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■ ウィルスと被害妄想

 

私の知人が最近、ウィルスの被害にあった。

彼の話によると、会社の友人からのメールに、「fun」というタイトルのファイルが何気なく添付されており、開いてみたところウィルスだったのだという。これまで自分がウィルスの被害にあうとは思ってみたこともなかった彼のパソコンは、ハードが破壊されてしまい、さんざんな目にあったのだという。

機械のダメージだけではない。心の傷も深かった。

「まさか知っている人からウィルスが送られてくるとは思ってもみませんでした」

と、悲しみとも憤慨ともつかない表情で彼は言う。

コンピューターウィルスの知識がある方はすぐ思い当たることだろう。このウィルスは、いったん感染すると、アドレス帳にある人全員に同じウィルスを送ることによって増殖するタイプの、実に迷惑な種類のものだったのである。だからもちろん、この知人に送った人自身も被害者で、悪意は全くなかったのである。その人のアドレス帳の友人全員に送ってしまったわけで、したがって同じ会社の同僚が何人も被害にあってしまったということである。

ところで、この知人は私にさらにこう言っていた。

「ウィルスだとわかった時にまず思ったのは、その人が私に嫌がらせをするためにウィルスを送ったのではないかということです」

その人とは特に仲が悪いわけでもないのだが、何か自分の気づかないようなことで恨みを買っていて、そのし返しをされたと思ったというのである。一瞬そう思いたくなる気持ちもよくわかる。しかしこの知人の場合、さらに続きがあった。会社のほかの同僚も同じ被害を受けたと聞いた時も、これは本当は自分だけをターゲットにした嫌がらせで、カモフラージュのためにほかの人にも送ったと考えたのである。

「僕はそう思うんですけど、先生はどう思われますか」

という質問が、彼の話の結びである。

 

実はこの人は、私が3週間に1回診ている統合失調症(精神分裂病)の患者さんである。数年前に発症し、当時は激しい幻聴と被害妄想に悩まされていたが、今では症状はほとんどゼロになり、会社でもごく普通に働いている。ただし薬は飲み続けている。

さて、ウィルスの被害に対する彼の反応、つまり嫌がらせを受けたという彼の解釈をどう考えるべきだろうか。

考えすぎ? 曲解? 猜疑心が強すぎる? 勘ぐり? それとも被害妄想?

この話だけからは、どれかは誰にもわかない。精神科医にだってこれだけでわかるはずもない。

ただし、この人の今までの症状の経過から考えると、再発して被害妄想が出かかっている可能性が高いと判断することになる。もちろん病気でも何でもなくても、ちらっとこういうふうに考えることはあるだろう。このくらいで被害妄想と診断されてはたまらないと思う人もいるかもしれない。

けれども、どんな病気でも、「まだこのくらいで」という時が治療のチャンスなのである。そのタイミングを逸すると、患者さんに余計な苦しみを与えることになりかねない。特に精神分裂病は、症状が悪くなると自分が病気であるということがわからなくなってくることが多いので、なおさら治療は難しくなる。この人の場合なら、ウィルスを送った知人に仕返しを考えるようになるかもしれない。それどころか、妄想の対象がもっと広がっていく可能性も否定できない。そうなったら入院せざるを得なくなるかもしれない。だから、再発の徴候があったら、早目に手を打つ必要があるのだ。

ところで、もしこれが再発だとしたら、治療する前に再発の原因を考えなければならない。

大切なパソコンのハードが壊れたことによるショック?

親しい友人からウィルスが送られたことによるショック?

そういうストレスが原因ということはもちろん考えられる。しかし、統合失調症(精神分裂病)の再発の原因で一番多いのは、薬を飲むのをやめてしまうことなのである。しかもそれは後になってわかることが残念ながら多い。ストレスが原因だと思っていると、後になって、実は薬を飲んでいなかったとわかることが多いのである。

この人にも私は最近薬を飲んでいるかどうか聞いてみた。きちんと飲んでいるという答えだった。それを疑うのが正しいか、信じるのが正しいか。

統計的には、あるいは医療を純粋な科学と考えれば、疑うのが正しいのであろう。単純に信じて病気を悪化させては間の抜けた医療ということになるのかもしれない。

しかし、もし言葉通りきちんと飲んでいたら?

患者さんにとっては、主治医に疑われるということは、小さくない心の傷になるであろう。それを考えると、少なくとも今の段階では信じるのが正しいということになるのかもしれない。

どうするべきか。

結局、私のしたのは、それまでの3週間に1回の通院から、毎週通院するように受診間隔を短くしたことである。悪化していくのかどうか、よく見極めるためである。精神分裂病の人が良くなると、自分の妄想について、「あれは考えすぎでしたね」と言うことが多い。この人にもそれを期待したいところだが、悪化していくようなら、いろいろ理屈を言うよりもとにかく薬を強くすることが間違いなく本人のためである。心の傷は言葉で何とかしたいところだが、それは妄想が出ている時には大体失敗する。むしろ妄想を悪化させてしまうことが多い。それを見極めるため、週1回の診察にしたのである。週1回という頻度がいいかどうかは、カンの領域であると言うしかない。

 


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