精神科Q&A

【1962】自分勝手で被害者意識が強い部下を産業医はうつ病と診断したが・・・


Q: 私は32歳の女性です。私の部下にあたる31歳女性について、是非専門家のご意見を伺いたく質問致します。 現在、私を含め5名のチームでお客様対応の職務にあたっており、私は現場責任者です。このままでは他メンバーに離職者が出てしまったり、業務上運用が困難になることが予測されるので、なんとか対応策をと考えております。 その部下についてまとめます。

1.被害者意識が非常に強い
2.機嫌がいい悪いの波が定期的にあり、機嫌が悪いときは異常なほど攻撃的になる
3.自分勝手な行動が多く、指示を守らない。
4.自分のことは棚上げし、他人の欠点を探している。 

具体例を挙げればきりがないのですが、一部を挙げます。1については、他メンバーは仕事をしておらず自分ばかりが負担していると訴える、隠れて私の悪口を言っていた、睨まれたと訴える。おかげで私はうつ病になりそうだと訴えるなど。実際は全く逆なのですが。客観的にみて彼女は一番仕事ができません。というのも3に挙げたように自分勝手で、研修や業務指示を途中放棄するためです。注意すると小学生の様な反論をします。そしてお客様に対しても攻撃的になってしまうため、任せられる仕事が限定されています。他メンバーが私をというのも逆で、攻撃的な彼女に周りがびくびくして一挙手一投足を見守っている感じです。
何度か面談をしたり、2人で飲みに行き、理論的にそれは違うよねということを話しましたが「私がバカをみればいいということですね」と逆切れされたり、彼女の語る事実がコロコロ変わります。でも彼女の中では嘘を言っているという意識ではなく事実だと思っているように感じます。飲みに行った際、私がほとんど支払いし、気遣いから会計を隠して、じゃあ3000円だけ頂戴と言った次の日、お話がありますと呼び出され「私に多く払わそうとして会計を見せなかったのではないか? 多く払った分返してほしい」と強く言われたこともありました。本気でそう思っていたようです。気分的な波については、攻撃的な日は物の置き方・ドアの閉め方がひどい、返答が喧嘩腰、目があうと睨むなどがあり、かといったらとても暗く一日中辛そうな顔をする日もありました。大体3週間ごとに動きがあり、いたって普通の日もあります。一生懸命に仕事をする日ももちろんあります。何か気に食わないことがあって我慢できないので意識的に攻撃的になっていると面談時に言っていました。

このままではまずいと考え産業医に来てもらい面談してもらったところ「攻撃的なうつ病」と言われ業務は大丈夫であろうとのこと。私はこの意見に疑念を抱いています。精神科の専門医ではなかったことと、うつ病とは違うのではないかと感じたためです。何かしらの病気ではないかとは考えていたのですが。尚、現在通院はしていないようです。

そこで質問です。彼女は精神疾患を患っているのでしょうか。その場合病名は何が考えられますか。それとも性格上の問題なのでしょうか。 彼女に対しての対応策がそれによって全く変わってきますが、私には確信が持てません。産業医に提言し、専門医への紹介状を貰うべきなのか。病気であれば、このまま注意を続けることは病気の悪化に繋がらないかなどです。 チーム結成され1年なので、それ以前の彼女については知りませんが、ここ半年は上記のような状態です。1年前も彼女には現在のような傾向はありました。それ以前にいた部署では人間関係が原因で3ヶ月で異動となっています。この時もいじめにあっているとの訴えがあり異動となりました。 長文、乱文で失礼しました。ご回答頂ければ幸いです。


林: この女性はうつ病ではありません。そう判断できる理由は、擬態うつ病の同じようなケースや、うつ病 患者・家族を支えた実例集それは「うつ病」ではありません! などをご参照いただくとして、この【1962】の回答では、

産業医に来てもらい面談してもらったところ「攻撃的なうつ病」と言われ業務は大丈夫であろうとのこと。

このような判断をめぐる点について少々解説してみたいと思います。

結論を先に申し上げますと、この医師は産業医としての責務をはたしていないと思います。
 今回の更新の【1960】などもそうですが、医師が「うつ病」と診断名をつけ、その結果、周囲の人は対応に困窮している、本人にも長い目で見れば不利益が多い、そのような状況を招く、いわば「うつ病という診断名のつけ捨て」という状況が、現代社会、特に職場を中心とする環境にしばしば発生しています。この【1962】の産業医の先生をその代表として批判する意図は全くありませんが、この機会にこのような問題について少々解説したいと思います。

まず事実を整理しますと、この【1962】では、この31歳女性のために業務に支障が出ていることは確かです。そして、このままでは

このままでは他メンバーに離職者が出てしまったり、業務上運用が困難になることが予測される

ということまでが危惧されています。つまり、早急に何らかの方策を講じなければならない状況だということです。
 そして、この女性に関する質問者のまとめのうち、

3.自分勝手な行動が多く、指示を守らない。
4.自分のことは棚上げし、他人の欠点を探している。


少なくともこの2点に関しては、職業人として明らかに不適切な行動であり、上司から注意がなされるのは当たり前で、それでも聞き入れられなければ叱責の対象になるのが当然です。
 この女性の上司にあたる質問者は、上司として当然の責務として、しかし部下を傷つけないように慎重に、注意を試みていますが、メールに描写されている通り、この女性の反応は不条理なものと言わざるを得ません。
 それに対し、また、その後の言動に対し、上司として怒鳴りつけるという対応も考えられましたが、質問者は産業医の面接をセッティングしておられます。適切な対応だったと言えるでしょう。(但し、「怒鳴りつける」という対応が本当に悪いかどうかは何とも言えません。そのほうが本当は本人のためになるという考え方もあるところです。けれども現代の風潮としては、怒鳴りつけるというのは不適切とみなされることが多いので、産業医に診ていただくという慎重な姿勢が推奨されます。ただし【0200】もご参照ください)

そしてその産業医の診立ては

「攻撃的なうつ病」と言われ業務は大丈夫であろう

とのこと、それに対する質問者の所感、

私はこの意見に疑念を抱いています。

それは当然といえるでしょう。
なぜなら、職場という現場においては、明らかに「業務は大丈夫ではない」からです。

ここからが、本回答の中心部分の、「この医師は産業医としての責務をはたしていない」という点への言及になります。

第一に、この産業医の見解、「業務は大丈夫」は、現実の状況に照らして見れば明らかに誤りです。したがって、まずそのことを認識する必要があります。

第二に、そのことを認識したならば、そして、この女性を「うつ病」と診断するのであれば、「業務が大丈夫」になるためには医学的な治療が必要ということになります。であれば、産業医として、治療を開始させる責務があるはずです。
(産業医自身が治療にあたることはしないのが普通です。治療者と評価者を兼ねることは、倫理的なジレンマに陥るからです)

一方、当の女性は、

現在通院はしていない

とのこと、もしうつ病という病気のために業務に支障が出ているのであれば、治療を受けることは彼女の義務であるはずです。(病気であれば、休務する、ないしは業務を軽減されることは本人の権利といえます。けれども、その際には、治療を受けて通常勤務可能に向けて努力することは本人の義務といえます)

以上を単純にまとめると、この産業医はこの女性を、

うつ病であると診断した
しかし
治療によって改善させようとしていない

という、矛盾した行動をとっているといえます。

不調に陥った人を、うつ病と診断し(うつ病でなくても、とにかく何らかの病気と診断し)、いたわるようアドバイスすれば、医師の行為として批判されることは決してありません。むしろ感謝や尊敬を得られることのほうが多いでしょう。けれども、その後の適切なフォローアップをしなければ、この回答の最初のほうにお書きしたとおり、それは「診断名のつけ捨て」による、責任放棄です。医師からこのような対応をされると、本人に直接接している方々には、

病気であれば、このまま注意を続けることは病気の悪化に繋がらないか

という不安だけが残り、何もできなくなってしまいます。
残念ながら現代では、そのような状況が数多く発生しているという現状があります。この【1962】はその典型的なケースの一つといえるでしょう。

(2011.3.5.)


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