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正常という診断書

自分が正常だという診断書を書いてほしいという人が時々精神科に来ることがある。だいたいの場合、そういう診断書は書けないとお答えすることになっている。精神科医は、病気がどうかの診断はできるが、正常か異常かの判断はできない(と少なくとも私は思っている)。こころの正常・異常の判断は医学の範囲を超えている。

それでも、本を見ると正常と異常の判別法は一応出ている。どの本でも最初に出ているのは、平均値からある程度以上はずれたものを異常とする、というものだ。健康診断でやる血液検査の結果の正常範囲を決める方法がこれである。精神科でも、たとえば知能テストなどではこのやり方で判定する。平均値より極端に低い得点の人を異常と判定するのだ。では平均値より極端に高い得点の人はどうなるのか、という疑問が当然出てくるが、そういう人は別に困らないから異常とは言わない。

平均値を使うのは合理的なようだが、精神に関係することには数字に換算できないことがたくさんあるので、いつも使えるというわけにはいかない。そこで次に出てくるのは、脳の中に何かがあれば異常とする考え方だ。何かとは、たとえば、脳波の乱れや、CTスキャンやMRIで何か所見があるとか、そういう目に見えるものがあれば異常とする。これだと誰に対しても説明しやすい。写真を見せて、「ここが異常です」と言えばそれまでである。これを疾病概念と言ったりもする。

けれども目に見える何かがあったからといって異常とは言えないことも実は多い。健康な老人の脳のMRIを撮ると、小さな脳梗塞が結構みつかるものである。逆に何も目に見えなくても異常のことがある。検査を色々やって何も異常がないと、たとえ何か自覚症状があっても気のせいだと言われたりすることがよくあるけれど、それは本当は間違っている。まず自覚症状があるのが病気で、検査はその原因を知るためのもののはずだ。検査の結果ですべてを判断するのは本末転倒である。

平均値を使うのも、疾病概念を使うのも、どちらも医学的な検査結果の判定の方法である。ふつうの医学では、この二つでたいていの診断はできる。こころの正常・異常を判定するためには、それだけでは不充分である。そこで三番目に出てくるのが、価値概念による判定である。その時代・その社会・その場面で、ふさわしくないとされている行為を異常とする。悪魔の存在を信じ、時々悪魔の声を聞いたりするのは、中世ならともかく今の日本では異常だろう。ひとりで大声を張り上げるのは、スポーツ観戦中ならともかく、電車の中では異常だろう。

この価値概念は便利ではあるけれど、基準としては使い物にならないことも明らかだ。場面にふさわしいかどうか、多数決で決めるわけにはいかないし、まして個人に決められることでもない。

だから結局、正常・異常は、この三つの立場から総合的に判断するというのが現実的であるという結論になる。ただ現実的という言い方は、不充分であるということの言い訳みたいなもので、実際には判断する人はどこにもいない。

正常・異常ということと精神科の病名は直接の関係はない。病名は、病院に来た人につけるものだ。「病院に来た人」という一見あたりまえのことが大事なところで、病院に来た人は自分の何かを治したくて来るのである。治すためのステップとしては診断することが必要である。だから何かの病名をつける。「人格障害」という名前もそのひとつにすぎない。この名前を病院に来ていない人にまでつけ始めると、だんだん問題が出てくる。

病院に来た人でも、自分が正常であることを証明してほしくて来る人は、自分の何かを治したくて来るのではないから、ほかの人とは全然違う。こういう人が治したいのは、あえて言えば自分ではなく周囲の価値観だろう。それを診断書でなんとかしようというのは、やっぱり無理である。

 


 

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