【4259】一緒に死んでくれと妻を追いかけ回した70歳の知人
Q: 私は30代の男性です。70歳の知人男性につき、ご相談させて頂きたく、こちらに記載致しました。
この男性は、先日、自宅にて当人の妻を「一緒に死んでくれ」と追いかけ回し、救急車で病院に運ばれ入院する事となりました。
それまでの数ヶ月間、「俺は警察に捕まる」といった妄想と取れる言動があり、外を歩いていて散歩中の犬を見かけると、「あれは全部訓練を受けた警察犬だ」といった発言もしていたようです。
更に、「隣人が危害を加えようとしている」といった発言もあり、心配していたところ、上記のような「一緒に死んでくれ」という事態に至ったとの事。
一方で、今までより物忘れが増える等の症状もあったといいます。
この話を聞き、物忘れの件を考慮しても統合失調症に近いのではと感じましたが、病院の診断はアルツハイマーでした。
アルツハイマーはこのような、他者に危害を加えかねないような妄想を伴うものなのでしょうか。
周囲に危害を与える可能性もあり、当人の妻は退院して自宅に戻ってくる事を恐れています。
ご見解をお聞かせ頂けますと幸甚です。
林: この70歳男性の言動が統合失調症の症状によく一致しているというのは質問者のご見解の通りです。しかし、統合失調症によく似た症状は統合失調症以外の脳の病気でも現れることが十分にあり得ます。たとえば【2974】脳炎だったのに統合失調症と誤診されていた などがその実例です。
特に高齢者に統合失調症の症状によく似た症状が初めて現れた場合は、統合失調症以外の脳の病気の可能性が十分にあります。この場合の脳の病気にはアルツハイマー病ももちろん含まれます。
アルツハイマーはこのような、他者に危害を加えかねないような妄想を伴うものなのでしょうか。
伴うこともあります。したがって、この70歳の男性がアルツハイマー病であるという診断がくだされたことに特に矛盾はありません。
ただしこのメールの記載内容からは、アルツハイマー病の可能性が最も高いとまでは言えません。
今までより物忘れが増える等の症状もあったといいます。
この物忘れの症状がいつからで、どのような性質の物忘れで、どの程度のものであったかがひとつの重要な症状です。
また、今回問題となっている妄想がいつからどのような経過で現在の激しい妄想になったのかも重要な情報です。今回初めて妄想が現れたかどうかも重要です。
そうした情報はどれも重要ですが、入院して診断されたということは、MRIなどの脳の画像診断も行われたうえで診断されたと推定できますから、なおさらアルツハイマー病という診断を否定して統合失調症の可能性が高いと考える根拠は薄弱ということになります。
なお、精神科Q&Aでは、症状だけに基づいて統合失調症であると断言する回答をすることがしばしばありますが、これはメールに書かれている情報が正しいと仮定し、かつ、それ以外には重要な情報はないと仮定しての回答です。実際の臨床場面であれば、たとえ症状は典型的な統合失調症であっても、他の脳の病気の検査が必要なことはしばしばあります。すなわち厳密には、「統合失調症の典型的な症状があり、他の脳の病気でないことが確認できたときに、統合失調症と診断できる」ということになります。
(2021.3.5.)