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境界型人格障害の「境界」とは、何と何の境界でしょうか?

 

名前は実体を表さない

たとえば筆箱といっても、筆が中に入っているとは限りません。網棚といっても、網でできているとは限りません。このように、名前の中には実体を表していないものがたくさんあります。ただし、はじめは実体を表していたに違いありません。筆箱にしても、網棚にしても、その言葉が作られたときには、矛盾はなかったのでしょう。その後、時がたって内容が変わっても、名前はそのまま残ったのでしょう。実体を正確にあらわしていないからといって、いまさら変えるわけにもいかない、こういう名前には、少しオーバーにいえば、歴史が刻まれています。化石のようなものといってもいいかもしれません。

境界型人格障害という名前も、いまでは実体とは合わない名前になっています。境界型の「境界」というのは、いったい何と何の境界という意味か。この問いに答えるには、境界型人格障害という名前が作られたころに戻る必要があります。1960年ころの話です。

 

精神病と神経症の境界

 まず結論を言ってしまいますと、境界型人格障害の「境界」というのは、元々は精神病と神経症の境界という意味でした。元々というのは1960年当時です。このころは精神分析が全盛の時代です。精神分析といえば、幼時体験を重視するものであることはご存知の方も多いでしょう。もう少し正確にいうと、人格の発達過程に問題があって、ひとつひとつの段階をうまくクリアーできずに成長すると、大人になってからいろいろなこころの病が起こる、という考え方です。その問題の根が深いと精神病になり、比較的浅いと神経症になる。ごく簡単にいうと、これが精神分析の古典的な学説です。

 

第一段階・・自分と自分以外の区別

生まれたばかりの赤ん坊の人格がどのように発達していくか、具体的に考えてみましょう。生まれた時には、「自分」と「自分以外」の区別がついていません。ただ「混沌」があるだけです。この混沌の中から、まず「自分」というものが区別できるようになります。「自分」と「自分以外」が分離されるといってもいいでしょう。これが人格発達の第一段階です。

第一段階が完全にクリアーできないことが精神病につながります。たとえば被害妄想という症状があります。実際にはなにも被害を受けていないのに、受けていると思い込むことです。これは、自分の中にある恐怖などの気持ち、つまり自分の中で作ったものを、外部のことであると思い込んでしまうことによって起こります。まさに自分と自分以外の区別がつかないことによる症状です。幻聴も、本来は自分の考えであるはずのことが、外から聞こえるように感じるということで、やはり同じ性質を持っています。こういう症状が出る精神病には、たとえば精神分裂病があります。

 

第二段階と第三段階

第二段階では、「自分以外の人」との関係が発達します。自分以外の人の中には、敵も味方もいます。自分に対して良いことをする人も悪いことをする人もいます。けれども現実の人間というものは、100%良いとか悪いとかいうことはまずありえません。どの人も良い点と悪い点をあわせ持っています。こうしたことの理解、つまり人には良い・悪いの両面があることを理解するのが第二段階です。この段階に問題があると、境界型人格障害になります。

第二段階をクリアーすると、人格はかなりまとまったものになります。ふつう大部分の人は第二段階まではクリアーしています。これ以後の発達段階になにか問題があった場合は、たとえこころの病になったとしても、人格の深い部分は安定しているので、比較的軽いものになります。それが神経症です。

つまり、境界型人格障害は、人格の発達段階でいうと、精神病と神経症の間の段階に問題があるということになります。これが「境界型」という名前の由来です。

ここまでの説明を表にすると、下のようになります。

自分と自分以外の区別 良いイメージと悪いイメージの区別
精神病 NO NO
境界型人格障害 YES または NO NO
神経症 YES YES

 

境界型人格障害の症状

境界型人格障害の中心となる症状は、対人関係がとても不安定なことです。この不安定さは、まさに第二段階の問題からきています。つまり、他人を、自分にとって、「100%良い」あるいは「100%悪い」としか見られないというのが根本にあるのです。人は誰でも良い面と悪い面をあわせ持っているものだということを、理解できません。このため、ある一人の人を崇拝するくらいまで頼りにしていたのに、本当にちょっとしたきっかけで評価が180度かわって、ののしらんばかりに嫌ったりすることがよくあります。このことと関係して、他人のちょっとした言葉や態度で、自分が見捨てられたと思いこみ、激しく落ち込んだり、逆にその人を激しく攻撃したりすることもとてもよくあります。他人に頼ろうとする気持ちがかなえられているうちはいいのですが、かなえられなくなると急に豹変するのです。「依存攻撃的」、「他罰的」もっと日常の言葉で「自分勝手」というふうに見られたりします。

 

「境界型人格障害」という名前は化石です

境界型人格障害には、対人関係の不安定さのほかに、慢性的な不安・抑うつ、自傷行為の繰り返しなどの特徴があります。境界型人格障害というもの自体は確かに存在します。存在するどころか最近ではかなり多く、都会の精神科外来の若い女性患者の10人のうち2、3人を占めるともいわれています。ただ、その背景に上のような人格発達上の問題があるかどうかは、実はよくわかりません。むしろ現在ではこういう理論はあまり信用されていないというのが現状かもしれません。理論があまり信用できないとなれば、その理論を基盤とした「境界型人格障害」という名前は改めるのがスジなのでしょうが、この名前があまりに浸透してしまったため、いまさら変えられないというのが現状です。「境界型人格障害」のかわりに、「重症型人格障害」とするべきだという主張がなされたこともありました。人格障害にもいろいろなレベルがあり、そのレベルが深いという意味です。これはもっともな意見ですが、ほとんど無視されているのが現状です。それからさらに言えば、「境界型人格障害」という名前の中の、「境界型」という部分だけでなく、これが本当に「人格」障害なのか、それとももっとはっきり病気というべきなのかということも、実は誰にもわかっていません。

もっとも、精神科の病名は、なんだかよくわからないほうがいいということもいえます。あまり核心をついた名前は、医者からみた診断名としてはよくても、診断される患者さんのほうからは好まれません。「自律神経失調症」という曖昧な病名がはやるのもそうした理由によるものでしょう。

境界型人格障害、という名前は、人格発達理論の化石のようなものと考えたほうがいいと思います。もととなった人格発達理論も、「精神病」「神経症」の理論も、いまではすべて化石です。化石にはそれなりの意味はありますが、あまりこだわっても仕方がないでしょう。もちろん化石というのはあくまで名前についてのことで、境界型人格障害そのものは、これ以上はないほど活発に生きています。

 


 

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