【3076】薬による治療は本当に最善なのか

Q: いつも更新、大変興味深く拝読しております。精神医学に興味のある一般人(20代女性)です。

林先生は、当Q&Aで、精神の病を発症した方々へ、精神科受診と、適切な薬による治療をすすめておられます。

わたしも、これまでは、精神の病も、薬によって治療するのが最善の方法なのだと思い、薬の服用で寛解治癒された方の後日談などわがことのように嬉しく拝読しておりました。

しかし、最近、2冊の本を読んだことで少し考えが変わりました。

ひとつはフィンランドで、医薬品を最小限しか使わない、医療スタッフとの対話による治療が驚くような効果をあげていると知ったからです。

「オープンダイアローグとは何か」齋藤環・著訳 医学書院

フィンランドという特殊なバックグラウンドがあってこそなのかもしれませんが、これまでの精神医療を刷新する画期的な方法です。
ぜひとも、林先生のご意見をうかがいたいと思いました。

もうひとつは、うつ病が、アメリカの医薬品会社によって人為的に作られたことを告発する書です。

「クレイジーライク・アメリカ 心の病はいかに輸出されたか」
イーサン・ウォッターズ 紀伊國屋書店

上記の書では、グラクソ・スミスクライン社が日本というメガマーケットを開発するためにうつ病という概念さえも変えてしまったということが詳細な取材により明かされています。

先生はすでに上記の本をお読みかと思いますので、ぜひ、見解をおうかがいしたいです。

そして精神の病の治療において「薬を服用する」ことは本当に最善の治療なのか?
ということを、できれば、現時点での回答だけでなく、今後の将来的なことも参考にお答えいただけましたら幸いです。

追伸
林の奥の、ADHDの薬、それは治療か商売か のコラムも大変面白かったです。ADHDだけでなく、うつ病にも商売が関わっているのではないか? と素人は考えてしまうのですが……。

 

林: まずご質問のそれぞれにひとことで回答いたします:

(1) 精神の病の治療において「薬を服用する」ことは本当に最善の治療なのか?

最善ではありません。

(2) ADHDだけでなく、うつ病にも商売が関わっているのではないか?

もちろん関わっています。

 

順序として、上記(1)について。
この【3076】の質問者は、私が、「精神の病の治療において「薬を服用する」ことが最善である」という見解であるとお考えになっていますが、それは全くの誤りです。
【3076】の質問者がそのように誤解されている理由は、

林先生は、当Q&Aで、精神の病を発症した方々へ、精神科受診と、適切な薬による治療をすすめておられます。

ということであると読めます。
しかし、私が「精神科受診と、適切な薬による治療をすすめて」いるのは、精神科Q&Aのそれぞれの質問者に対してであって、「精神の病を発症した方々すべて」に対してではありません。「精神の病を発症した方々」(ここで、「精神の病」とは何かということが重大かつ難解な問題になりますが、今は便宜上、「何らかの有意な心の問題」 としておきます)の中には、薬による治療が最善の方から、薬など全く必要なく飲まないほうがいい方まで、あらゆるケースが存在します。ですから、私が精神科Q&Aで薬による治療を勧めているのは、あくまでも「それぞれの質問者に対して」です。これを精神の病を発症した方々すべてに一般化することはできません。この点を【3076】の質問者は大きく誤解されています。

そのように誤解されたのは、精神科Q&Aでの回答に、薬による治療を勧めるものが多いということによると思われます。私は回答の中で時折、「薬による治療を勧めるのは、ネットでの回答という制約の中で有効な治療法となると、どうしても薬が強調されることになる」という趣旨のことを述べていますが、それは精神科Q&A全体から見ればごくごく一部の回答の中で述べているにすぎませんから、【3076】の質問者のような誤解が生まれることは無理もないことであるとも言えます。けれども誤解は誤解ですので、もう一度ここで強調しておくことにいたします:

(1) 精神の病の治療において「薬を服用する」ことは本当に最善の治療なのか?

最善ではありません。

(但し、ケースによっては最善のこともあります。また、「最善」とは別の次元のこととして、「絶対に必要」というケースもあります。たとえば統合失調症の大部分は「絶対に必要」です。しかしだからといって、薬だけで飲んでいればいいというケースはその一部です)

さて、では逆に、「薬を使わない治療」を強調することの是非はどうでしょうか。
私は、それは医療者として不適切なことだと思います。つまり、
「薬を使わない治療」を強調することは、よくない
と私は考えています。
念のため申し添えますと、先に述べたとおり、薬が必要ない、さらには、薬など飲まないほうがいいケースが存在することは確かです。しかもその数はかなり膨大な数にのぼります。それでもなお私が 「薬を使わない治療」を強調することは、よくない と考える理由は、そのように強調されると、
薬で適切な治療を受ければ改善する、そして、薬以外では改善の方法は事実上ない、そういう人が薬で治療を受ける機会が失われがちになる
ことが一つ、
そして、
そういう人達の中で、現に、薬を拒否することで悲惨な状態になっている人がたくさん存在する
ことが一つです。
このとき、逆に薬害の問題、すなわち、薬を飲んだことで悲惨な状態になっている人がどのくらい存在するか ということを考えなければなりません。どちらが多いのか、を問題にすることは適切でないかもしれませんが、「薬を飲まないことによる悲惨」と「薬を飲んだことによる悲惨」を統計的に比較すること自体は必要かもしれません。しかしこれについては、定量の方法も困難ということもあり、真に客観的に比較した統計データを出すことはできないでしょう。
けれども、統計的な数とは別の次元の問題として、「精神の病を持つ人のうちで、真に薬による治療が必要な人であればあるほど、薬を拒否する傾向があり、したがって「薬を使わない治療」が強調されると、自分こそはその治療が適切である と誤解する傾向がある」ことが挙げられます。その病がうつ病であっても統合失調症であっても同様です。【3076】の質問者は精神科Q&Aをよくお読みになっていただいているようですので、このことはよく理解しておられるかと思います。

そこで、【3076】で言及されている本について。

「オープンダイアローグとは何か」齋藤環・著訳 医学書院
については、私は読んでいませんので回答できません。
「クレイジーライク・アメリカ 心の病はいかに輸出されたか」
イーサン・ウォッターズ 紀伊國屋書店
についてのみ回答します。

おそらく【3076】の質問者は、この本の中でも特に
第四章 メガマーケット化する日本のうつ病
について、今回のご質問、すなわち、

(2) ADHDだけでなく、うつ病にも商売が関わっているのではないか?

をされているのだと思います。そしてそれに対する私の答えは、冒頭の通り、

もちろん関わっています。

です。
この回答は、いわば、全く当然のことを言っているにすぎません。薬に対して人は対価を支払う。医療に対して人は対価を支払う。であれば、そこには商売が関わっているのは当然です。ですから、それがADHDであっても、うつ病であっても、高血圧であっても、糖尿病であっても、花粉症であっても、インフルエンザであっても、癌であっても、すべて同じです。したがって、

(2) ADHDだけでなく、うつ病にも商売が関わっているのではないか?

という質問には全く意味がありません。これに対する答えが ノー ということはあり得ないからです。

けれども【3076】の方がこの質問をされた趣旨は、「・・・にも商売が関わっているのではないか」ではなく、「・・・にも商売が関わっている現状は、由々しき事態なのではないか」ということであると思われます。質問者ご指摘の「クレイジーライク・アメリカ 心の病はいかに輸出されたか」は、まさにその立場から書かれた本であると解することができます。

いま「解することができます」とやや曖昧な表現をとったのは、必ずしもそうは言えないからです。「クレイジーライク・アメリカ 心の病はいかに輸出されたか」は、よく読んでみますと、慎重に客観的な観点が呈示されており、かなり公平な立場から書かれた本であると言えます。すなわち、「うつ病」が商売に利用されていることの問題を指摘しつつも、だからといって製薬会社等を非難すればそれですむといった単純な問題ではないことも読み取れます。(他方、アメリカを批判するという姿勢は一貫しています。それが当を得ているかどうかは別として。なにしろ原題は Crazy Like Us: The Globalization of the American Psyche です。なお、この本に書かれている内容は、私の知る限り、きわめて正確です。事実に反する中傷はおそらく皆無です。但し、だからといって、そこで批判されている個人や団体が悪であるとは決して言えません。)

類似の問題を扱った本として、

井原裕 うつの8割に薬は無意味 朝日新書  2015

があります。
日本の現状を正確に把握しているという意味では、こちらの本のほうが推奨できます。林の奥 にも紹介してありますのでご参照ください。(林の奥の うつの8割に薬は無意味 は、2015.10.5. の時点ではまだ未定稿です。完成までにはまだ数ヶ月かかりそうです)

(2015.10.5.)

05. 10月 2015 by Hayashi
カテゴリー: うつ病, サイコバブル社会, サイトの方針, 精神科Q&A