【3265】気分変調症とはどのような病なのか
Q: 20代女性です。気分変調症とはどのような病なのか教えていただきたくメールを差し上げました。
私がよく耳にする気分変調症の特徴といえば、「慢性的に続くうつ状態」「うつ状態の程度はうつ病ほど深刻ではない」「抗うつ剤が効きにくい」の3点ですが、林先生は【3010】単に気分変調症なのでしょうか で『「気分変調症」は、「気分の波はあるが、双極性障害などの診断基準を満たすには至らない」
ものを指します。』と仰っています。
この『双極性障害など』というのは、いわゆる気分障害のことでしょうか?
また、気分変調症は必ずしもうつ状態が慢性的に続くわけではなく、躁とまでは言えない気分の高揚がある場合もあるということでしょうか?
また、「慢性的に続くうつ状態」も「双極性障害などの診断基準を満たすには至らないもの」も気分変調症と呼ぶ場合、同じ気分変調症でも症状に差が出るのは何故ですか?
程度の差によるものなのでしょうか。あるいは、気分変調症の中でも原因が異なってくる可能性はあるのでしょうか
質問が多くなってしまいましたが、ご回答いただければ幸いです。
林: 現代の公式の診断基準では、ある一定の症状を満たすことで、診断が決まります。「ある一定の症状を満たすことで診断が決まる」というのは当然のようですが、実のところこの診断の決め方は、医学の常識からは(そして一般常識からも)かけ離れています。というのは、「ある一定の症状を満たすことで診断が決まる」とはすなわち「症状さえ満たせば、ほかのことは問わない」からです。「ほかのこと」とは、原因や経過を指します。したがって、ご質問の各項目については、公式には、次のような回答が正しいということになります。
「慢性的に続くうつ状態」も「双極性障害などの診断基準を満たすには至らないもの」も気分変調症と呼ぶ場合、同じ気分変調症でも症状に差が出るのは何故ですか?
それは診断基準にそう定められているからです。
あるいは、気分変調症の中でも原因が異なってくる可能性はあるのでしょうか
原因は診断とは関係ありません。
このような答が正しいというのは、この回答の冒頭の通り、現代の公式の診断基準では、ある一定の症状を満たすことで、診断が決まることになっているからです。
これは気分変調症に限ったことではなく、どの診断名についても同じです。ですから、「統合失調症の経過はこれこれである」「うつ病の経過はこれこれである」という説明は、厳密には誤りということになります。公式の診断名は症状以上でも以下でもなく、経過は含まれていないからです。さらにいえば治療も含まれていません。つまり公式の診断基準の診断名と治療とは厳密には対応しないということになります。
しかしそれではあまりに現実から乖離していますので、通常はそこまで厳密というか四角四面の説明はせず、診断名と経過や治療はセットにして説明されることになります。病院での医師の説明も、本などの説明も、この精神科Q&Aの説明でもそれは同じです。
但し従来の精神医学には存在せず、診断基準ができてはじめて出てきた診断名(あるいは、昔からあることはあった診断名でも、普通には使われていなかった診断名)についてはやや事情が異なることになります。【3265】でご質問の気分変調症もその一つです。「気分変調症とは何か」と正面から質問された場合には、診断基準通りにお答えするのが、より正しく誠実ということになるでしょう。しかしもしそうするなら、「診断基準通りですので、診断基準の記載をご参照ください」だけが常に正しく誠実ということになり、それでは回答の意味がありませんので、【3010】では気分変調症の一般概念として
「気分の波はあるが、双極性障害などの診断基準を満たすには至らない」ものを指します。
とお答えしているわけです。けれども今回の【3265】のように、さらに厳密な回答を求められれば、「診断基準に記載の通りです」という答えにならざるを得ません。
なお、上記気分変調症の説明は(つまり【3010】での説明)、診断基準のうち、WHOが作成したICD-10に基づくものです。アメリカ精神医学会が作成したDSM-5に基づくと話は複雑になり、DSM-5では気分変調症は持続性抑うつ障害と同義とされており(Persistent Depressive Disorder (Dysthymia)と記されている)、旧版であるDSM-Ⅳの慢性大うつ病性障害と気分変調性障害を統合したもの This disorder represents a consolidation of DSM-Ⅳ-defined chronic major depressive disorder and dysthymic disorderになっています。するとこれはICD-10の気分変調症とはかなり異なります。どちらが正しいということではなく、DSM-5の気分変調症とICD-10の気分変調症は異なるということです。
ここまで厳密にいうと、【3265】の回答はさらに複雑になり、「ご質問への答えは、その気分変調症とはどの診断基準によるものかによって違ってきます」から始めなければならなり、もはや一般の方の質問への回答からは逸脱したものになってしまいます。
このような事情はすべて、現代の診断基準の状況によるものです。(だから現代の診断基準がよくないと言っているのではありません。「現代の診断基準の状況による」とはあくまで事実を呈示したものです)
以上を総合すれば、【3265】への適切な回答は次のようになると思います。
気分変調症とは、「気分の波はあるが、双極性障害などの診断基準を満たすには至らない」ものを指すのが一般的です。
但し厳密には、診断基準に記載の通りで、その内容は診断基準によって異なっています。
(2016.8.5.)