【2732】サイコシス(統合失調症)で抗うつ薬を飲むのはいいか悪いか

Q: 私は30代女性です。昨年の年末にサイコシス(日本で言う統合失調症)になり、現在リスペリドン2mgを寝る前に8カ月のむ必要がある者です。リスペリドンはドーパミンとセロトニンの働きを抑える薬だそうで、そのためか、毎日やりたいことのモチベーションがなくなってしまい、仕事以外他のことをやりたいと思う感情がなくなってしまい、何もすることがないので仕事のオフの日は昼から寝るようになってしまいました。

そのことを医師に相談し、毎回の相談がそれしかなくなってしまった(「何もすることがない」「何もしたくない」)ので、医師は何かやりたくなくてもやることリストを作ったほうがいい、オフの日に何かアポイントメントを作るといいと提案してくれますが、それ以外の方法として、やる気を起こさせるために抗うつ薬を同時に摂る方法を提案されました。

私は薬はできるだけ必要以上摂りたくないですし、ましてうつの薬など飲みたくないのですが、私の「何もすることがない」「何もしたくない」という症状にうつの薬は効くのでしょうか。また、一度うつの薬を飲んでしまうとやめる時が大変と思います。副作用も心配です。私の統合失調症寄りの症状にうつの薬を使用することへの是非について、是非林先生のご経験からご回答をお願いしたいと思います。

あと、私の何もする気が起きない症状というのはリスペリドンのせいではなくて、サイコシスの症状から来ていると思うので、薬を飲まなくていい8ヶ月後以降もこの症状は続くのではないかと医師は言います。この点についてどう思われますか。林先生のご回答をお待ちしています。

林: 質問者のそもそもの症状が不明です。したがって適切な処方が何であるかはわからないということになります。しかし一応、統合失調症圏の症状であったと仮定して回答します。

「統合失調症圏の症状」とは、統合失調症と、それから、統合失調症の診断基準を厳密には満たさないものの、統合失調症と同等の精神病症状を指します。これらに対しては一般に、抗精神病薬の治療が最善です。この【2732】の質問者のリスパダールという処方は、ですから、適切ということになります。
しかしながら質問者は今、

毎日やりたいことのモチベーションがなくなってしまい、仕事以外他のことをやりたいと思う感情がなくなってしまい、何もすることがないので仕事のオフの日は昼から寝るようになってしまいました。

という状態であり、それに対する

やる気を起こさせるために抗うつ薬を同時に摂る方法を提案されました。

という医師の提案が適切か否か、というのがこの【2732】のご質問です。

回答は、端的には、「どちらともいえない」ということになります。
効くかもしれない。効かないかもしれない。悪化の原因になるかもしれない。
【2732】の質問者がいま抗うつ薬を飲んだ場合、これらすべての可能性があるからです。

精神病症状がおさまった後、この【2732】のケースのように、意欲が低下したり、気持ちが落ち込むという現象は、精神医学では何十年も前から Post-psychotic Depression (精神病後抑うつ)という名でよく知られています。
このような状態になる理由として、大きく分けて
a. 抗精神病薬の副作用
b. 自分が精神病になってしまったという事実に直面したことによる失望感
c. 病気そのものの症状
この三つを考えるのが自然です。
この現象に限らず、精神症状の原因を考える場合、多くの人はまず薬の副作用だと考えます。上のaです。次に考えるのがb、すなわち心理的反応です。病気そのものの症状であるcを考えるのは通常最後です。というより、aかbに違いないと考えるのがむしろ普通です。日常感覚からの自然な考え方はaとbだからです。
けれども真の答えはcであるというのが、実際にはよくあることです。
Post-psychotic Depression (精神病後抑うつ)についても、その要因の大部分はcであることが一般的です。すなわち、統合失調症(または、統合失調症圏の精神病)の陰性症状が、意欲の低下や抑うつとして現れているということです。

これに照らしてこの【2732】のケースを見ますと、

リスペリドンはドーパミンとセロトニンの働きを抑える薬だそうで、そのためか、毎日やりたいことのモチベーションがなくなってしまい、・・・

これは上記aの考え方です。

私の何もする気が起きない症状というのはリスペリドンのせいではなくて、サイコシスの症状から来ていると思うので、

これは上記cの考え方で、可能性が最も高いのはこれです。すなわち、質問者の今の精神状態は、元々の病気そのものの症状(陰性症状)の可能性が最も高いといえます。

そこでご質問の、抗うつ薬を飲むことで効果があるかどうかということになります。
一般的には陰性症状に抗うつ薬は無効です。けれども中にはある程度有効な場合があります。他方、精神病症状を悪化させる場合があるとも言われています。(抗うつ薬の、いわゆるactivation syndrome 賦活症候群 は、うつ病以外の人が抗うつ薬を飲んだ場合に生じやすいといわれています。しかしこれはやや疑わしい説でもあります)

現実には、悪化させるのは非常に稀で、効かないことが最も多く、時には効くことがある、というのが実感です。
ですからこの【2732】のケース、抗うつ薬を飲んでみるという方法は考えていいと思います。

但し、主治医の先生は、

医師は何かやりたくなくてもやることリストを作ったほうがいい、オフの日に何かアポイントメントを作るといいと提案してくれますが、それ以外の方法として、やる気を起こさせるために抗うつ薬を同時に摂る方法を提案されました。

とおっしゃっているわけですから、抗うつ薬を飲む前に、生活の改善を試みるというのが正しい順序ということになるでしょう。これはこのケースに限らず、一般的に勧められる方法でもあります。幻覚や妄想がある場合には、薬による治療を第一とするのが正当かつ当然ですが、陰性症状などに対しては、薬以外の方法から考慮するのが、少なくとも現代では標準的な方法です。

なお、

現在リスペリドン2mgを寝る前に8カ月のむ必要がある者です。

とのこと、この「8カ月」というのは、おそらくこの国の公式または非公式のガイドラインに記されているのだと思われますが、質問者が治療を受けておられる国がどこであるか不明で、また、そもそも質問者のサイコーシス psychosis の症状と経過(持続期間など)が不明ですので、「8カ月」が適切かどうかコメントできません。
ただそれでも言えることは、いかなるガイドラインも、多くの症例の平均値をもとに作成されたものにすぎませんから、一人一人の患者さんに対してそのガイドラインが適切かどうかはそのケースごとに検討する必要があるということです。この【2732】のケースでいえば、8カ月飲む必要があるかどうか、また逆に、8カ月で飲むのをやめていいかどうかは、慎重に判断しなければならないということです。

陰性症状に対する抗うつ薬の可否についてもこれと同じです。一般論としては抗うつ薬は有効ではありません。けれどもそれは平均値にすぎません。効く場合もあります。
したがって、

私の「何もすることがない」「何もしたくない」という症状にうつの薬は効くのでしょうか。

効くかもしれません。これが答えです。

(2014.7.5.)

05. 7月 2014 by Hayashi
カテゴリー: 精神科Q&A, 統合失調症