【3907】幼児期から性的虐待を受けた女性は婦人科系の病気になりやすいですか

Q: 30代女性です。
20代半ばに婦人科系の病気になりました。卵巣嚢腫でした。主治医から家族の病歴を聞かれましたが、婦人系の病気になった人は誰もいないと母から言われました。病気は完治しましたが、ずっと気になっていました。

私は父から性的虐待を幼児期から中学に上がる頃まで受けていました。始まりは本当に小さい頃からでした。怖い思いはなく、きっとPTSDの図書室に紹介されている「近親姦とは幼少時においては快感であることがしばしばある」に近いと思います。挿入はされていませんが、直接触れたり、愛撫されたり、それに、処女膜はなくされたと思います。物心ついてからは、自分を嫌悪、後悔し、軽い自傷を繰り返ししました。だれにも秘密にしていました。生きづらいと感じたりはしていましたが、カウンセリングや通院したことはありません。薬物やアルコール、セックス等、そういった依存症もないです。

主治医から卵巣嚢腫の原因は不明だけど、ホルモンバランスが影響している等聞きました。幼児期から性的虐待を受け、その上快感を感じていたのが原因ではないだろうか、またその後悔や嫌悪感が婦人系の臓器に悪影響を与えたのではないか、と考えていますが、林先生はどう思いますか?

幼児期から性的虐待を受けた女性は婦人科系の病気になりやすいのでしょうか?
私にとっては性的虐待の過去と婦人科系の病気が繋がっているとしか思えないのです。

 

林:
幼児期から性的虐待を受けた女性は婦人科系の病気になりやすい

医学界にもそのような仮説はあり、検証を試みた研究はいくつも存在します。たとえば2016年に、「性的虐待・身体的虐待と婦人科系疾患 Sexual and physical abuse and gynecologic disorders」という論文が発表されています。 (Schliep KC et al: Human Reproduction 31 (8): 1904-1912  Aug 2016)
約500人の女性を対象に調査したこの研究では、この【3907】の質問者の仮説「幼児期から性的虐待を受けた女性は婦人科系の病気になりやすい」は証明されませんでした。ただし、虐待についてのほぼすべての研究と同様に、過去の虐待歴について聴取するという方法論には限界があり(「虐待を受けていた」と本人が言っても、それが事実かどうかの確認はきわめて困難です。偽記憶や、さらには虚言の可能性も慎重に検討する必要があります。また逆に「虐待を受けたことはない」と本人が言っても、それは解離性健忘で記憶にないだけで、実際は激しい虐待を受けていた可能性もあります)、「関係は証明されなかった」ことと、「関係がないと証明された」ことには大きな隔たりがありますから、この論文の結果は、「幼児期からの性的虐待と婦人科系の病気の関係は不明」と読むのが正しいと言えます。

また、2018年には、幼少期に性的虐待を受けたケースが一例報告として「悲鳴をあげる体と、医療者の沈黙: 小児期の性的被虐待者の一例報告 Screaming body and silent healthcare proiders: A case study with a childhood sexual abuse survivor」というタイトルの論文として発表されています。(Sigurdardottir S and Halldorsdottir S : Int J Environ Res Public Health 2018 Jan 8: 15  doi: 10.3390/ijerph15010094)

このようなケース、そしてこの【3907】のようなケースが存在することは確かですが、「そういう実例が存在する」というだけでは一般化することはできず、「幼児期に性的虐待を受けた女性は婦人科系疾患になりやすい」と結論するためには、「幼児期に性的虐待を受けた」ことと「婦人科系疾患の罹患」に統計的に相関があることを示すことが必要ですが、それを示す研究を行うことはかなり困難で、信頼できる結果を出すのは不可能に近いです。(上記の通り、幼児期に性的虐待を受けたことを証明することがきわめて難しいというのが主たる理由です。また、相関を立証するためには性的虐待の定義も重大な問題です。そして仮に定義できたとしても、軽度の性的虐待と重度の性的虐待を、その後の病気の発症とどう関係づけるかが問題で、また、過去における性的虐待が軽度だったか重度だったかを正確に証明することもきわめて困難です)

それでも、多数の臨床例があることから、性的虐待あるいは身体的虐待が、免疫系の不調を引き起こし、病気になりやすい体質が形成された、とまではおそらく言えると思います。けれどもそこから先はまだまだ推定の域を出ない段階です。性的虐待を受けた人がなりやすい病気として、特に婦人科系の病気が多いかどうかは不明とするのが正しいでしょう。

幼児期から性的虐待を受け、その上快感を感じていたのが原因ではないだろうか、またその後悔や嫌悪感が婦人系の臓器に悪影響を与えたのではないか、と考えています

という質問者の仮説は、考えられるメカニズムではありますが、今は「考えられる」というレベルにとどまっており、将来的にも証明はかなり困難だと思います。

(2019.11.5.)

05. 11月 2019 by Hayashi
カテゴリー: 性に関する問題, 精神科Q&A, 虐待