ワシントン海軍施設での乱射事件
2013年9月16日の朝、アメリカのワシントンDCの海軍施設で銃の乱射事件があり、12人が死亡した。犯人もその場で警官に射殺されている。
当時(といっても2週間前だが)の記事は、アメリカでのこの種の事件の常の通り、銃の規制の是非についての議論に終始しているという印象だった。
だがそれから10日後には、犯人のアーロン・アレクシス(34歳男性)が「電磁波に操られているとの妄想にとらわれていた」と報じられた(2013年9月26日 読売新聞 東京版夕刊)。9月25日のFBIの正式発表を受けての報道である。
この報道だけからも、アレクシスは、統合失調症(または妄想性障害)であった可能性が高いと推定できるが、ワシントンポストには、彼の精神状態についてのより詳しい記述がある。
Navy Yard shooter Aaron Alexis driven by delusionsという記事である。
日本の新聞で「電磁波」と訳されている原語は、low-frequency radio waves である。彼はこの電磁波に、少なくともここ3ヵ月は苦しめられていると確信していた。犯行に使った銃には、「End the torment! (この苦しみを終わらせろ)」という彼が刻んだ文字があったという。「この犯行は電磁波が俺にやらせたものだ」という彼の書いた文章も発見されている。(記事には his electronic devices の中にあった、とある。記事の他の部分にはUSBやdiskが見つかったと書かれているので、これらの中にあったのであろう)
そのほかの症状や病歴も紹介されていて、それを見るとこれまでに何度も精神科の治療を始めるチャンスがあったのではないかと思わせる。そうすれば、今回の事件は防げたはずである。
9月25日のワシントンポストには論評も出ている。
Navy Yard shooting underscores how mental illness can be misdiagnosed among black menと題されたこの論評は、タイトルの通り、黒人では、精神疾患の誤診が多い(記事の内容としては、精神疾患があってもなかなか確定診断されない、という趣旨)ことを、この乱射事件の教訓とすべきであるという内容である。ここにはアメリカの人種問題、銃規制問題、そして精神疾患の診断されにくさの問題が錯綜した形で書かれているが、これらのうち、精神疾患の診断されにくさは、日本でも共通する問題である。
適切な治療を受ければ、軽快率は決して低くない統合失調症という病気が、診断されないままに、または治療されないままに放置されたり、あるいはいったん治療が始まってもそれが中断されたりすれば、経過は悪いものになる。その最悪の帰結の一つが犯罪である。このような「最悪の帰結」は稀であるが、ゼロでない以上、そしてもたらす結果が悲惨なものである以上、無視するわけにはいかない。
電磁波(または、それに類するもの)であやつられている。被害を受けている。そういう妄想は統合失調症では多い。その大部分は病識が乏しい。そしてたとえば【1141】のように、攻撃的になることもある。今月ワシントンDCで起きた乱射事件は、このような攻撃性が最悪の形で顕在化したものといえよう。
今月の精神科Q&Aの【2443】も、統合失調症が治療を受けないままに悪化し、刑事事件となったケースである。幸い、この日本の事件では人命は失われなかった。【2443】のケースが今後、適切な診断と治療を受け、二度とあのような事件が発生しないことを願いたい。