精神科Q&A
【1900】某大手新聞社の掲示板から精神病関連の投稿がカットされるようになった
Q: 40代女性です。【1780】某大手新聞社の掲示板がうつ病への偏見・誤解を助長しているについて、質問させてください。
この【1780】が林先生の精神科Q&Aにアップされて以降、該当の掲示板では、精神科への受診を勧める書き込みや、精神病(おそらく統合失調症か妄想性障害)らしい人の描写の書き込みが、編集部によりカットされ、ほとんど掲載されないようになっています。 例えば「隣人に嫌がらせされている」という相談文に書かれている具体的内容がかなりありえないものでも、以前あったような「医者に相談したら」という回答は採用されず、「犯人がわかってよかったですね」「相談主の毅然とした態度に拍手」などという回答ばかりが掲載されます。「同僚Aは、私の世話をするのにふさわしいからつきまとったのに、近づかないでくれと言う。どう説得すればいいか」という相談にも、「カウンセリングを受けたら」という回答はゼロになり、「そのマイペースな性格は好きですよ。自分の信じるままに行動してください」という回答は掲載されます。
また、これは印象ですが、「嫌がらせを受けている」といった主張をする人間から逆に深刻な被害にあったことがあり、実は精神を病んでいた人だったらしいという生々しい体験談の回答も、以前はあったはずなのにまったく見かけなくなりました。
それから、少し傾向が違いますが、この掲示板では「毒親(毒になる親)」というテーマも人気ですが、こちらに寄せられた回答でも、親に何らかの妄想があり子どもを責め続けたり、意味不明な理由で日常的に暴力をふるっていたりというケースは、掲載数が激減しました。相対的に、勉強しろと言われ続けたとか、過去数回ほどきつい言葉をかけられたという書き込みの割合が上がり、「毒親、毒親と言う人は皆、大げさに悲劇の主人公を気取っているだけ」という認識が定着しつつあります。
私自身は【1780】の林先生の回答内容に全面的に賛成です。疲れやすいといった程度の相談に対しても「うつ病ではないか」という意見が大量に寄せられていた時期には、実際にその掲示板自体で「うつの人は皆怠けているだけ」といった偏見に満ちた意見が急激に増えました。そして今でもそのような偏見が相変わらず大量に掲載されています。ですから、素人判断による「あなたはうつ病ですから、今すぐ心療内科かカウンセリングを受けてください」という回答が掲載されなくなったのは、理解できます。
ただ、うつ病の場合と違い、この質問者はこの掲示板であおられたら、本当に隣人や同僚に迷惑行為をするのではないかと疑われるような状況で、「とりあえず落ち着いて、医者にかかってはどうか」という書き込みが掲載されないという状況は、行き過ぎだと思えます。もちろん、そういう質問者がネットで受診を助言されたからといって、素直に従うことはまず無いとは思います。ただ、そのような助言が削除された結果、あおる回答ばかりが多くなったことに質問者は気づきませんので、「皆さん、応援ありがとう」とさらにエスカレートしてしまうことがあり、問題だと感じています。
書き込みの掲載判断自体はその掲示板の編集部の方針であり、林先生のQ&Aでどのような記事が掲載されても、直接の関係はありません。編集方針の変更についても、【1780】が掲載されたのが直接の理由とは言い切れません。例えば書籍化のために、判りやすい内容の回答以外は掲載しないことに決めたなど、いくらでも解釈は可能です。
ただ、専門家のお立場から見て、ネット掲示板の相談で、放置しておくと迷惑行為をしかねない質問者に対してでも、素人判断の「医者に相談したら」という助言は掲載しないのが適切かどうか、お考えをお聞かせいただければ幸いです。
また、ひとつのテーマについて、どうやら精神面で常軌を逸している人の行動の被害にあった体験談は掲載せず、ごく日常的な人間関係のトラブルのみを大量に掲載するというのは、【1780】で問題になった偏見の助長を、かえって悪化させているのではないかと思うのですが、こちらについてもお考えを伺えればうれしいです。 長文になりまして、申し訳ありません。よろしくお願いいたします。
林: 精神科Q&Aの基本方針にしたがって、この質問内容が事実であると仮定して回答します。回答はまず、1. うつ病にかかわる点 と 2. 統合失調症にかかわる点 に分けることから始めることにします。(この【1900】の内容からすれば、「精神病(統合失調症か妄想性障害)にかかわる点」とすべきですが、記載が煩雑になるので便宜上「統合失調症」としました)
1. うつ病にかかわる点
疲れやすいといった程度の相談に対しても「うつ病ではないか」という回答が大量に寄せられていた時期には、実際にその掲示板自体で「うつの人は皆怠けているだけ」といった偏見に満ちた意見が急激に増えました。そして今でもそのような偏見が相変わらず大量に掲載されています。
擬態うつ病の誕生・増殖によって、本物のうつ病の人が迷惑する。偽ブランドが本物を滅ぼす。それは「うつ病」ではありません! のp.165-p.166、あるいはうつ病 患者・家族を支えた実例集 のp.138にお書きした通りのことがこの掲示板には起きているといえます。唯一違う点は、「擬態うつ病の誕生・増殖によって、本物のうつ病の人が迷惑する」と私が書いたのは、社会の流れ、ないしは不特定多数の人々の見解の変化を想定していたのに対し、この掲示板ではそれが編集担当者の恣意的な選択によって引き起こされているという点です。
2. 統合失調症にかかわる点
例えば「隣人に嫌がらせされている」という相談文に書かれている具体的内容がかなりありえないものでも、以前あったような「医者に相談したら」という回答は採用されず、「犯人がわかってよかったですね」「相談主の毅然とした態度に拍手」などという回答ばかりが掲載されます。
ネット掲示板の相談で、放置しておくと迷惑行為をしかねない質問者に対してでも、素人判断の「医者に相談したら」という助言は掲載しない
メールの文面からみて、ここで言及されている「放置しておくと迷惑行為をしかねない質問者」は、統合失調症(または妄想性障害)と思われます。
このような掲示板編集担当者の姿勢は、社会には適切な治療を受けていない統合失調症の人が多数存在し、隣人同士などのトラブルの中には、その統合失調症の症状が原因であることも少なくないという事実から目をそむけているといわざるを得ません。
「嫌がらせを受けている」といった主張をする人間から逆に深刻な被害にあったことがあり、実は精神を病んでいた人だったらしいという生々しい体験談の回答も、以前はあったはずなのにまったく見かけなくなりました。
これも、同様の姿勢を反映しているといえるでしょう。
さらに、
「毒親(毒になる親)」というテーマも人気ですが、こちらに寄せられた回答でも、親に何らかの妄想があり子どもを責め続けたり、意味不明な理由で日常的に暴力をふるっていたりというケースは、掲載数が激減しました。
これも同様といえます。
3. 共通する問題
1.と2.に共通するのは、社会の中に精神疾患(うつ病、統合失調症など)の人がたくさん存在することから目をそむけているということです。少々エキセントリックな言い方をすれば、精神疾患の情報を「抹殺」しているということになります。そして、社会で起こるあらゆるトラブルを、精神が健康な人同士の問題に限定して扱おうとしている。このような姿勢は、「私たちの社会には精神病の人なんかいません。みんな健康で物わかりのいい人ばかりの明るい社会です」と言っているに等しいものです。このような偽りの明るい社会の裏では、とても多くの精神病の人々が虐げられることになります。
あるいは担当者は、統合失調症の人による迷惑行為を掲載することは、統合失調症への偏見を助長すると考え、情報を抹殺することにしたのかもしれません。それは善意による行為かもしれませんが、結果的には、
ひとつのテーマについて、どうやら精神面で常軌を逸している人の行動の被害にあった体験談は掲載せず、ごく日常的な人間関係のトラブルのみを大量に掲載するというのは、【1780】で問題になった偏見の助長を、かえって悪化させているのではないかと思うのですが
という、質問者の指摘通りです。
統合失調症のような精神疾患には、医学的な治療が必要です。たとえば【1896】のように、「精神的に心配するところが多く」という健康な人の悩みと同じレベルで気遣っても、統合失調症の本人にとって何もなりません。【1900】で取り上げられている掲示板のように、精神疾患の問題を、日常的な問題、正常心理で理解できる範囲の問題に矮小化することには重大な危険が伴います。
と、掲示板の姿勢を批判してきましたが、おそらくこの掲示板の編集担当者は迷い、苦悩しておられるのだと思います。
この問題は、そもそも、誰もが率直に語り合う掲示板というものをどう考えるかという原点に帰着します。言うまでもないことですが、ネットの掲示板は、井戸端会議や床屋談義と本質的に同じものです。井戸端会議や床屋談義はもともと無責任なものですが、だからといって批判するのは筋違いで、無責任な放談も人には時には必要です。
但し、それがネットで行なわれて、公になれば話は別です。そして、ネットで行なわれる井戸端会議や床屋談義は、発言者の顔が見えない分、余計に無責任になることは避けられません。
そこで掲示板運営担当者が、発言に検閲を入れ、取捨選択するという行為がなされることになります。それによって、極端に無責任な書き込みや公序良俗に反する書き込みをカットできるという利点があることは言うまでもありません。
けれども検閲への反論は当然に存在します。検閲と名のつくものにはいかなるものにも反対する人もいます。自由な発言を阻害するからというのが理由です。それは正論ですが、検閲しなければ掲示板荒らしにあって荒れ地になってその掲示板は消え去ることも考えられ、特に【1900】で取り上げられているように、大手新聞社が主宰し、注目度の高い掲示板では、全く検閲をしないというわけにはいかないでしょう。
というような事情で投稿メールを取捨選択しているうちに、1.うつ病にかかわる点 や 2.統合失調症にかかわる点 という難題が持ち上がり、担当者は迷い苦悩した結果、【1900】の質問者に指摘されているような処置を取るに至ったのではないでしょうか。
統合失調症は、一般人口の中に約 1 % 存在します。であれば、大規模な掲示板には、統合失調症の本人や、その周囲の人からの投稿が相当数寄せられるのは自然のことです。
それに対して、統合失調症という病気や、被害妄想とはどんなものかという知識を持たない人が意見を述べれば、ひどく的外れなものになることもまた自然です。(たとえば【1865】のN子さんのように)
また、たとえ知識を持った人であっても、妄想を持っている人の質問にネットの掲示板で適切に回答することは困難の極みです。不可能といってもいいかもしれません。妄想を持つ人に対しては、直接会って話しても対応は難しいのに、ネットで適切な対応法があるとは思えません。
が、逆に、ネットだからこそできる方法があるのではないか。
と実は私は考え続けているのですが・・・。
それはさておき、
【1900】の質問者のご指摘のとおり、この大手新聞社の掲示板の方針には全く賛同できません。掲示板担当者は、迷走した結果、最悪の地点に着地したといえると思います。
うつ病でないものをうつ病であるかのように扱い、医療を勧めることは、擬態うつ病の増殖を助長します。その結果は、「精神科医は、病気でないものを病気として扱っている」という批判、すなわち、ネオ反精神医学が生まれる。精神医療が否定される。これは、サイコバブル社会にお書きした通りです。
【1780】はそれを予感させるものでした。
【1900】では、掲示板担当者は、おそらくは善意から、それを防ごうとして、結果としては逆に最悪のことをしてしまっています。
ネオ反精神医学が生まれるのは、心の病の人々にとっても、社会全体にとってもマイナスではありますが、精神医療に対する不信が生まれ、論争になれば、その後には健全な進歩が期待できますので、脱皮のための一時的な痛みという見方もできます。
しかしこの掲示板の姿勢は、うつ病に関しては「怠けているだけ」という意見に偏り、統合失調症に関しては、その存在自体を消去した。目をそらした。闇に葬った。この行為は、かつての、精神病者を幽閉した収容所時代と同じものです。このような姿勢からは何も生まれません。
新聞社は、差別用語にはとても神経をとがらせています。しかし、差別用語を掲載しないのは、差別を避ける気持ちからというより、批判されることを避けるのが目的と見るべきでしょう。差別用語を掲載することより、【1900】で取り上げられている掲示板のように精神病の存在そのものを消去することのほうが、はるかに重大で陰湿な差別だと私は思います。
長くなりました。まとめます。
【1780】の掲示板は、「見当違いの善意」
【1900】の掲示板は、「苦悩による迷走」、その結果は最悪の地点にたどり着いた。
といえるでしょう。
今となっては、【1900】の掲示板の担当者が人々のために出来る仕事は、掲示板を閉じることだと思います。
◇ ◇ ◇
冒頭に記した通り、この回答は質問メールの記載内容が事実であることが前提となっています。実際には以下の点について真偽は不明です。
・この【1900】の質問者のいう掲示板が、【1780】の掲示板と同一であるか否か。
・その掲示板が同一であるにせよないにせよ、掲載内容がある時期から【1900】の質問者が指摘するように変化したのか否か。(その変化は【1900】の質問者の主観的な印象にすぎないのではないか)
・掲示板の掲載内容が本当に変化していたとしても、その時期は【1780】が精神科Q&Aにアップされて以降なのかどうか。
・掲示板の掲載内容が本当に変化していたとしても、それは偶然ではないのか。本当に担当者の恣意的な取捨選択によるものなのか。
(2010.12.5.)