【3232】実は部下ではなく私自身のことでした(【1960】のその後)
Q: 今から5年前、2011年に【1960】うつ病の部下が職場復帰したが、対応に困り果てているで回答いただいた40代男性です。まず、林先生に対して謝罪しなければなりません。【1960】の文章は、40代の部下(自分)を50代の上司の立場に立って、自分を客観的に見てみたレポートであるからです。誠に申し訳ありません。そんな私の今の気持ちを申し上げます。本当に困っています。自分で自分の事がよくわからないのです。何をしたいか、何がいいのか、又何が嫌なのか。自分にはどういう仕事が出来るのか。途方にくれております。主治医も会社も「焦りすぎ。まだ自分が見えていないと」注意されます。しかしながら、このままでいけば、会社での評価は下がるばかりで、なんとかしなければならない。スキルアップもそうですが、経済的にもこのままでいいわけはありません。自分が“甘えている”のではないかと思う事は多々あります。しかし、主治医に言わせると「焦り」以外の何でもなく、産業医にも、「まだ自分を受け入れていない」とも言われます。“うつ病”ごときで悩むのにもう疲れ果てています。いっそのこといなくなってしまえばとも思います。が、家族もあるし、又その家族の将来の事もあります。自分で自分の事が決められない立場にあるのです。本当は“うつ病”なんか無くなってしまえばいいと、強く思います。しかし、表面的にはどう取り繕うとも出来ますが、心の中のむなしさ、半年以上も続く落ち込んだ気持ち。毎週末に襲ってくる自暴自棄。その反発で週末は寝床から離れられなくなっております。主治医は「そうやってエネルギーを溜める」と指導されていますが、それで何がよくなっているのか、実感がありません。主治医は信頼していますが、主治医と上司の折り合いが悪く、「紹介状が無くてもいいから、他の医者に診てもらえ」と休職中に上司からメールが送られてきたこともあります。そのことを主治医に報告したところ、「それは無茶な話し」と言われ、上司の手前、上司の勧める病院を主治医の紹介状を持って受けたこともありますが、主治医と上司の間に挟まれて困っていることもあります。林先生は、私のことを“うつ病ではない”と断定されていますが、ではこの状況は何なのでしょうか?ちなみにですが、飲んでいる薬は、デパス以外は知りません。睡眠薬を投与されているようですが、薬そのものに興味がありません。この質問コーナーでは、皆さん詳しく自分に投与されている薬のことをよく勉強していらっしゃるようですが、私には全く興味のない事です。そんなことも、鬱々とした気分になってしまうことの原因なんでしょうか?これまでもそうですが、自分自身に興味が持てません。自分よりも他人のことを優先しがちです。他人のスケジュールに自分を合わせがちです。そんな自分を他人がどう思うのかがかなり気になります。主治医は「そんな性格を正すために、神様がくれた贈り物」として“うつ病”を位置づけるようにと指導されています。ただ、私にはそれが何のことか解らないんです。他人あっての自分です。他人を助けることが自分にとって一番嬉しいことです。それが“うつ病”と診断され、又実際に人並みに仕事の出来ない(仕事現場に行っても何をしてよいのか全く分からない、呆然とする)自分に非常にむなしい感情を持っております。他人に迷惑をかけっぱなしです。こんな私でも“甘え”で仕事ができないのでしょうか?それならば自分で自分が許せません。しかし、やろうと決心しても、実際にできない自分がいます。これは辛いです。非常に辛いことです。それでもやはり“甘え”なのでしょうか?失礼な文章になってしまいましたが、私の質問を取り上げて下さったことに感謝しつつ、自分は本当はどんな治療を受ければ良いか、御指導いただけると助かります。
林: 【1960】の冒頭に回答した通り、【1960】は病気ではなく甘えという印象の強い文章です。けれどもその【1960】が、当の本人が書いた文章ということになりますと、「自分は病気ではなく甘えに違いない」と考えるのは逆にうつ病の人によく見られる心理ですので、それが【1960】のメールの隅々に現れているとみることができ、むしろ甘えではなくうつ病という判定に傾くことになります。
今回の【3232】のポイントの一つは、
主治医と上司の折り合いが悪く、
この上司と主治医の折り合いが悪いことの理由です。それが記されていませんが、文章の他の部分から推定しますと、主治医がうつ病だと言っているのに対し、上司はそれに納得せず甘えとみているのではないでしょうか。これは【1960】を上司の立場で書いた、とおっしゃっているのは、この上司ならきっと自分をこう見ているであろうと考えてのことであろうと推測できることもあわせての判断です。そういう場合に上司が、主治医の変更を強く求めるのもよくあることです。結局のところ多くの人々は、それが患者本人であれ周囲の人であれ、自分の考えに合うことを言ってくれる医師を良い医師であるとみなすものであると言えるでしょう。
それはそうと、
自分は本当はどんな治療を受ければ良いか、御指導いただけると助かります。
それは今の主治医の先生の方針に従うことに尽きます。私や、それからもちろん上司の意見に惑わされることなく、今の治療を続けてください。【1960】から5年が過ぎてまだ改善が不十分というのは、うつ病としては非典型的ですが、文面からは少なくとも出勤は続けることができていることが読み取れますので、回復はしてきたものの、何らかの理由で(それは上司をはじめとする環境因の可能性が高そうです)寛解に至るまでの回復が得られていないのだと思います。
(2016.6.5.)