【3354】統合失調症発症後の認知障害について
Q: 32歳の女性です。28歳の時、幻聴や妄想等の症状を発症し、統合失調症と診断され、現在は八週間に一度通院し、加療を続けています。一番陽性症状がひどかった時は、遁走したり、妄想の敵に怯え自宅から包丁を持ち出して外に出かけようとするほどでしたが、幸い家族が早期に対応し通院を始めたことで快方に向かい、一年ほど前からクローズで週五日、五時間のパート勤務も始め、続けられています。自分でいうのもおかしいのですが、今では誰も私に精神障害があるとは想像もしないと思います。 診察の度に主治医と相談して、毎回少しずつ処方は変わりますが、とりあえず今処方されているのは、インヴェガ3mg(朝一錠),コントミン2.5mg,エバミール1mg(就寝前2錠)、ソラナックス0.4mg(朝晩二錠づつ)です。
しかし私は、処方されている薬を真面目に飲もうとしないのです。自分で、精神状態がよくないな、と思っている時は真面目に服薬しようとするのですがあまり続かず、よい時は平たく言うと面倒になって飲むのをやめてしまうのです。 同居している家族、特に母親や看護師の妹はそれに対してよくないと軽く注意はしてくれるのですが、彼女らもそれぞれのやるべきことがあるし、表面的には何も異常がないように見える私に対して、例えば代わりに薬を準備して私がすぐ服用できるようにしてやるとか、積極的な行動をするほどではないのではないか—という程度にとらえているようです。 薬を飲むのが単純に面倒という気持ちもありますが、もう一つの理由として、発症後からの認知障害症状に改善の兆しが見えず、こんなものを飲んでいてもどうしようもないんじゃないかという薬に対する不信感があるからなのです。 認知障害の具体的な症状は、仕事中に「あれをあそこに移して」というような指示語を多用した言葉で指示されると、具体的に何のことを示しているのか瞬時に判断できず、すぐ実行に移せない、といったようなことです。(このようなことは健常者の間でもままあることだと思いますが、私の場合、周りの人が同じ指示内容で出来ているのにも関わらず自分だけができないことが多いという意味です)また作業中しばしば、自分が今何をどこまでやっているのかが分からなくなってパニックを起こし、不完全な成果を残してしまう、その結果不安になり、次の段階にも進めない。このような状態で一日の仕事が終わるとそのパニックを引きずったまま帰宅しうつ状態になる、薬を飲んでもなかなか寝付けない。寝付けないから次の日の仕事にも影響する—といった悪循環が続いています。
薬を真面目に服用していないという事実とは矛盾していると思いますが、今の主治医に対して悪い感情は持っていません。むしろ苦しい陽性症状から救ってくれた医師として信頼しています。ただそれだけに、先生の前では模範的な患者でありたいという気持ちが先行して、実は薬を真面目に飲んでいないことなどが打ち明けづらいのです。また、特に精神状態が悪い時には医師に、どこがどう悪いのかうまく説明することができず、そのようなことも治療の妨げになっています。一回10分程度の医師との会話では、解決しない問題もあって、林先生にご相談した次第です。 発症後の認知障害は、今後薬を真面目に服用すれば徐々に改善していくものなのでしょうか?
林: あなたは薬を飲むべきです。陽性症状の再燃防止のためです。認知障害についてあれこれ悩むことができるのは、陽性症状がおさまっているという前提があってのことです。薬を飲まなければ陽性症状が再燃し、認知障害についてあれこれ悩むことさえできなくなります。これが回答の結論です。
それはそれとして、ご質問の件、
発症後の認知障害は、今後薬を真面目に服用すれば徐々に改善していくものなのでしょうか?
については、何とも言えません。この【3354】のケース、そもそも本人が「認知障害」と言っておられるものが、本当に統合失調症の症状かどうかという根本的な問題がありますが、とりあえずそれは措き、一般論としての統合失調症の認知障害(認知機能障害ともいっても同じです)とその治療については、非定型抗精神病薬に効果ありと言われていますが、私はこれはかなり怪しいと思っています。効果ありとする論文はたくさん発表されていますが、これらの研究には認知機能評価法に共通した誤りがあり、信用できないと私は考えています。非定型抗精神病薬の発売にあたって、市場拡大のため製薬会社が認知機能障害に着目し、その商売方針に乗せられた医師たちが(乗せられたのか、乗せられたふりをして利用していたのかは不詳です。両方の場合があると思います)、低品質な研究論文を発表し続けたというのが実情でしょう。つまり、現在において、統合失調症の認知障害に薬が効くという証拠はないということです。
しかしそれはそれとして、この【3354】のケースは薬を飲み続ける必要があります。
自分で、精神状態がよくないな、と思っている時は真面目に服薬しようとするのですがあまり続かず、よい時は平たく言うと面倒になって飲むのをやめてしまうのです。
そのような飲み方では早晩陽性症状が再燃します。再燃を繰り返してようやく薬の必要性を実感するというのがよくあるパターンです。認知障害云々の理屈を言って薬を飲まないことは、結局は本人に大きな不利益をもたらす結果になります。
(2017.1.5.)