【3139】不登校中の私は精神疾患だったのでしょうか

Q: 中学二年生の女子です。最近このサイトの存在を知って、精神医学に少し興味が出ました。気が向いた時には本やネットで精神疾患について調べたり、ここ投稿されるQ&Aを読んだりしています。

そうする中で1つ気になることがありました。昨年、私が不登校を経験した時のことです。
当時から今に至るまでを出来る限り詳しく書きます。
私の住む市内で最も偏差値の高い県立の中高一貫校の入学試験に合格し、その学校に通い始めました。(具体的な学校名を出すわけにはいかないので、仮にA中学校と呼んでおきます)理系教育に力を入れている学校で、私は小さい頃から昆虫や魚などの生き物に興味があったので、それがA中学校を受験する動機になりました。
しかしいざ入学してみると、授業は難解な上にペースが速く、ついていけなくなりました。分からないところを先生に聞いてみても、腑に落ちない説明しか得られませんでした。
おまけに膨大な量の宿題が出され、終わるのが午前2~3時ということも多く、泣きながらする日もありました。受験前はとても楽しかった勉強が、とても苦しく辛く感じました。
部活動では卓球部に入っていましたが、あまり楽しくはなく、寧ろ学校に拘束される時間が長くて嫌でした。次第に学校に行くのが苦痛になりました。それでも「もっと頑張ってみんなに追いつかないと」と、何かに取り憑かれたように必死になっていました。

そんなある日、夜中に宿題をしていた時です。唐突に、本当に唐突に「どうしてこんな思いをしてまでA中学校に通っているんだろう」「私のしたかった中学校生活って、こんなのだったかな」「そもそもなんで受験したんだっけ?」と自問自答が始まりました。最後にそれは「こんなはずじゃなかった」という言葉に行き着き、それ以来ふっと糸が切れたように何もしなくなりました。いいえ、「出来なくなった」と言うべきでしょうか。
なんだか自分の周囲のことが、ぼんやりとしかか考えられず、勉強も「しなくちゃいけない」のは分かるのに、いざやろうとしても、手に力が入らず、無理をして机に向かっても、何も頭に入りません。
好きだった小説も読む気になれず、日課だった熱帯魚の世話も父に任せるようになりました。
仮病を使って学校を休むようになったのもその頃です。
休んだ日も夕方頃になると少し元気になって、「明日は学校に行こう」と思うのですが、夜寝る前になると「ああやっぱり行きたくない、明日なんか来ないで欲しい」と思って、涙が出ました。

前から夜中まで勉強している私を気にかけていた両親もいよいよ危ないと思ったそうで、母が学校で何かあったのかと聞いてきました。そこで初めて「学校に行きたくない、学校が怖い」と言いました。具体的に何を言ったのかは覚えていないのですが、気がつくと泣きながら喋っていました。母も分かってくれて「じゃあもう、行かなくてもいいよ」と言ってくれました。以後は私が学校へ行かなくてもいつもと変わらず接してくれました。他の家族(父と兄)も同様です。
けれども私はずっと心の中で自分を蔑んでいました。自分で受験した学校なのに、 自分で通うと決めたのに、どうして卒業まで過ごせないのか。家族にも迷惑をかけている。何をしてるんだと。
不登校中はほぼ毎日、漫画とテレビとネットで過ごしていたと思います(小説を読んだりは出来ませんでしたが、この3つは前ほど積極的ではないにしても娯楽としていました)。とにかく学校や勉強から目を反らそうと必死で、何をしていても、心のどこかに虚しさや不安がありました。
そして夜になると、布団の中で一人で、「このまま勉強もしないでずっと家に居たらどうなってしまうだろう」と考えて、不安で涙が止まらなくなりました。将来に希望が持てず、一度は死のうかとさえ思いました。
眠れない日が続き、昼夜逆転を起こして、毎日早朝に寝て昼過ぎに起きる生活が続きました。
外出は一週間に一度、図書館に漫画を借りに行く時だけでした。

けれど、家族の対応が良かったのか、A中学校から離れたからなのか、次第に「このままではいけない、もう一度勉強がしたい」と思うようになり、不登校になってから半年程過ぎた12月頃には、母からの「転校しよう」という提案に乗れる程には回復していました。
そして進級の3月まで家庭教師の先生をお呼びして、中学校1年生の範囲は駆け足で終わらせ、今の普通の公立中学校(以後B中学校と呼びます)に通い始めました。
最初の頃は(今思えばですが)かなり擦り切れていて「こんな所早く卒業してA中学校よりずっといい高校に行ってやる」と考えていました。そして周りの向上心のないクラスメイトにイライラしました。
欠席こそしませんでしたが、殆ど毎日のように遅刻していて「これなら家で1人で勉強してた方が良かったかな」とも思いました。
しかし授業についていけなかったり、宿題を終わらせられないということは無く、 時間にも心にも余裕が出来ました。
何より良かったのは、美術部に入った事です。昔から絵を描くのは割と好きだったので、中学校に入ってから始めた卓球より親しみやすかったのです。
更に顧問の先生が面白い人で、よく部員の前で美術のお話をしてくれて、それも楽しみで部活に行っていました。

転機と言えるのは、今年の文化祭です。文化祭の時は、1年生から3年生までみんな自分の好きなものを描くのですが、私はそれに熱帯魚の水槽を描きました。描いている間、本当に楽しかったです。この魚はどうしよう、この水草はああしようとあれこれ考えて、とても良い作品が出来ました。先生からも部活の友達からも好評で、「好きなことをする」ことの楽しさを思い出したような気がします。
この前後から、不登校中しなくなっていた趣味にも積極的になりました。
またB中学校に来てすぐの頃は、A中学校の頃の私の写真や制服を見ると、当時の辛い状況や様々の失敗を思い出して嫌になっていましたが、この頃には「こんな時もあったな」と一歩離れたところから客観的に見られるようになりました。
現在はもう、不登校になる前と変わらずに生活しています。

随分長い文章になりましたが、私の質問は、私は不登校中、何らかの精神疾患であったのか、そうではないのかということです。
精神疾患について調べていると、私が経験したことの中の
・関心、欲求の減退
・将来に希望が持てない
・自殺願望を持つ
・仕事や勉強の能率が落ちる
・不眠
などのことが、うつ病や適応障害の症状に当てはまることに気がつきました。
しかし私は、精神科の受診も治療もしていません。
ただ家でしばらく休んで、その後学校を変えただけです。
精神疾患が治療なしで治るというのは、あり得ることなんでしょうか。
この文面を見て、林先生が分かることだけでいいので、教えてください。

精神疾患は身体の病気と同じように、誰にでも起こりうることです。もしかしたら、 私の家族や友達も発症するかもしれません。そしてそれは私もです。
そうなった時、この分野について少しでも知っていれば、きっと役に立つと思います。
精神医学についてもっと知るために、私のこの体験は調べる価値があるものだと思います。

良い回答が得られる事を祈ります。
よろしくお願いします。
林:

うつ病や適応障害の症状に当てはまることに気がつきました。

おっしゃる通りです。
ではこの【3139】の質問者は精神疾患だったのか。今はどうなのか。
これは、精神医学上の深い問いであるといえます。

説明に入る前に、結論としての【3139】の質問者へのアドバイスを先に記します:

今、精神科を受診する必要はありません。
けれども将来、うつ病などを発症する可能性は、平均より高いと思います。
何らかの変調を感じたら、早目に精神科を受診したほうがいいと思います。

以下、この結論の背景です。
(こういうとき、つい長々と書いてしまうのが私の悪い癖なので、今回はできるだけ簡潔に書きます)

1.【3139】の不登校中の症状は、うつ病といっていい性質のものです。この時に精神科を受診すれば、うつ病と診断されたでしょう。
2.質問者のおっしゃるように、適応障害という診断名もあり得たでしょう。発症の経緯としては適応障害です。けれどもその後の症状からは、うつ病とするほうが妥当な状態だったと推測されます。(適応障害とうつ病の関係については、うつ病の聖杯 などをご参照ください)
3.しかし【3139】は、特に治療を受けずに症状がきれいに消えています。そしてご本人は 精神疾患が治療なしで治るというのは、あり得ることなんでしょうか。 と疑問を持っておられます。もっともな疑問です。
4. この疑問に対しては、第一に、うつ病は自然治癒することはあり得るというのが答えになります。第二の、これに関連する答えは、若年者でこういう経過は少なからずあるというものです。
5. すると、特に第二の答えに鑑みると、この【3139】のような場合に、それでもうつ病と診断するのが正しいかという問いが発生します。
6. それに対する本来の答えは「わかりません」だと思います。
7. 但し現代の診断基準では、一定の症状を満たせば、それ以外の事情は基本的に無視して、うつ病と診断することになっています。これは、現代の診断基準がいい加減ということではなく、「本来はわからない」ことは前提としたうえで、いわば暫定的に確定診断する(「暫定的に確定」というのは言葉に矛盾がありますが、実態を示すとこういう表現になります)のが現代の診断基準の基本方針になっています。(これは、精神医学がまだ科学として未成熟であることを認めたうえで、診断もあくまで将来の病態解明へのステップであると位置づけたものであると言えます)
8. それはともかく、6.の通り「わかりません」が本来の答えではありますが、ここからは私の経験に基づく回答になります。
9. うつ病になった人(ここでは成人してから初めてうつ病になった人を指します)に、詳しくお話を聞くと、10代の頃に、うつ病とまでは言えないがそれに近い状態になった経験があるとわかることが時折あります。こういう場合、うつ病の発症は20歳以後ということになっても、その萌芽というか前駆症状は10代のときにすでにあったと考えることができます。
10.すると、10代でうつ病に近い状態を経験したり、またはこの【3139】のようにうつ病と診断されていもおかしくない経験をしていた場合には、将来うつ病になる可能性は高いと考えられます。
11. 但しここは慎重に考える必要があります。なぜなら、我々精神科医は、うつ病になった人を診るわけです。そこから過去を遡ってみれば、10代に萌芽あるいは前駆症状があった、と言えるにすぎません。逆に、10代に萌芽あるいは前駆症状があった人のうち、どれだけの割合の人がうつ病を発症するかは、うつ病になった人をいくらたくさん診ても決してわかりません。
12. 「10代に萌芽あるいは前駆症状があった人のうち、どれだけの割合の人がうつ病を発症するか」を知るためには、「10代に萌芽あるいは前駆症状があった人」を長年にわたって経過を見る必要があります(一生にわたって が理想ですが、それは非現実的だとしても、20年か30年にわたって経過を見る必要はあるでしょう)。そういう研究はきわめて困難であり、あったとしても信頼性に大きな疑問があることは否めません。
13. そうしますと、「10代に萌芽あるいは前駆症状があった人のうち、どれだけの割合の人がうつ病を発症するか」は、実際にはわからないということになります。
14. したがいまして、「10代に萌芽あるいは前駆症状があった」ことに、将来のうつ病発症の予測因子としてどれだけの意味があるかは、決してわからない。「決して」が言い過ぎだとしても、「まずわからない」ということになります。これが結論です。

15. そうしますと、【3139】に対しては何のアドバイスもできないということになります。それでもこの回答の冒頭で私がアドバイスをしたのは、たとえ厳密な証明が不可能でも、ある時期にある症状が出たということは、その症状が出やすい素因を持っているとまでは言えますので、将来また同じような症状が出る可能性は相対的に高いと考えられるからです。

以上が冒頭の結論の背景です。
冒頭の結論に私は

何らかの変調を感じたら、早目に精神科を受診したほうがいい

とお書きしました。
この「何らかの変調」の具体的内容を示さなければ、実質的に有効なアドバイスにはなり得ないのですが、そこまで具体的に述べることは困難です。
それでもあえて言うとすれば、うつ病の徴候として知られている不眠など、これらは、不特定多数の人にとっては、あまりに非特異的すぎて徴候としてほとんど役に立ちませんが、この【3139】のように、うつ病の素因ありと考えられる方には、相対的には有効と考えていいと思います。

簡潔に書くつもりが、簡潔な説明にはなりませんでした・・

(2016.2.5.)

05. 2月 2016 by Hayashi
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