【4916】うつ病の部下がなかなか改善しません

Q: 私は40代男性、行政医師です。臨床も研究もやっていませんので、医学部卒前知識で質問しますことをご了解ください。

今年の5ヶ月ほど前から現在まで、「双極性障害の疑いがある抑うつ状態」なる病名で休職している部下(30代前半、女性)について、私は医療機関を変えたほうが良いのではないかと考えています。
休職する3年前に私の部署に配属されて以来、昨年までに半年に1回程度の頻度で2週間~1か月程度、「抑うつ状態」の病名で休みをとっています。
休職診断書は規定により定期的に出されています。本人から診断書提出のタイミングで生活リズム表を提出してもらっていますが、午前9時以降、午前10時頃に起床していると記録に書いてあります。生活リズム表や休職診断書を直接面談して受け取るのは私ではなく直属上司ですが。
自分が納得いかないのは、経過中に薬が十分量処方されていないと考えられることです。

以下は、休職診断書に書いてあった投薬の経過です。
(錠数の記載があったりなかったりしますが、これは休職診断書そのままです)
X-5月「ルラシドン塩酸塩20mg 1.5T 夕食後、オランザピン5mg 不穏時、アルプラゾラム0.4mg 不安時・不眠時」
X-4月「クエチアピンフマル酸塩徐放錠50mg 2T 就寝前、オランザピン2.5㎎  1T 不穏時、アルプラゾラム0,4mg 不安・不眠時」
X-3月「クエチアピンフマル酸塩徐放錠50mg 1T 就寝前、オランザピン2.5㎎  1T 不穏時」
X月「クエチアピンフマル酸塩徐放錠50mg 2T 就寝前、オランザピン2.5㎎  1T 不穏時、補中益気湯エキス顆粒 7.5g 毎食前」

今年度に入ってより復職を可とする旨が休職診断書に記載されていますが、この睡眠覚醒習慣では、役所勤めへの復職は正直なところ不可能と判断せざるを得ません。
(復職不可能、というよりも「無理して復職した後で間もなく再度休職」のリスクが高すぎると考えています)

面談した直属上司によると、本人は薬物増量に伴い吐気が強くなって十分量の投与をうけられなかった、また睡眠については夜横になったとしても日の出まで寝付けないと申し出ているとのことでした。
主治医が所属する医療機関は、分院を手広く展開している所です。休職診断書を書いている主治医は、少なくとも今年に入っては毎回同じ名前で、当該院の院長のようです。
手広いから怪しい、とは考えたくありませんが、どうも私の知る精神科医療と比べて薬物量がかなり乖離しており、医療機関を変更するよう勧めたいところです。

林先生に医療機関変更の是非を判断いただくことは困難と思いますが、主治医については正直専門医とは思えないほど処方内容に変化が乏しいと感じてしまいます。治療ができないほどの副作用があるのなら、薬を変えるべきなのではないかと考えます。
(実際のところは、私も各診断書の間の期間に投薬の増減や変更を試みたのか、増減や変更に沿って増悪や改善があったのか、全くわかりませんので、ヤブ医者と断言したくはありませんが)

今年度に入ってからは主治医は「復職可」と休職診断書に記載してきています。医学的な病状が改善していることが理由での記載であることはわかりますが、就労に耐えられる状態でないことは明らかだと考えますし、その理由で産業医は復職不可と判定したため復職は叶っていません。

このとおり投薬量と復職可能性判断の2つの理由から、医療機関を変えさせることを考えています。
質問は2点で、ひとつめはこの判断が不合理か否かです。2つめは転院の勧め方についてで、転院先が詳細な経過を得るために「セカンドオピニオンを受けるよう」と指示して他院を受診することを勧めたいですが、ほかに良い勧め方がありましたらお聞きしたいです。よろしくお願いします。

 

林: セカンドオピニオンを促すことをお勧めします。

どうも私の知る精神科医療と比べて薬物量がかなり乖離しており、

確かにこの処方は標準的な処方からは乖離しています。
但し標準的な処方が常に正しいとは決して限りませんし、質問者も「各診断書の間の期間に投薬の増減や変更を試みたのか、増減や変更に沿って増悪や改善があったのか、全くわかりません」と述べておられるように、この処方に至るまでの症状の経過や、過去の処方変更の経緯が不明ですので、ある一時期の処方だけを見て、その適切・不適切の判断は不可能です。標準的な処方で治療を開始したものの、十分な効果が得られず、処方変更を繰り返すうちに、標準からはかなり乖離した処方となって初めて回復・安定が得られることも十分にあり得ます。
けれどもこの【4916】のケースでは、メールに書かれている経過から見る限り、そのような経緯で今の処方に落ち着いたとは考えにくいですし、そもそも現時点において決して治療が成功しているとは言えませんので、治療が不適切である可能性はかなり高いと言えます。少なくとも他の医師の意見を聴く必要はあります。

主治医については正直専門医とは思えないほど処方内容に変化が乏しいと感じてしまいます。治療ができないほどの副作用があるのなら、薬を変えるべきなのではないかと考えます。

その通りです。
なお、「治療ができないほどの副作用がある」かどうかは、このメールからは判断できません。「本人は薬物増量に伴い吐気が強くなって十分量の投与をうけられなかった」とおっしゃっているとのことですが、十分な回復が得られないとき、患者さんご本人は職場に、副作用を理由として説明することが非常に多いという事実があるからです。職場の方としてはそのように説明されると何の疑いも持たず直ちに納得されることが多いものですが、実際に副作用が理由で(あるいは、主たる理由で)治療が難渋することは、そこまで多いものではありません。

主治医が所属する医療機関は、分院を手広く展開している所です。休職診断書を書いている主治医は、少なくとも今年に入っては毎回同じ名前で、当該院の院長のようです。
手広いから怪しい、とは考えたくありませんが、

もちろん「手広いから怪しい」とは言えません。しかし、「分院を手広く展開している所」の中には、かなり怪しいものがあることも否定できません。

今年度に入ってからは主治医は「復職可」と休職診断書に記載してきています。医学的な病状が改善していることが理由での記載であることはわかりますが、就労に耐えられる状態でないことは明らかだと考えますし、その理由で産業医は復職不可と判定したため復職は叶っていません。

このようなケースにおける精神科医の「復職可の診断書」は、仕事の現場ではそのまま受け入れることができないことが現代の日本では常識に属するという事態になっていると思います。

もっとも、精神科に限らず、医師が発行する診断書は、患者本人に向けたものであって、職場での対処を指示するものでは本来なく、職場は診断書を参考にする必要はあってもあたかも命令であるかのように従う必要はないのですが、安全配慮義務や合理的配慮義務などの概念が誤解され、診断書が命令書のようにみなされるという事態がしばしば発生しています(行政の専門家である質問者に対しては釈迦に説法で恐縮ですが、安全配慮義務も合理的配慮義務も重要であって遵守しなければならないことは当然です。しかし診断書に記された内容に常に従わなければならないということはありません。労働契約にある労働を提供できなければ、それは労働者の側の契約違反になるという基本的な事実がしばしば忘れられています)。

このとおり投薬量と復職可能性判断の2つの理由から、医療機関を変えさせることを考えています。

そのご判断は正しいと思います。

質問は2点で、ひとつめはこの判断が不合理か否かです。

不合理ではありません。正しい合理的なご判断です。

2つめは転院の勧め方についてで、転院先が詳細な経過を得るために「セカンドオピニオンを受けるよう」と指示して他院を受診することを勧めたいですが、ほかに良い勧め方がありましたらお聞きしたいです。

質問者はおそらくご認識のことと思いますが、ここからが実務的には非常に難しい点をはらんでいます。純粋に医学的な観点からすれば、ここまでの回答の通りですので、治療のためにも職場で能力を発揮していただくためにも他の医療機関を受診したほうが望ましいことは間違いありません。
しかし現実には、本人がむしろ現状のままを望んでいる場合が多々あります。(この【4916】のケースがそうであるかはわかりません。以下はあくまで一般論です)

現代の精神科医療機関の中には、本人が希望すればその通りの診断書を発行する所がいくつもあります。つまり、「病気。まだ治っていない。休養が必要。」、「病気。それなりに治った。職場での十分な配慮があれば復職可能。」というような診断書です。これらの診断書は表面上は何の問題もなく、むしろ適切な場合もありますが(本来は適切な場合の方が多いはずと言えるでしょう)、個々のケースを見れば、仕事をしないことの単なる言い訳として発行されているとしか思えないものも少なくありません。この【4916】のケースがそうであるかどうかは全く不明ですが、仮にセカンドオピニオンを本人が拒否した場合には、本人は病気の回復よりも今の働き方、すなわち、本来の勤務日数よりも少ない勤務日数を許容されたまま職位を維持することを望んでいる可能性があることを考える必要があるでしょう。仮にそうだとすれば、擬態うつ病の中のある典型的な一群にあたるということになります。

(2025.1.5.)

05. 1月 2025 by Hayashi
カテゴリー: うつ病, 擬態うつ病, 精神科Q&A タグ: , |