精神科Q&A
【1872】信用できない医者は世の中にどのくらいいますか
Q: 21歳男性大学生です。林先生のQ&Aはいつも興味深く読ませていただいています。そこでふと疑問に思ったことがあるので質問させてもらいます。 林先生は、基本的には主治医の言うことがもっとも正しく信用できるという方針で回答をしていると思います。たとえば、その質問者(もしくはその家族、知人)がどんな病気であるかを推察する根拠に「医師がそう診断していること」を挙げることや、「精神科Q&Aに質問される方へ」に「すでに医師にかかっていて、私の回答と主治医の見解が矛盾する場合、迷わず主治医の見解を信用してください。」と書かれていることなどからも窺うことができます。 一方で、林先生の回答の中には「医師の誤診」「この先生の診断は不可解です」「この先生の説明はでたらめです」「論外です」「非常識です」などといった言葉もたまに見受けられ、そのような場合「すぐに医者を変えるべきです。でないと治癒の見込みはないでしょう」と結論づけることもあることから、世の中にはいわゆる「ヤブ医者」というものが少なからず存在するということがいえると思います。 先生の方針に疑問を持っているわけではありません。しかし、現実の医師の判断は何者よりも(インターネットの情報や素人の独断よりも)優先させるべきものである、という一方で、中には信用すべきでない医師も確かに存在するというのは患者になり得る者の立場からしたらとても不安なことです。
【0579】私よりインターネットを信用するなら別の病院に行けと医師に言われましたの男性はインターネットの情報から誤診ではないかと疑い医者の指示に背いてしまいました。それに対しての林先生の回答、そしてその回答に対する批判【0660】「私よりインターネットを信用するなら別の病院に行け」は暴言だと思いますが 、さらには【0707】私よりインターネットを信用するなら他の病院に行けというのは、やはり暴言です に対しての回答はどれも納得できるもので、林先生の回答に異論はないのですが、【0579】の男性のしたことも上記のことを思えば不自然なことではないと思います。
質問したいのは、 世の中に信用できない医師というのはどの程度いるものなのか?どの程度いるものと考えているか?(信用できない医師というと曖昧で、自分でも線引きが難しいと思いますが【1639】脳の傷と統合失調症失調症の関係を語る医師で紹介されているような医師は明らかに信用できないと言えるでしょう)なぜそのような医師が存在してしまうのか? そういった医師がのさばっている現状を同じ医師としてどう考えているか? ということです。忙しい中このような質問に目を通していただいて恐縮です。うまく質問をまとめられたか自信が無いですが、もしよろしければ遅くなってもいいので回答していただけたらうれしいです。
林: はじめにお伝えすべき最も重要な点は、精神科Q&Aは、「メールの内容は正確である」ことを前提として回答しているということです。これは前提というより仮定といったほうがいいかもしれません。なぜなら、メールの内容が正しいという保証は全くないからです。極端な場合には、メールの内容はすべて架空ということもあり得るでしょう。しかし精神科Q&Aの方針としては、そうした可能性をすべて認めたうえで、「メールの内容は正確である」ことを前提として回答しています。(中にはメール内容が明らかに不正確であったり、著しく偏っていることが読み取れるケースがあります。それを回答の中で指摘したものもありますが、それは例外です)
この前提と【1872】の関係は、精神科Q&Aの回答の中で医師を批判している場合も、それはあくまでメールの内容が正確であるという仮定のもとに行っているということです。つまり、精神科Q&Aの回答の中で批判している医師は、その質問者のメールに描写されている医師であるにすぎず、現実の医師と一致していないかもしれないということです。繰り返しになりますが、精神科Q&Aでは、そうした可能性も認めたうえで回答しています。
ややわかりにくい説明になっていますので、実例を挙げます。
たとえば【1683】うつ病と診断され、たくさんの薬を処方され、自分で適当に調整して飲むよう指示されましたで私は、抗うつ薬を処方した医師から、
人によってどのように合うかわからないので自分で適当に調整して飲んでくれ
と説明を受けたという質問者に対し、
これは論外です。この医師にかかっていたら、治る見込みはありません。
と回答しています。
けれども、この【1683】の医師が、質問者に対して本当に「自分で適当に調整して飲んでくれ」と説明したかどうかはわからないことです。つまり、この医師は実際には別の説明をしたが、質問者がそれを聞き違えたりよく理解しなかったため、「自分で適当に調整して飲んでくれ」と説明されたと思い込み、それがそのまま私への質問メールに書かれたということです。
こういうことはかなりあるのではないかと私は推測しています。実際の臨床でも、「前の先生にはこう言われた」と患者さんが述べる内容と、その医師が実際に言った内容は食い違っていることが少なくないからです。
ですから、この【1872】の質問文、
林先生の回答の中には「医師の誤診」「この先生の診断は不可解です」「この先生の説明はでたらめです」「論外です」「非常識です」などといった言葉もたまに見受けられ
これは、精神科Q&Aの記載内容としてその通りですが、回答の中の「医師」は、必ずしも質問者が実際にかかっている「医師」と一致しているとは限りません。
なお、以上のことからは、内容が正しいかどうかがわからないメールに回答してもあまり意味がないのではないかというご指摘も生まれるかと思います。その指摘は一部は正しく、一部は外れています。なぜなら精神科Q&Aは、質問者本人への回答というより、質問者以外の読者への回答という意味のほうが強いからです。さきほどのケースを例にとれば、【1683】では、「抗うつ薬を自分で適当に調整して飲むよう指示するような医師は信用できない」が回答のポイントであって、すると質問者の主治医がそのような説明を本当にしたのかしていないのかということはポイントには無関係です。但し質問者にとっては自分の主治医が信用できるかできないかというのは重要な問題になりますが、精神科Q&Aがメールの内容が正しいと仮定しての回答であるという制約がある以上、質問者のその問いには答えることができません。回答の中では時に「この医師は信用できない」と断言する一方で、精神科Q&Aに質問される方へに「すでに医師にかかっていて、私の回答と主治医の見解が矛盾する場合、迷わず主治医の見解を信用してください。」と明言しているのは矛盾のようですが、このような事情が背景にあります。
以上が、医師の信用性についての精神科Q&Aでの回答の背景です。
前置きが長くなりました。本題に戻ります。この【1872】のご質問は、
信用できない医者は世の中にどのくらいいますか
でした。しかしこの問いには、
信用できない医師というと曖昧で、自分でも線引きが難しいと思いますが
という問題がありますので、
世の中に信用できない医師というのはどの程度いるものなのか?どの程度いるものと考えているか?
この問いに答えるのは無理なのですが、ご参考までに、
野村総一郎 著
「心の悩み」の精神医学 PHP新書
の192ページには次のように書かれています。
大まかに言って日本の精神科医の三分の一は信頼に足る非常に優れた医者である。(中略) したがって、(あくまで確率論的な話になるが)医者を替るのは三回まで、というのが目安ではないだろうか。
私もこの見解に異論はありません。但しこれは、残りの三分の二は信頼できない、という意味ではなく、「三分の一は信頼に足る非常に優れた医者」であるという意味で、今回の質問者が問うているのは逆に「信頼できない医師」の割合ですから、これは【1872】への答えにはなっていません。
では【1872】への回答は、ということになりますが、ここまで長く書いてきて結論がこれでは申し訳ないのですが、
「わかりません」
が私の答えです。
わからないという理由の一つは、質問者が指摘されているように、そもそも信用できる・できないという線引きが難しいということです。ここで、
【1639】で紹介されているような医師は明らかに信用できないと言えるでしょう
という【1639】のレベルの医師を「信用できない」の基準とするのであれば、ここまで信用できない医師は、きわめて例外的ということはお答えできます。
それ以上のことは残念ながらわかりません。けれども、かなりはっきりと言えることは、「この医師は信用できない」というような患者側からの判断の大部分は、特に精神科においては、誤解に基づいているということです。精神科Q&Aの回答の中には「この医師の治療は論外」というものもいくつかはあり、そのような回答は印象に残りやすいかとは思いますが、現実には「明らかに信用できない」医師は例外であり、そもそも精神科Q&Aの回答の中の「医師」が、現実の「医師」にどこまで一致しているかは全くわからないことです。
精神科Q&Aのトップに「これは医療相談ではありません」と明記していること、精神科Q&Aに質問される方へに「すでに医師にかかっていて、私の回答と主治医の見解が矛盾する場合、迷わず主治医の見解を信用してください。」と明言していることを、再度ご確認ください。
(2010.11.5.)