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過敏なセンサー・・・パニック障害の誤警報仮説


何かの間違いで、火事でもないのに火災報知機のベルが鳴ることがあります。完全な故障や、誰かが間違いやイタズラで押したということもありますが、多くはセンサーに原因があるようです。火災報知機のセンサーは煙や温度を感知しますが、そのセンサーが過敏すぎて、ちょっとしたことで煙が出ているとみなされて警報が鳴ってしまうのです。人騒がせな話ですが、逆に鈍感すぎると手遅れになってしまうので、ある程度は仕方ないのかもしれません。ただし、あまりに度々鳴るようだと修理してもらわないといけませんが。

ところで、人間の身体にも火災報知機と同じような機能がついています。もちろん人間に火災が起きることは普通はありませんが、生きていくうちには色々な危険に遭うので、それを早く感知する必要があるからです。危険に直面したら、逃げるか戦うかしなければなりません。ですから、危険を察知すると、ちょうど火災報知機のベルが鳴るように、身体に色々な警告の反応が起こります。心臓が早く打ち、呼吸が荒くなり、何とかしなくては、というせっぱつまった気持ちになったりするのがそれです。危険を意識した時にそういう反応が起こるのはもちろんですが、本当に命にかかわる危険の時には、意識する前に反応する必要がありますので、そういう危険を早く察知するためのセンサーが身体には備わっています。そのひとつが窒息の危険を避けるための、二酸化炭素のセンサーです。窒息というのは酸素が足りず、二酸化炭素が多すぎる状態ですから、そういう状態になったらいち早く反応するわけです。

人間のセンサーも、火災報知機のセンサーと同じように、過敏すぎることがあります。つまりごくわずかな危険に対して過剰に反応してしまう場合があります。パニック障害の原因がこれだという説があります。パニック障害の人は、二酸化炭素に対するセンサーが過敏すぎるという説です。「窒息誤警報仮説」といいます。実際には何でもないのに、窒息するのではないかと身体が過剰に反応してしまうのが、パニック発作の本質であるというものです。そういわれてみると、パニック発作は、窒息しそうになった時の症状に似ています。診察室にも書いてあるパニック障害の症状を見てみましょう。

心臓がドキドキする

汗が出る

からだのふるえ

息苦しさ、または息が切れる感じ

窒息するような感じ

胸痛または胸が苦しい感じ

吐き気またはお腹が苦しい感じ

めまいやふらつき

まわりが現実でない感じ、または自分が自分でない感じ

気が狂ってしまうことへの恐怖

死ぬことへの恐怖

感覚神経がマヒする感じ

冷感または熱感

チェックが4項目以上につくと、パニック障害の必要条件を満たすことになるのですが、詳しくは診察室をご覧ください。いずれにせよ、ここにあげた項目は、パニック発作でよく見られる症状です。

たとえば水に溺れそうになった時などのことを思い出してみると、パニック発作の症状に似たところがあるのがおわかりになると思います。窒息というのは直接命にかかわる危険な状態ですから、酸素を少しでも多く取り入れようとして、呼吸が早くなります。身体のすみずみまで十分な血液を送ろうとして、心臓が早く打ちます。死んでしまうのではないかと不安な気持ちに襲われるのはもちろんのことです。こうした反応は、パニック発作に非常によく似ています。

症状が似ているというだけでは何とも言えませんが、実証データもあります。すなわち、パニック障害の人は、ちょっとした二酸化炭素の変化に過敏に反応しやすいのです。二酸化炭素がとても多くなれば、誰でも窒息の危険を感じ、パニックになるものですが、パニック障害の人は普通の人に比べて、ちょっとした二酸化炭素の変化に敏感に反応してパニック発作を起こしやすいことが示されています。つまり、パニック障害の人は、身体にそなわった二酸化炭素のセンサーが過敏になっていると言えるでしょう。

普通はセンサーの検査というものは出来ません。パニック障害で強い発作を経験した人は、必ず身体に何か異常があるはずだと考えていろいろ検査を受けることがよくありますが、普通の検査では何も異常は見つかりません。火災報知機のセンサーが過敏すぎる場合に、いくら火の元を探しても何も見つからないのと同じです。火災報知機が間違って鳴った時も、パニック発作も、どちらも一瞬びっくりさせられますが、実際には危険がないということも共通しています。

違うところは、人間には心があるということです。

人間は機械ではありませんから、センサーが過敏な場合、またそれによって発作という怖く苦しい体験をした場合、心の反応が加わってきます。そのひとつは、また発作が起こるのではないかという不安で、これを予期不安といいます。また、発作が起こった場所を避けようとするのも自然な心の反応です。こうしたことのために、パニック障害の人は、発作がなくても絶えず不安に襲われていたり、外に出られない、電車に乗れないなどの症状で悩んでいることが多いものです。

では治すにはどうしたらいいでしょうか。

火災報知機のセンサーが過敏な場合は、修理しなければいつまでも過敏なままです。人間のセンサーも修理しなければいけないかというと、そうとは言い切れません。機械にはない、人間の心の働きを利用するのです。心があるために、かえって不安が出てくるといま言ったばかりですが、そういう心の働きを逆用することで治療することができます。つまり、パニック発作が、単にセンサーの過敏による誤作動にすぎないということを理解すれば、それだけでかなり安心でき、結果として発作が起こりにくくなることはよくあることです。

ただし残念ながらそれだけでは不十分なことも多いので、薬も使うのが普通です。鳴ってしまった火災報知機をその場で止めるのが抗不安薬、火災報知機そのものを修理・調整するのが抗うつ薬と考えて大体は間違いないと思います。

最後のまとめです。

火災報知機が何かの間違いで鳴った時、びっくりさせられますが実質的な危険は全くありません。パニック発作もそれと同じで、発作そのものがいくら激しくても実質的な危険はありません。それを理解することが治療への第一歩であり、ある意味ではゴールでもあります。

 


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