【2716】人の顔が覚えられない…他困っていることが沢山あります‏

Q: 私は36歳女性です。人の顔が覚えられません。しかし現在の精神科主治医からは「顔が分からないのは、何故だかよく分からない」と言われ、その他の困っている事についても「性質の問題だから診断できない」と言われて困っています。 初めて自覚したのは3,4才頃です。その頃には『お客さんが以前会った事がある人か分からない』自覚はありました。隣のお兄さんと別人を取り違えて話しかけ、かみ合っていないその人の会話や態度にも気づかず、その人が別の家に入って行って初めて別人だと気付き『私は人の顔が分からないんだ』と思いました。 家族、頻繁にあう親族などは思い出せるのですが、『いついつの、ここで会った時の顔』みたいな感じで、画像を切り取ったようにしか覚えられず、少し離れた所にいて後ろ姿などだと自信がもてず、声をかけられません。 自分の顔でさえ、髪型を変えてしまうと、鏡の前に立ったとき一瞬ぎょっとします。なので20年以上ほぼ同じ髪型です。鏡を見て化粧をするのも苦手で、べた塗りです。 母には思春期頃から相談していましたが、「酷いいじめを受けたせいで人の顔をちゃんと見れないからだ」と散々言われていました。そうかもしれないと、高校時代、特に覚えにくい先生の顔を4月から夏季講習まで、一番前の席から穴の開くほど見つめていました(先生に茶化したような苦情を言われる程。ちなみに得意な教科です。先生には不満があるどころか、とても良い先生でした)。しかし夏休み後に職員室に行った際、先生がおられるかどうか全く見分けられませんでした。その他にも、さっきまで一緒にいた部活の友人が席を外し、戻ってきたと思い話しかけたら全く知らない先輩だった、等…失敗は数限りないです。 目の前にある人の顔は『人間の顔』として認識は出来ますし、見た通り似顔絵を描けといわれたら描けます(下手ですが)。だた『そこにいない人の顔』となると、頑張って思い出しても「目の縁」「口の端」「眼鏡の弦の色」等パーツしか思い出せません。仕方ないので主に声で判別しています。無口な人、兄弟姉妹等似た声の人の判別は本当に困ります。ただ、『失礼にあたるかも』と思い最近までひた隠しにしてきました。
その他にも困ることがたくさんあります。
・ 運動能力の低さ(身体的リズム感の悪さ)自分で空けたドアに挟まる、何もない所で転ぶ、段差を踏み外す、自分で自分の足を踏む、顔を掻こうとして自分の目に指を入れてしまう…等々、毎日何かしらで「痛っ!」と言っている。
・ 計算が苦手、数列も苦手二桁同士の足し算で戸惑い時間がかかる。割引率の計算などは、電卓があっても『どっちでどっちを割ればいいのか』が分からず混乱、たとえ計算しても前の数字も忘れてしまうため、比較も出来ない。4桁以上の数列は飛ばしたり入れ替えてしまう為、いちいち指差し確認、パスワード入力や登録番号の記入に非常に時間がかかる。数を数えていると位が変わるときに10単位20単位で飛ばす(…68、69、90、91…)。
・ 部屋が片付けられない、道に迷う片付けが非常に苦手で、よく物をなくして探している。また片付けると景色が変わり、まるで別の部屋にいるようで一週間以上落着かない。道順は「景色」で覚えており、物の場所も「景色」で把握するので、景色が変わってしまうと道に迷う。
・ 音の集中的な聞き取りが出来ない、大きな音に大変驚くガヤガヤした所、別の音が混じると傍にいる人の声も自分の声も半分くらいしか聞き取れず、時にトラブルに。突然の大きな音に飛び上がらんほど驚き、掃除機の音、電話の音、子供の泣き声などもとても苦手。 ・左右の認識が曖昧視力検査で『右』を指刺し「左」と言っている(正解は『右』で指が正しい。だが、私にはそちらが「左」に思えているので指摘されると混乱)。「○○は左にあるよ」と言われて、右を探している(指摘されてもしばらくは気づかない)。どちらが『利き手』かがたまに分からなくなり物を持ってみて確かめる(ただし左右感覚は3歳時、祖母から左利きを監視付きで矯正されたので(「ワシが直した」と祖母談)その影響もあるかもしれない)。
・ 過去の嫌なことがフラッシュバックして感情に振り回される過去に家族に受けた酷い言葉、笑われた記憶、いじめ、パワハラの光景や、恥をかいた場面などをちょっとしたきっかけで思い出し、今目の前で起こっていることのように感情が揺さぶられて、酷く落ち込んだり、無性に腹が立ったり、身の置き所もないほど恥ずかしくなる。
・ 締め付けられる服は嫌な感覚、子供の頃風呂がくすぐったかった最近流行りの『ヒート○○』のようなピッタリ締め付けるような服は誰かに体を引っ張られているようで、嫌で動きたくなくなり、動くたびにうんざりする。また、着ている服を脱ぐと、皮膚の一部を欠いたような気になる事も。子供の頃風呂の中の細かい泡が体を擦って上がっていくのがくすぐったくて我慢ができず笑っていた(そんな私をみて母が「お前、ちょっとおかしいよ」「頭のおかしい子みたいだから止めなさい」と言われていた)。
・ 話し出しに躊躇するのに、話が長い話し出すのが苦手なくせに、話し出すと長い、要点をまとめられずダラダラと話す。瑣末な事にこだわって全て話してしまう。日記等も同様でダラダラと書きつらねた挙句、毎日は続けられなくなりすぐ挫折。
・ 『顔を覚える事』以外にも『車の車種』も見分けられませんし、他には『制服で学校や会社を特定する』事、『野性のキノコを見て種類を特定する※』事も大変苦手です。 ※つまらない事かも知れませんが、田舎に住んでおり、代々伝えられてきた事なのでとても残念ですが、おそらく私のせいで終りです。

その他にもいろいろありますが、多いので割愛します。精神科にかかったのは以下の経緯からです。 職場のパワハラやいじめに耐え切れず辞めてしまい、以後無職。親の「おまえの話など聞く価値もない」発言に傷つき、家庭内別居状態に。2年以上経った頃「フラッシュバックによる感情の揺れだけでも何とかできないものか?」とそれらを文章にまとめました。しかし自己解決は難しいかもしれないと、保健所の「ひきこもり相談室」に相談。「以前親とモメた時「このアスペルガー!」と怒られた事も気になっている」と話すと、病院での検査を進められ、教えてもらった中から近い精神科の病院で、問診と血液検査、頭部CTと「WAIS-Ⅲ」を受けました。結果は「アスペルガーらしさは認められない」との事。この先生からはもっとも言われたくない言葉「顔が分からないのはちゃんと人の顔や目を見て話さないからでは?」とも言われました。 その後問題がないなら「困っている事は忘れて」と保健所で言われ、サポートステーションを教えて貰いました。サポートステーションで数回の相談後、臨床心理士の先生と面談。「困っている事が多いみたいだし、前回の検査、『WAIS-Ⅲ』だけなのはちょっと…表もよく分からないし」と心理士の先生に紹介状を書いてもらえ、ある大学病院で問診と「WAIS-Ⅲ」「バウムテスト」「ロールシャッハテスト」を受けました。しかし結果はやはり「発達障害らしさは認められない」との事(こちらの先生が現在の主治医)。IQは105でした。どちらの病院でも現在困っている事だけを聞かれ、生育暦は文章にまとめたものを持って行ったためか、あまり聞かれませんでした。また、親にもほとんど質問されませんでした。事前の予約の際「母子手帳など過去の事が分かるものって必要ですか?」と聞きましたがどちらの病院も「特に必要ありません」と言われました。 前述の通り現在主治医に言われているのは「性質の問題なので診断できない」、「環境を変えるくらいしかない」、「顔が分からない事についてはよく分からない」、「薬を出すくらいしかできない」の4つです。薬は頓服として「リーゼ」(時に「ソラナックス」)を処方されていますが、状態が緩和されるわけではなく、ただただ2~3時間眠いだけです。毎回「僕の顔、まだ分かりませんか?」と聞かれるので、「眼鏡の弦の端の色くらいしかわかりません、似た背格好の白衣の先生に呼ばれたら、きっと先生と思いついて行ってしまいます。」と答えています(主治医には10回以上会っています)。環境を変える=時に辛辣な言葉を言う親元から離れる、ということは、現在の状況では経済的に難しいのですが、サポートステーションの方では「就職以前の状態」と言われ、八方ふさがりな感じで困っています。前回薬がなくなって受診した時に主治医に『就職以前の状態』と言われてしまい、困っている旨を伝えたら「診断なんてつけようと思えばなんとでも簡単につけられますよ、軽いうつ症状、とか何とでも」と言われてしまい、更に困惑してしまいました。 私の状態は主治医が言うように全てが「性質の問題」なのでしょうか? それとも「相貌失認」や親の言うように「アスペルガー」等の発達障害、または全く別の障害や病のせいなのでしょうか?

 
林: 発達性相貌失認(先天性相貌失認)に間違いありません。また、それに加えて、広汎性発達障害の特徴もはっきりと認められます。

このメールに詳しく書かれている「顔が覚えられない」という体験は、発達性相貌失認に非常に典型的なものです。これだけを見ても診断はほぼ確定できます。
お母様が

「酷いいじめを受けたせいで人の顔をちゃんと見れないからだ」と散々言われていました。

とおっしゃったのは荒唐無稽な説明ですが、専門家でない以上仕方ないとしても、今の主治医の先生の

「顔が分からないのは、何故だかよく分からない」と言われ、その他の困っている事についても「性質の問題だから診断できない」と言われ

という説明は、精神医学の専門家としては浅薄と言わざるを得ません。 【2512】人の顔がわからない、自分の子どもの顔もわからない。医者からは鬱のせいだと言われている。 と同様の問題です。
もっとも、相貌失認は、現代の精神科医に当然要求される基本的な知識とまでは言えないので、やむを得ないという見方もできますが、たとえ知識として持っていなくても、このような患者さんに接して疑問を感じた時、ちょっと医学書を調べればわかることですので、あなたの主治医にはもう少し勉強していただきたいところではあります。

なお、

・ 『顔を覚える事』以外にも『車の車種』も見分けられませんし、他には『制服で学校や会社を特定する』事、『野性のキノコを見て種類を特定する※』事も大変苦手です。 ※つまらない事かも知れませんが、田舎に住んでおり、代々伝えられてきた事なのでとても残念ですが、おそらく私のせいで終りです。

については、 【2510】人の顔が覚えられません。車の区別もつきません。‏などにも実例がある通り、顔以外にも、同一カテゴリー内の物の区別がつけられないという症状で、相貌失認の中のあるタイプに特徴的なものです。

また、「その他にも困ることがたくさんあります」以下に箇条書きにされている内容は、コミュニケーションの障害、注意障害、運動能力の障害、感覚過敏、その他の認知機能障害等をあわせ、広汎性発達障害の見本ともいえる所見であり、

問診と血液検査、頭部CTと「WAIS-Ⅲ」を受けました。結果は「アスペルガーらしさは認められない」との事。この先生からはもっとも言われたくない言葉「顔が分からないのはちゃんと人の顔や目を見て話さないからでは?」とも言われました。

大学病院で問診と「WAIS-Ⅲ」「バウムテスト」「ロールシャッハテスト」を受けました。しかし結果はやはり「発達障害らしさは認められない」との事。

と言われたことについては、唖然とするしかありません。発達障害をこうした心理検査の結果だけで診断することは出来ないのは常識に属する事項ですし、「顔が覚えられない」という明らかな症状があるケースの問診で、このメールに書かれているような内容を聴き出せなかったとすれば(または、聴き出したのにもかかわらず、相貌失認と気づけなかったとすれば)、それは問診をしたとは言えません。

発達性相貌失認のケースでは、アスペルガーなど他の発達障害の症状を伴うケースがあることは、【1509】アスペルガーと診断されていますが、人の顔が覚えられません にも、また、医学文献の中にも、

Subjective face recognition difficulties, aberrant sensibility, sleeping disturbances and aberrant eating habits in families with Asperger syndrome.
Nieminen-von Wendt T1, Paavonen JE, Ylisaukko-Oja T, Sarenius S, Källman T, Järvelä I, von Wendt L.
BMC Psychiatry. 2005 Apr 12;5:20.

Developmental prosopagnosia in Asperger syndrome: presentation and discussion of an individual case.
Kracke I.
Dev Med Child Neurol. 1994 Oct;36(10):873-86.

などの実例があります。
顔を見分けるというのは、人間同士の円滑なコミュニケーションのために必須ともいえる認知機能ですので、コミュニケーションの障害を認める発達障害と、発達性相貌失認には、脳内の障害メカニズムに共通点があることも推定されています。これについては、たとえば

The role of the fusiform face area in social cognition: implications for the pathobiology of autism.
Schultz RT1, Grelotti DJ, Klin A, Kleinman J, Van der Gaag C, Marois R, Skudlarski P.
Philos Trans R Soc Lond B Biol Sci. 2003 Feb 28;358(1430):415-27.

という論文があります。

以上より、この【2716】は発達性相貌失認に間違いありません。

私の状態は主治医が言うように全てが「性質の問題」なのでしょうか?

全く違います。

 それとも「相貌失認」や親の言うように「アスペルガー」等の発達障害、または全く別の障害や病のせいなのでしょうか?

相貌失認(発達性相貌失認)と、広汎性発達障害の、両方の症状がこの【2716】にはあります。

(2014.6.5.)

その後の経過(2014.8.5.)

05. 6月 2014 by Hayashi
カテゴリー: 相貌失認, 精神科Q&A