【4249】精神疾患が疑われる賃貸契約者との付き合い方

Q: 私は30代女性です。 海外からです。
先日、夫が車を売り、購入者と駐車場の賃貸契約もしました。
その相手(40代男性、Aさんとします)に何らかの精神的な問題が認められるように思います。Aさんとの付き合いにおいて今後気を付ける点が分かればとメールをさせていただきます。ご意見をいただけましたら幸いです。

Aさんは夫がネットに出した広告を見て連絡をしてきました。夫と車の状態を確認し、一部錆が認められるため、後日Aさんの知り合いの整備士の所で錆以外の問題がないか点検する約束をしました。

ところが点検当日になってもAさんから待ち合わせ場所の連絡はありませんでした。時間ギリギリになってAさんが直接来て、Aさんの運転で夫とAさんは整備士の所へ行きました。私たちはコロナの感染者が多くロックダウンと接触制限が厳しい国に住んでおり、ほぼ赤の他人と言える人物との同乗は避けたいところでした。しかしAさんから連絡がなかったため、他に方法がありませんでした。

その際、夫は、Aさんはかつて軍隊に勤めていて車に携わる部署にいたため車に詳しいこと、現在は営業職に就いていること、地元の教会の活動に携わっていて、その活動のために車を購入しようと思っていること、車の購入だけでなく駐車場も借りたいこと、などを聞いたと言っています。このとき、夫はAさんはよくしゃべる人だなと思ったそうです。

その日の午後、夫にAさんから車に携帯電話を忘れたので取りに行きたいと連絡がありました。夫は仕事中だったため、午後6時にもう一度来るように伝えました。駐車場は、近所の共同ガレージにあり、鍵がないと入れません。Aさんは鍵を持っていません。しかし夕方ガレージに行くと、車のワイパーにAさんからのメモが置かれており、Aさんの住所と携帯電話を届けてほしい旨が書かれていました。夫が携帯電話を届けると、Aさんは値段の件で話があるから入ってほしい、他の人に聞かれたくないと譲らないため、仕方なくAさん宅で話を聞くことにしました。

入るなりAさんは、勝手にガレージに入ったことを認め、営業職で携帯電話がないのは致命的だから、車の窓を割って携帯電話を取り出そうと思って工具も持って行った、と冗談とも本気とも取れないことを言ったそうです。そして唐突に「あなたが本当は駐車場の所有者でないのは知っている」と切り出してきました。Aさんによれば、他の人たち(共同ガレージに車を駐めている人たちなのか、ガレージの上に建っている集合住宅の住人なのかは不明です)に聞いたがあなたのことを知らないとみんな言う、上の住宅の管理会社に電話をしたらあなたはそこに住んでいないと言われた、IDを見せて身分を今すぐ証明してほしいと言い始めたそうです。夫が身分を証明し、ガレージは上の住宅の管理会社と全く関係ないこと、ガレージ内に複数の駐車場があり、それぞれ所有者と賃貸契約者がいて全員と知り合いでなくても不自然でないことなどを説明すると、Aさんは平身低頭謝ってきました。

この段階で私はAさんとの契約はやめておいた方が無難だと思いました。しかし結局車の売買と駐車場賃貸の話はまとまりました。てっきり教会のために車が必要だと思っていたのですが、交渉中に聞いたところによると、Aさんは彼女に車をプレゼントしたいのだそうです。

夫がAさん宅を訪れた2日後、Aさんが私たちの自宅に支払いと契約書のサインをしに来ました。Aさんが帰り際に私が帰宅し、このとき私はAさんと初めて会いました。一人で大声でしゃべって笑っている極めてにぎやかな人という印象を受けました。夫は「Aさんはやっぱりおかしい。一人でしゃべって笑っているし、自分でも気づいているようだけどものすごく間違いが多い」と言っていました。

また、この日は、Aさんは自分は投資銀行に勤めていて億万長者だと話していたそうで、「営業職、教会の活動」という前の話と食い違う点も見られました。
支払いと契約はしたものの、保険の解約や管轄の役所への届け出がまだだったため、Aさんはまだ運転できない状態でその日は終わりました。Aさん宅は近所なので、彼は大声で一人でしゃべって一人で笑いながら徒歩で帰宅していきました。

その次の日の深夜、夫の携帯電話にAさんから長文の意味不明なメールが何通も届きました。内容は、自分は就労できる状態にないと医者に言われている、今すぐ車が必要でドバイに行く、でも今は深夜だからあなたは寝ているだろう、自分は何らかの支援(何かの番号が書かれていました)を受けている、契約をしたのが自分と同じ人間かどうか分からない、契約書の自分のサインは自分で偽造した、奥さんの声でこれ(具体的に何を指すのか不明です)が始まった、二人とも盗撮(または録音)していたのを知っている、ドバイとのビジネスがある、精神科受診歴(または入院歴)がある、奥さん彼女その他の人たち、挨拶、意味不明な単語の羅列などが何の脈絡も句読点もなく書き連ねられた異常なものでした。これが間髪をおかず10通前後でしょうか、入っていました。

翌日、夫が電話でこのまま進めて大丈夫か、それともキャンセルしたいのか聞くと、Aさんは進めたいと言うため、一言その旨確認のメールが欲しいとお願いしたところ「@YOU SITUATION OK」と不安が残る文面のメールが返ってきました。ちなみに私たちは英語圏に住んでいません。その後の役所への届け出や手続きなどに関するメールには特に異常はなく短いながら事務的なものでした。

夫は、もしかしたらAさんが事故や問題を起こすかもしれないと心配になり、精神疾患の疑いが濃厚と知りながら車を売って大丈夫なのか念のため警察に相談しました。警察の答えは、Aさんに精神疾患が認められたとしても、Aさんには車の購入やガレージの賃貸をする権利があり、販売契約が成立している以上、このまま進めて通常通り所有者変更の届け出と保険解約をするしかない、とのことでした。警察としては、Aさんが実際に問題を起こすまでできることはない、精神疾患がありながら運転している人はたくさんいる、とのことです。

これは私の勝手な推測でしかありませんが、Aさんはおそらく統合失調症か双極性障害か何かで治療を受けていたことはあるが、現在は治療を中断しているのではないかという気がします。または治療中であったとしても、病状をコントロールできていないように思えます。メールの件も異常ですが、実際に無断でガレージに侵入したり、真偽は分かりませんが無関係の人達に夫について尋ねたり、自分が所有してもいない車の窓を割ろうとしたと言っているあたり、何らかの妄想があり、その上行動に移してしまっているため、相当注意が必要な状態であるように思えます。一週間足らずの間の行動がこれなので、何にしろ症状が落ち着いているとは言えない印象を受けます。

とは言え、Aさんが実際にどういう状態であるにしろ、法的に車を購入する権利もガレージを借りる権利もあるのは確かです。自宅も知られているし、Aさんとの契約をなしにして怒らせるのもまずいように思うし、正直なところ動揺していますが賃貸契約を結んだ以上、当面は付き合いが発生します。

そして昨日の夜Aさんとの電話で以下の点が分かりました。

Aさん本人が言うには、Aさんは多重人格であり、そのため精神科の治療を受けていたことがあるそうです。現在も治療中かどうかは詳しく聞かなかったため不明です。

夫は、車を整備士の所に持って行ったときのAさんの運転はしっかりしていたし、よくしゃべりはするものの、Aさんは集中力があり、契約書のサインに来た注意散漫なAさんとは確かに別人のようだったと言っています。また、電話でAさんは多重人格にふれ「今の自分の声の感じなら大丈夫だから」と、異様な内容のメールを送ったことは分かっているものの、今の電話口の自分ならそのようなことはしないという様子だったとそうです。もちろんそれは夫が受けた印象で、Aさん本人に問いただしたわけではありません。ただ、電話口でのAさんは冷静で、大声で一人で笑ってしゃべっているAさんとは確かに違う様子だったそうです。

もちろん多重人格だというのが真実かどうかは分かりません。例えば解離性障害では、人格が入れ替わっている間の記憶がないという方がよくいると聞きます。そのためAさんの複数人の人格がそれぞれ「車を買い、駐車場を借りる」という目的と記憶を共有している模様なのも気にはなります。しかし記憶の共有があり日常生活をある程度普通におくれる方もいるとも聞いています。多重人格であるならば、Aさんの話の内容の齟齬や態度の大幅な変化に説明もつくかと思います。しかしすでに述べたように、本当に多重人格なのかほかの問題なのかは私たちには分かりません。

いずれにせよ、今後当分の間注意しながら様子を見るしかないように思います。おそらく、どの「人格」のAさんと接するにしろ、できる限り公平に同じ態度で接するのがいいのではないかという気がします。昨日のメールで述べました通り、車の購入も駐車場の賃貸もAさんの当然の権利ですので、付き合いができた以上はできる限り良好な関係でいられればと思っています。

林先生は、Aさんについて、どのような病気が考えられるとお考えでしょうか?
また、Aさんとの付き合いができてしまった以上、私たちはどのような点に気を付けるべきでしょうか? Aさんとの付き合いにおいて気を付ける点等あればどうぞご教授いただけますと幸いです。

長くなってしまい恐縮ですが、忌憚なきご意見をいただけますと幸いです。

 

林:
Aさんはおそらく統合失調症か双極性障害か何かで治療を受けていたことはあるが、現在は治療を中断しているのではないかという気がします。または治療中であったとしても、病状をコントロールできていないように思えます。

おそらくその通りでしょう。

Aさん本人が言うには、Aさんは多重人格であり、そのため精神科の治療を受けていたことがあるそうです。

多重人格ではなさそうです。質問者の推定の方が正しいと思います。

林先生は、Aさんについて、どのような病気が考えられるとお考えでしょうか?

統合失調症の可能性が最も高いと思います。少なくとも統合失調症圏の病気でしょう。

それを前提としたうえで、

車の購入も駐車場の賃貸もAさんの当然の権利ですので、付き合いができた以上はできる限り良好な関係でいられればと思っています。

それもまた当然でしょう。

Aさんとの付き合いができてしまった以上、私たちはどのような点に気を付けるべきでしょうか?

Aさんについて、現段階の情報からわかることは、

・統合失調症圏の病気に罹患している。
・現在も精神病症状がある程度ある。
この2つだけということになります。
すると、今後の経過は、
・何の問題もなく経過する
・著しく悪化する
の両極端と、この両極端の間にある様々な段階が考えられます。
つまりこれは、 全く予想できない ということに等しいです。
すると、質問者とAさんには現在の関係がこれからしばらくは続く状況であることに鑑みますと、一応は最悪の経過の可能性も考慮しなければならないと言わざるを得ません。
具体的には次の通りです。

(1) 事実の明確な記録
(2) 限界設定

今後なんらかのトラブルが起きたとき、質問者の側とAさんの側の説明(第三者に対する説明。わかりやすく言えば「言いぶん」ということです)が食い違う可能性は大いにあります。このとき、第三者にとっては、どちらの説明が正しいか判断困難なことがしばしばありますので、そのときに備えて事実の正確な記録と、その記録が事実であることを説得力を持って示す工夫が必要です。

(2)の限界設定とは、「ここまでは許容できるが、ここからは許容できない」という限界を設定することを意味します。
相談された警察官がおっしゃる通り、

Aさんには車の購入やガレージの賃貸をする権利があり、

それは当然のことです。ただし質問者の側にも貸主としての権利があるのもまた当然で、その権利を侵害されることが受け入れられないことは、相手の方が病気であってもなくても当然です。このとき、ある程度までは相手の方の病気について勘案すべきですが、それには限度がありますから、その限度を決め、それを超えることまで容認すべきではありません。これが限界設定ということの意味です。

このこと(限界設定)は、精神病を罹患している人々とともに生活していくとき、この【4249】のケースに限らずほぼ常に言えることです。「相手の人は精神病なのだから我慢してください」と求めるのは、ある程度までは正しいことですが、「我慢」といっても誰にでも限度というものがあります。その限度を超えて忍耐を求めることは、結局は、「そんな我慢を強いられるくらいなら、精神病の人とのつきあいは一切拒否する」という姿勢に繋がることになりかねず、結果としては精神病の人を排除することになるものです。

(2021.3.5.)

05. 3月 2021 by Hayashi
カテゴリー: 精神科Q&A, 統合失調症