【2996】人の名前が覚えられません‏

Q: 20歳代前半、女です。医療職に就いています。
私は田舎の育ちで1学年40人程度、幼稚園から小学校までほぼ持ち上がり式の学校に通っていました。幼稚園からの付き合いということもあってか、幼い頃は特に名前を覚えられないという不便を感じた覚えはありませんでした。
初めて違和感を感じたのは、小学校中学年の時にした転校でした。今までと同じ位の小規模な学校であるのに、なかなか同級生の名前を覚えられないという事に苦労したことを覚えています。
その時はあまり気にしていませんでしたが、高校、専門学校と年を経るに連れて、周囲の人と比べて人の顔と名前を一致させることが困難であると感じるようになってきました。
人の名前を覚えることは難しいですが、その人の肩書き(○○課の課長 など)は比較的問題なく覚えることができます。
また、他の質問者の方のような、ドラマの出演者の顔の判別がつかないということはありません。なぜか覚えられないのは、実際の生活で関わる方だけです。
但し、俳優などの名前自体を覚えることはとても苦手です。ただ、ドラマの配役などの名前(○○という俳優が演じている△△ で△△の方)は問題なく覚えることはできます。これについては、ドラマでの名前は肩書きと同じようなものなので覚えることができるのではないかと、自身では思っています。

名前を覚えられない程度については、特徴を持っている人(男性で長髪 など)はすぐに覚えられることもあります。ただ、名前を間違いなく覚えられたかどうかの不安は強いです。
一学年70人程度の学校に通っているときは学年全員の名前を覚えるのに、約1年程度かかりました。また、名前を覚えていても、突然顔を見て人を指名する場面(会議等で自身が司会をしており、手を挙げている人を指名する など)では名前が咄嗟に出てきません。
せっかく名前を覚えても1か月程度会わないと、すっかり名前を忘れてしまっていることもよくあります。

一度友人に相談したところ、他人に対して興味を持たないだけなのではないか、と言われました。自身としてはそのようなことは思っていなかったため、少々ショックを感じてしまいました。

学習においては暗記に不便を感じたことはありません。
自身の感覚としては、顔と名前を一致させるまでに時間がかかるという程度です。友人などは意識しなくても、何度も会う間に自然と名前と顔が一致します。早く覚えたい場合は写真を見て「この人は○○さん」と何度も復習(?)すると早く覚えることができます。
しかし、仕事の内容から日々多くの人と接し、到底前述のようには覚える時間がないため、実生活では髪型や服装で判断することがほとんどです。

こういったものは、記憶力が悪いだけなのか、それとも他人に興味がわかないことが原因なのでしょうか。

 

林:

記憶力が悪いだけなのか、それとも他人に興味がわかないことが原因なのでしょうか。

どちらも違うと思います。記憶力や興味の問題ではありません。何らかの認知機能障害でしょう。

覚えられないのは名前か顔か、まずはそれがポイントです。
質問者は、「人の名前が覚えられない」と自覚しておられるようです。もし本当に人の名前が覚えられないのであれば(他のものの名前は覚えられるが、人の名前だけが覚えられない)、それはかなり特殊な症状です。おそらくそのような症状は、これまで医学界で知られていないものだと思います。(脳のある部位の損傷によって、人の名前の想起だけが障害される proper name anomia という症状はありますが、この【2996】は、後天的な脳の損傷ではないことを別にしても、症状そのものがproper name anomiaとは異なります:  参考文献: Lucchelli F, De Renzi E.  Proper name anomia.  Cortex 1992 Jun;28(2):221-30.)

けれども、この【2996】の記載からは、自覚的には「人の名前が覚えられない」ですが、その基礎には「人の顔が覚えられない(より正確は、「覚えられない」とは異なり、「人の顔の認知障害」というべきでしょう)」があると考えられます。そう考えられる理由は、

実生活では髪型や服装で判断することがほとんどです。

という記載です。この「判断する」は、「ほかならぬその人であることを判断する(つまり、その人であることを同定する)」という意味であると思われ、すると名前を覚えることの障害ではなく、顔の認知の障害、すなわち相貌失認であると思われます。
それともこの「判断する」は別の意味で使っておられるのでしょうか? 細かいことのようですが、ここは診断上非常に重要な点です。この記載中の「判断する」の内容をより正確に知りたいところです。

もしこの「判断する」の意味が、上記の通りであれば、「名前が覚えられない」のではなく、「顔の認知ができない」であり、相貌失認(発達性相貌失認)の可能性が濃厚です。

しかし【2996】の他の部分の記載からは、相貌失認ではなく、本当に人の名前だけが覚えられないという症状であるように読み取れる部分もあります。
たとえば

人の名前を覚えることは難しいですが、その人の肩書き(○○課の課長 など)は比較的問題なく覚えることができます。

そうだとすると、相貌失認ではなさそうにも見えます。(但しここでも、「覚えることができます」の具体的状況などについての情報がほしいところです。覚えることができる、というのは、その人を見たときに、課長なら課長という職位がすぐに出て来るということでしょうか。そうだとすれば、顔の認知そのものは正確にできていることになりますので、相貌失認ではありません)

また、

名前を覚えていても、突然顔を見て人を指名する場面(会議等で自身が司会をしており、手を挙げている人を指名する など)では名前が咄嗟に出てきません。

これは、名前が出てこないのか、それとも、それが誰だかわからないのか。

せっかく名前を覚えても1か月程度会わないと、すっかり名前を忘れてしまっていることもよくあります。

これは、名前が思い出せないのか、それとも、その人が誰だかわからないのか。

というふうに、もっと詳しく具体的な情報がほしいところです。

質問者の自覚の通り、「人の名前だけが覚えらない」という症状であることは、かなり考えにくいことです。
「人の顔を全体像として認知する」あるいは「同じカテゴリーの中の似たものを区別して認知する」という機能は、人間の脳に生来的に備わっている機能と思われますので、それが先天的に障害される発達性相貌失認という病態があることは納得できることです。
けれども固有名詞、中でも人の名前だけに限った固有名詞を記憶するという機能が、他の機能から独立して脳に存在するということは考えにくいので、その機能だけが先天的に障害されるという病態が存在することは考えにくいです。
後天的に人の名前の記憶だけが障害されることは、脳の中の貯蔵部位の部分的な損傷として理解できるので、先にご紹介したproper name anomiaという病態が存在することは(非常の稀な病態ですが)、あり得ることです。しかし先天的なproper name anomiaというものはあり得ない・・・と私は思うのですが、私が間違っているのかもしれません。

ちなみに先にご紹介した医学雑誌Cortexに掲載されていたケースは、脳の深い所、視床という部位の脳梗塞によるものです。
すると

初めて違和感を感じたのは、小学校中学年の時にした転校でした。今までと同じ位の小規模な学校であるのに、なかなか同級生の名前を覚えられないという事に苦労したことを覚えています。

このころに視床に小さな脳梗塞が発生した・・・ということが理論的には考えられますが、まずそういうことはないでしょう。

やはり私としてはこの【2996】のケースは、人の名前が覚えられないのではなく、人の顔が認知できない、すなわち発達性相貌失認の可能性が高いと思います。質問者の方がもしこの回答をお読みになりましたら、ぜひもっと詳しく具体的に症状をお知らせいただきたいと思います。

(2015.7.5.)

05. 7月 2015 by Hayashi
カテゴリー: 相貌失認, 精神科Q&A