にある事実だと知っています。
幼少期の虐待による解離性健忘と虐待性の遺伝は関係するのでしょうか?
また、虐待の遺伝の対策として、カウンセリング投薬等々で当時の記憶を取り戻し、被虐待時の恐怖的感情を取り戻すことは有用なのでしょうか? 現在の私は心身ともに良好です。
林: 子が親からある行動を受ける。その子が親になったとき、自分が親から受けたのと同じ行動を自分の子にする。これは「世代間伝達」と言います。質問者はこれを「遺伝」と言っていますが、世代間伝達は遺伝とは限りません。学習かもしれません。ここでいう「行動」が、たとえば「虐待」だとすれば、親が持っていた「虐待をしやすい傾向を作る遺伝子」が子に伝わり、自分の子に対する虐待として現れた。これが「遺伝」です。親から虐待された経験を記憶し、自分の子に対してその記憶に基づき虐待を行なった。これが「学習」です。
被虐待経験のある親が子に虐待するといういわば虐待の遺伝は現実にある事実だと知っています。
その通り、被虐待者が親になったとき、自分の子を虐待することが少なくないことは事実ですが、それは「虐待の遺伝」ではなく、「虐待の世代間伝達」と呼ぶのが正しいです。
それはそうと、質問のポイントは次の点です。
現在の自分に不満がないことと、虐待期の恐怖的感情を覚えていないことの2つが、このさき生まれてくる私の子供に私が虐待をするのではないかと不安になります。
つまり、解離性健忘によって虐待の負の側面を忘れてしまった私は、心の奥底では虐待肯定派であるように感じます。
これは、
(1) 解離性健忘によって虐待の負の側面を忘れてしまっているために、
(2) 自分が子を虐待するのではないか
という2段階から構成されている不安です。
けれどもこのうち、(1)には根拠がありません。(2)は統計的にみて合理的な不安ですが、(1)が(2)の原因であるという推定を支持する具体的な根拠はありません。
したがって、虐待の予防策として、
カウンセリング投薬等々で当時の記憶を取り戻し、被虐待時の恐怖的感情を取り戻す
ことが適切であると考える根拠もありません。
なお、
幼少期の虐待による解離性健忘と虐待性の遺伝[世代間伝達]は関係する
ということが証明されれば、質問者の上記(1)(2)の推定には根拠が発生します。
しかしながら現実には、「幼少期の虐待による解離性健忘」と「虐待の世代間伝達」の関係を証明することはきわめて困難で、ほぼ不可能といってもいいでしょう。したがって、この関係が証明できない以上、上記(1)(2)の推定の根拠は発生しません。
現在の私は心身ともに良好です。
とのこと、そうであればなおさら、ご自分の意思で虐待を絶対に避けるというのが最も適切な対策でしょう。
(2020.1.5.)