【4348】精神的に不安定な留学生に受診をすすめたいです
Q: 私は31歳女性です。
留学生(外国籍、女性、20代後半)の精神状態が不安定なようで、受診が必要かどうか、どのように接すればよいかわからず困っています。彼女は英語はある程度できますが、日本語はほんの日常会話くらいしかできません。
この留学生は私が学生時代の研究室の後輩にあたります。彼女は現在博士課程に所属しており、なかなか博士号取得できないことに焦りと不安があるようです。
私は同じ研究室で学位をとったことから、研究室を離れてもよくメールで相談を受けていました。2、3年ほど前から、彼女が「指導教官から不当な扱いをうけており、適切な指導がなされないし学会発表もさせてもらえない」という相談を受けていました。「指導教官と二人でミーティングしているときに、泣いてそのまま退室して帰ってしまったことがある」という話もあり、本当ならハラスメントに当たるのではないかと考えていました。1年ぶりに会ったとき彼女は信じられないほど痩せており、海外で一人で暮らす寂しさや文化の違いへのストレスなど、相当疲弊しているようでした。
しかし、彼女と日常的に接している他の学生から話を聞くと、事情が違うようです。研究について他の学生がこの留学生にアドバイスをすると、「自分に歯向かった敵」 のように罵られたり、一方的に連絡が途絶えたりするそうです。誰に対してもそのような態度をするので、研究室の中で孤立していると聞きました。指導教官以外にも、別の教授から研究に対して指摘されたときに、大変失礼なことを言ったこともあるようです。しかし、その隣の研究室の教授が彼女に指摘したことは、かなり筋が通っていて参考にすべき内容なのです。また、仮に見当違いの意見だとしても、教授に言うべきではない、不適切なことを言ったそうです。私が研究室を離れた直後からこのような言動が増えたようで、その前はポジティブでやる気のある学生でした。
最近頻繁に彼女からメールが来て、「指導教官からの不当な扱い」を何度も訴えられます。ある部分については事実なのでしょうが、周囲の話を考慮するに、普通の指導を不当だと一方的に言っているようです。学会発表がさせてもらえないというのも、実際は研究内容のクオリティが低く、発表に値しないと判断されただけのようでした。私から見ても、彼女の研究内容は学位取得に十分ではないと思います。彼女の被害妄想のような連絡に疲れてしまい、「自分の問題にも気づいてほしい、そうでなければ学位は取得できないと思う」と伝えたこともありますが、そのような一言で変わることはありません。
気持ちの上下が激しく「退学する」という日もあれば「私はすごい研究をやっている」という日もあります。ある人は彼女がトイレで大声で叫んでいたのを目撃したそうです。単語ではなく奇声だったようです。
私は、彼女は医療機関にかかるか本国に一度帰るべきではないかと思っています。しかし帰国や退学は、彼女自身口には出すもののプライドが許さないようで、行動にうつしていません。大学のカウンセリングルームに行くようすすめたところ、一度は行ってみたようですが「カウンセラーは自分の指導教官に対して何のコミットもしてくれない」といい、彼女自身の状態が不安定だという自覚がないようです。彼女は日本語よりも英語のほうが得意ですが、医療用語は聞き取れないためか、病院に行くことを頑なに拒みます。日本語が不得意な留学生で、家族が遠方にいる場合、どのように受診をすすめたらいいのでしょうか。もしくは、精神科への受診はあまり意味がないのでしょうか。
林: 英語での診療を行っている医療機関はいくつもありますので、事前にお調べになったうえで、そうした医療機関の受診をお勧めするのがよいでしょう。
この留学生は統合失調症の可能性が高いです。いじめやハラスメントの訴えは、もちろんそれらが事実であることも多々ありますが、他方、被害妄想であることもあります。統合失調症という病気の有病率の高さからみれば、そして統合失調症の症状として被害妄想は最も典型的なものの一つであることからみれば、いじめやハラスメントの訴えの中には一定数の統合失調症の方が含まれていることは誰もが事実として認識している必要があります。この認識がないと訴えを鵜呑みにして、いわれのない批判を罪のない人に向けてしまうおそれがあります。この【4348】のケースでは、指導教官以外に対しても被害妄想的であったり、発言が不適切だったり、奇声をあげるなどのことがありますので、病的であるという判断は比較的しやすいですが、ケースによっては特定の人にほぼ限定した被害妄想の場合もあり(または、他にも症状があってもそれには気づかれず、「いじめられた」「ハラスメントを受けた」という訴えだけが前面に出ている場合もあり)、そうなると判断は容易ではありません。
いずれにせよ、被害妄想に基づいて批判を受けた側の人からすれば全く不本意なことであり、しかし現代ではいじめやハラスメントについてはあまり事実が確認されないまま被害者(実際には被害者ではなく、自分は被害者であると称する当事者)に同情が向けられることがしばしばあるので、事実はうやむやのままに、当事者が敬遠される扱いを受けるということになりがちです。この留学生はすでに「研究室の中で孤立している」とのこと、このままではさらに孤立していき、せっかくの留学の機会を生かせないままに帰国するという状況に陥るでしょう。それを避けるためにも精神科を受診し治療を受けていただく方向にぜひ進めてください。
(2021.7.5.)