【4455】パラノイアの有効な治療法
Q: 一人暮らしの76歳の母について、今後とりうる最善の策はなにかについて知りたいと思い、メールいたしました。 私は40代の娘です。
母は現在、メンタルクリニックに通院中です。本人は入眠剤をもらう目的がメインで通院しています。長年、どの病院に通院しているか教えてもらえず、やっと今週同行することができました。 母は、私に精神的な病気だと思われることを極度に恐れています。また、医師に対して、母が精神的な病気なのだという診断材料を私が提供するのではないかといった不安も抱えているようです。母の症状については、のちほどまとめて書きます。 当日は医師ではなくカウンセラーの方との面談でした。私は母が統合失調症だと疑っていたため、投薬治療についてお聞きしたかったのですが、カウンセラーからは、下記のように言われました。
-医師ではないので診断ではないが、おそらく妄想性障害(パラノイア)だと思われる。
-というのも、ある一定の範囲の妄想以外は、いたって普通で、日常生活もなんとか問題なく営めているようだ。
-医師はおそらく“病気と診断した上での投薬治療”と“精神安定剤、入眠剤のみの処方”のメリット・デメリットを勘案した上で、後者を選択していると思う。
-パラノイアには投薬治療はほとんど効果がないことが多い。-家族は大変だと思うが、妄想につきあって今までの延長線上のかかわりを続けるのが最善なのではないか。 母の年齢、医師から病気と診断されることの精神的ダメージ、薬の副作用などから、妄想を抱えたまま一生なんとかやりすごすことの方がよいのではないか、とのことでした。
====【現在までの母の症状】=====
■症状の始まった時期10年ほど前から、妙だなと思われる言動が始まりました。両親が離婚して数年後です。私見になりますが、母はとてもプライドが高く、「離婚」というのは社会的ステータスに傷をつける、本人にとって受け入れがたいことだったと思います。
■母から聞いたこと
-マンションの2Fの住人が自室に侵入している、周辺に自分の悪い噂を流している。
-2Fの住人から、このマンションの住人は全員朝鮮系であなたを追い出そうとしている、と言われた。
-自宅内のものがなくなった、衣服などに色をつけられた、等数知れず。
-金庫も開けられている。-新聞や手紙が、自分はとってきていないのに部屋の中にある。
※このため、1年ほどしてマンションを売却し、引っ越しをしました。
-引っ越し先でも、前のマンションの2Fの住人が手をまわして侵入が続いている。
-周囲の住人たちも皆言いくるめられて、自宅に侵入する。
-重要書類や写真がなくなったり、また自室に戻ってきたりする。
-家具やキッチン用品、靴などさまざまなものが壊される。(実際にキャビネットが壊されていたり、靴の裏が切られていたり、現物はありました。)
-固定電話も携帯も盗聴されている。携帯メールも読まれている。(そのため、連絡はたびたび公衆電話からしてくる。)
-病院や習い事など、行く先々で、すぐに人々の態度が豹変して、通えなくなってしまう。
-すべて前のマンションの住人が裏で糸をひいている。
など、数限りなくあります。
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毎日本人にとっては真実の侵入被害に思い悩み、元凶と信じ込んでいる昔のマンションの住人を恨み、現在の周囲の住人を恨み、ときには発狂するのではないかと思うようなギリギリの精神状態で毎日を過ごしています。 本人が一番苦しいわけですから、なんとか妄想が少しでも軽減する、心の安らぎが得られるような治療がないものか、可能性が少しでもあるのなら試してみたいと考えています。 メールではわかりにくい部分も多いかと思いますが、パラノイアだった場合、現在、実際に医療現場でとられている治療法は何なのか、知りたいと思います。 よろしくお願いいたします。
林: 妄想を主徴とする疾患は、現在では、正式には統合失調症と妄想性障害に二分されています。ただしこの二つの疾患の区別は実のところ曖昧です。「人間には妄想を主徴とする精神疾患がある」ことは100年以上前から医学界では知られていますが、いまだにその分類は曖昧です。その曖昧な分類の中から、統合失調症はかろうじて一つのまとまりとして抽出されていますが、その統合失調症でさえ概念はかなり曖昧な部分が残っています。
妄想性障害となるとさらに曖昧です。この【4455】の質問者は妄想性障害とパラノイアを同義として用いておられますが(カウンセラーの先生がそう説明されたのだと思われます)、現代では妄想性障害とパラノイアは別のものと考えるか、またはパラノイアは妄想性障害の中のある一型と考えるほうが普通です。(「普通」というのは「正しい」という意味ではありません。したがって妄想性障害とパラノイアを同義とする立場が誤りということはできません)
このように妄想を有する疾患の分類について説明を始めると無限に複雑な議論に入りこむことになりますが、それは少なくともこの【4455】の質問者にとって有益な議論ではないでしょう。ご質問のポイントはお母様の適切な治療法ということであって、診断が妄想性障害かパラノイアか、あるいは統合失調症か、それとも他の疾患か、ということではありません。
ですので厳密な診断名は棚上げにして回答しますと、この【4455】のお母様の妄想には抗精神病薬の効果が十分に期待できます。つまり統合失調症の治療とほぼ同じであるということです。
したがって質問者が相談されたカウンセラーからの説明には一つ深刻な誤りがあります。それは、
-パラノイアには投薬治療はほとんど効果がないことが多い。
という説明です。
この誤りは、上述の、妄想を有する疾患の精神医学上の分類が曖昧であることに原因があります。といいますのは、「パラノイアには投薬治療はほとんど効果がないことが多い」という記述だけについていえば、誤りとは言えないからです。つまり、「パラノイア」という診断名で何を指して用いるかによって、投薬治療の有効・無効は大きく異なります。パラノイアを妄想性障害と同義にとらえれば、投薬治療が有効なケースは膨大にあります。そしてこの【4455】のケースはその有効なケースにあたるということです。
パラノイアと呼ばれる病態の中で投薬治療の効果がほとんどないとされているのは、いわば猜疑心が強い性格と区別がつきにくいようなケースの場合です。ただしそのようなケースでは、服薬を続けること自体が稀ですので、投薬治療が有効か無効かは本当のところはわからないというのが正しいとも言えます。
(2022.2.5.)