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飲める理由、飲めない理由・・・アルコール代謝の遺伝学


薬と個人差

正しい診断に基づいて正しい処方せんを書いても、必ずしも効くとは限りません。薬の効きには個人差があります。ごく少ない量で効く人もあれば、とても大量にのまなければ効果が出ない人もいます。副作用についても同じです。

アルコールも薬の一種ですから、お酒の強さにも個人差があります。コップ一杯のビールが飲めない人もいれば、ボトル一本のウィスキーを平気で開けてしまう人もいます。どうしてこんなに個人差が大きいかということが、今日の講義のテーマです。

アルコールを飲んだ時のことを考えると、陽気になるなどの気分の変化、千鳥足になるなどの運動機能の変化など、色々なことが起こります。個人差が一番はっきりと目に見えるのは、ビール一杯くらいを飲んで顔が赤くなるかどうかということです。赤くなる人はどのくらいいるでしょうか。実際に調査すると、日本人の半分くらいの人が赤くなるという結果が出ています。男性も女性も同じです。身近な人を思い浮かべると、大体半々くらいになっていると思います。

個人差を決める物質

すぐに赤くなる人はあまりたくさん飲めないと考えて大体間違いありません。俗に言う「酒に弱い体質」ということになります。ではこの個人差はどこからくるのでしょうか。「体質の違い」と片付けてしまってはそれ以上進歩がありません。体質の違いを決める何かがあるはずです。

アルコールでも薬でも、胃や腸から吸収されたあとは、血液の中に入って全身にまわります。したがって、効きが悪い場合やよすぎる場合は、血中濃度を測るのがふつうです。酒に強い・弱いはアルコールの血中濃度によって決まると考えるのは自然です。しかし一定の時間に一定のアルコールを飲んで血中濃度を測ってみると、赤くなる人もならない人もまったく同じになります。したがって個人差の原因はアルコール血中濃度ではありません。

次に考えるのは、アルコールが分解される時にできる物質です。アルコールは体内では酵素の作用によってアセトアルデヒド、酢酸の順に分解されていきます。アセトアルデヒドはとても毒性の強い物質で、動物に投与するとショックを起こしたり癌ができたりします。アセトアルデヒドの測定は結構むずかしいのですが、実際に調べてみると人によってはっきり差があることがわかります。下のグラフです。



遺伝子が飲める・飲めないを決める

このように、お酒を飲んで赤くなる・ならないはアセトアルデヒドの血中濃度が決めます。ではその血中濃度の個人差はどうしてできるのでしょうか。

飲んだお酒は、アルコール→アセトアルデヒド→酢酸の順に分解されていきます。アルコールが速く分解されればアセトアルデヒドが多くなりますが、前に説明したように、アルコールの血中濃度に個人差はありませんので、アルコールの分解速度にも個人差はないということになります。

そこで目をつけるのはアセトアルデヒドの分解速度です。アセトアルデヒドはALDH2という酵素によって分解されますが、このALDH2が弱ければ、アセトアルデヒドがなかなか分解されません。ということは、お酒を飲むとアルコールの分解が途中からスムースに進まず、アセトアルデヒドの血中濃度が上がり、外見的には顔が赤くなることになります。

ALDH2という酵素の強さは、遺伝子によって決まります。遺伝子は両親から一対ずつ受け継いでいますが、両方から強い遺伝子を受け継げば(強・強の組み合わせ)、やはり強いALDH2になります。強・弱の組み合わせの場合はほとんどの場合が比較的弱いALDH2になり、飲めば顔が赤くなるタイプになります。弱・弱の組み合わせではALDH2の働きはほとんどなく、ごくわずかのアルコールで顔が真っ赤になります。

少し複雑になってきましたので、グラフにしてみましょう。遺伝子のタイプによって、アセトアルデヒドの血中濃度が決まることが一目でわかります。

グラフを見る


飲む・飲まないは自分が決める

酒の強さの個人差・アセトアルデヒド・遺伝子・アルコール依存症の関係が、研究結果のグラフを見ることでわかったと思います。大切なことは、お酒に強い人 (飲める人) がアルコール依存症になりやすいということです。

飲める・飲めないは遺伝子が決めるわけですから、アルコール依存症になりやすい・なりにくいも遺伝子が決めることになります。遺伝子を変えることはできません。しかし、遺伝子は人の運命を決めるわけではありません。アルコール依存症に関して言えば、アルコールを飲まなければアルコール依存症になることは絶対にないのです。飲める・飲めないは遺伝子が決めても、飲む・飲まないは自分で決めることができるのです。

飲酒に限らず、患者さんに医学的見地から生活指導をすることはよくあります。その際、漠然とした一般論では説得力に乏しいものです。ひとりひとりの体質に基づいて、将来予想される病気とその対策を説明してこそ、医学的指導と言えるでしょう。アルコール依存症に関しては、今日の講義のように、遺伝子が決める体質と病気の関係がよくわかっています。お酒に強いと自認している人に、特にアルコール依存症発症の危険性を警告するのが、医者の義務であるとも言えます。

 

 


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