【3053】発達性相貌失認がまれな病気というのは本当ですか。私の場合はどうでしょうか。
Q: 20代女性です。
最近掲載された【2996】などの記事をみて、先生が発達性相貌失認についてたびたび書かれていると知り、ご連絡しました。
【0683】人の顔がなかなか覚えられない で林先生は、「発達性相貌失認は世界に数人のまれな病態で、日本に患者はいないとされている」と仰っていました。これは有病率に関するデータがないということだと思いますが、先生の体感としては、どのくらいの患者さんがいると思われますか。
私は、自分が相貌失認ではないかと疑っています。しかし、そこまでまれな病気であるなら、そんな偶然はないだろう…とも思っています。
私の状況は、以下の通りです。
・小学生のころ、「母の日の絵」がとても苦痛でした。学校でいざ画用紙に向かうと、母の顔が全く思い描けなかったからです。「髪がくるくるしている」ことしか思い出せず、いつもパンチパーマの似ても似つかぬ母の絵になりました。
→これは、なぜか最近では、歳をとった母の顔が上手く脳裏に浮かんでくるようになりました。
・職場の同僚にエレベーターホールであったりすると、「この人はたぶん●●さんかな…?」とおぼろげです。向こうがこちらに気づいてくれるリアクションがあれば判別できますが…。
・コンビニでクライアントに声をかけられた時には、誰だか気づくのに5秒はかかりました。「不審者を見るような目でしたね、驚かせてすみません」と笑われました。
・講演会などで、終了後に演者に話しかけたいと思っても、一旦視界から外すと誰だったかわからなくなります。(服装や持ち物をメモするか、こっそり写真をとっておきます。)
・映画をみると、シーン切替で誰が誰だったか判別できなくなり、話が混乱します。淡々とした日常系の話だと特に理解できません。(話の筋自体は問題なく理解できます。アニメ物ならキャラクターを混同することはありません)
・ネット上の「相貌失認テスト」では、名前も顔も何度も知っているはずなのに、芸能人が全くわからない…。特に綺麗系の女性で顕著です。松たか子さんや松嶋菜々子さんは、何度テストをやり直しても判別できる気がしません。ただ、中年以降の男性は比較的よくわかります。
・その話を友人にしたところ、おもしろがって芸能人の顔を切り抜きしてテストを作ってくれました。実はその中に、私自身の顔が混ぜてあったのですが…、自分の顔であることすら分かりませんでした。(私は化粧をあまりしておらず、男性芸能人の横にあったので、女性とすら思わなかった)
全体として、「そこにいることが想定される知人」であれば判別できます。しかし想定外の場所で会った場合は、同僚でも友人でも気づけません。おそらく家族や自分自身であっても気がつかないと思います。
ただ、このことで日常生活が障害されていることはないと思いますが…。
「おじさんになるとモーニング娘。が皆一緒に見える」などという言を聞いたことがありますが、どこまでが「正常」なのでしょうか。それとも、これはスペクトラムみたいなものなのでしょうか。まだ診断基準などはない…のですよね。お考えをお聞かせください。
なお参考までに、私について、他にも下記のような点があります。
・方向感覚はかなり確かなほうです。一度いった道は覚えていますし、地図があれば迷いません。東西南北もはっきりわかります。
・忘れ物、無くし物は極めて多いです。小学生の頃は「消しゴムが落ちていたら●●ちゃんの物」と言われるくらい、しょっちゅう文房具を落としていました。
・時間や〆切を守ることが極度に苦手です。注意しているつもりが、気がついたら時間を過ぎています。
・集中力が続きにくいことが多く、一方で一度集中すると周りの声も聞こえなくなります。
・いわゆる多動はないと思います。いくらでもじっとしていられます。
・あんまり「空気や顔色が読める」タイプじゃないと思います。でも、ある程度は人並みの人間関係を築けていると思います。
・昔から勉強は全般的にできるほうでした。丸暗記は苦手ですが、理解は早いほうです。仕事も、時間を守れるよう周りにプレッシャーをかけてもらいながらですが、何とかうまくやっています。
・祖父のひとりが、(未診断だと思いますが)なんらかの発達障害のありそうな気質の変わった人でした。弟も子どもの頃は、幼稚園の庭にひとりで佇んでいるような子でした。
・縁者に「顔がわからない」という人がいるかどうかは、話題にしたことがないのでわかりません…。
診断名がほしいわけではありませんが、自分の生きにくさに名前がつくなら慰めになります。違うなら違うで、逃げ場が断たれれば前も向けるかもしれません。
いろいろ不躾に聞いてすみません。これからも応援しております。
林: あなたは発達性相貌失認だと思います。顔の認知について、このメールに具体的に書かれたエピソードから、そのように判断できます。すでに精神科Q&Aの相貌失認のケースをお読みになっているとのこと、数々の共通点にお気づきになったことと思います。
なお、
【0683】人の顔がなかなか覚えられないで林先生は、「発達性相貌失認は世界に数人のまれな病態で、日本に患者はいないとされている」と仰っていました。
これは【0683】回答当時、すなわち2004年の話であって、現在では成立しない回答です。つまり、日本にも発達性相貌失認の人がたくさん存在することは間違いありません。このことは、
『こころと脳の相談室名作選集 家の中にストーカーがいます “こころの風邪”などありません、それは“脳の病気”です 』 の「人の顔がなかなか覚えられない」のあとからひとことに
世界でたった9人。この回答当時、すなわち2004年のデータである。ところがこの【0683】の回答をアップした以後、発達性相貌失認と思われる方からの質問メールを相当数いただき、医学界の定説に反して、実は発達性相貌失認の人は世の中にはたくさんいらっしゃるのではないかという印象を私は持つに至った。
案の定というか、その後、この発達性相貌失認の臨床例は次々に医学論文として発表された。
(以下略)
と記した通りです。
また、
これは有病率に関するデータがないということだと思いますが、先生の体感としては、どのくらいの患者さんがいると思われますか。
これについては、わかりません。上記の通り、「世の中にはたくさんいらっしゃる」、つまり「かつて考えられていたよりはるかに多い」ことは確かです。あえてお答えするとすれば、「広汎性発達障害と同程度」と言えるかもしれません。(「広汎性発達障害」は、そもそもが曖昧な診断名で、どこまでが健常でどこからが広汎性発達障害かの線引きを明確にすることはできません。広汎性発達障害の有病率は、広く解釈すれば非常に大きなものになりますし、狭く解釈すれば小さなものになります。発達性相貌失認もそれと同様のことが言えると思います。)
したがいまして、
私は、自分が相貌失認ではないかと疑っています。しかし、そこまでまれな病気であるなら、そんな偶然はないだろう…とも思っています。
あなたが発達性相貌失認であることは、「世にもまれな症状」というわけではありませんので、統計的にも十分にあり得ることですし、何よりこのメールに書かれた症状は発達性相貌失認に一致しています。
(2015.9.5.)