精神科Q&A

【0660】「私よりインターネットを信用するなら別の病院に行け」は暴言だと思いますが(【0579】に関連して)


Q29歳男性、内科医です。【0579】の林先生の回答に大いに疑問があります。
 【0579】の32歳の男性が、自分の治療内容(例えば投薬)などについて調べ、それを質問したところ、医師が「私よりインターネットを信用するなら別の病院に行け」といったというのは、やはり「暴言」だと私は思います。こころの病に限らず、患者であれば、自分の病気や治療内容を知りたいと思うのは当然ではないでしょうか。「素人がよけいな知識で口を挟むな。治療は専門家である医師の指示に絶対に従え」といったような対応は、すでに現在の医療常識ではありえないはずです。【0579】の医師は、デパケンを処方した時に、十分な説明を患者さんにすべきだったと思います。少なくとも私ならそうしたでしょう。自己の判断で薬を中止される患者さんには、私は時間をかけて薬の説明を十分にしています。そうすればまず例外なく納得していただいています。

 もちろん患者さんが治療契約を破り、薬を自己の判断で止めるということは確かにいけないことかもしれません。しかし、医師がそれを頭ごなしにしかるようであれば、患者さんはそれを恐れて飲んでもいない薬を「飲んでいる」と虚偽の報告をする恐れがあります。
 そういったことをさせない。薬を飲んでいないという「事実」を認め、頭ごなしに否定せず、薬が必要であれば患者さんに説得し、飲む気にさせる、というのが医者の責務だと私は考えますがいかがでしょうか。


: あなたは、医療従事者として、考えが甘いと言わざるをえません。また、【0579】の回答についての読みも甘いと思います。

 あなたがこのメールで書かれていることは、総論的には私は異論は全くありません。おそらくこれに異論を唱える人はほとんどいないでしょう。ということは、正しいご意見ともいえますが、単に常識を述べているだけともいえます。つまり、誰もがどこでも口にしていることのコピーにすぎません。しかし、医療の個々のケースは、常識やきれいごとだけでは対処できません。

 【0579】をもう一度よくお読みください。【0579】での論点は、医師が薬の説明をしなかったということではありません。重要なのは、この32歳の男性が、インターネットの情報のみに基づいて服薬を中断したということです。この回答で私がもっともお伝えしたかったことは、インターネットの情報を信じることの危険さです。それは、【0579】の回答の一行目、

『実際に診ていただいている主治医よりもインターネットのほうを信用するようでは、治療にならないことは明らかです。』

に尽きます。

 おそらく、このケース以外にも、主治医の説明が不十分であったり、わかりにくかったりすることはしばしばあると思います。しかし、そういう場合に、一見するとわかりやすく書かれているネットの情報のほうを信用するというのは、きわめて危険な行為です。主治医が「私よりもインターネットを信用するのなら別の病院に行ってください」といったというのは、プロフェッショナルとしては当然だと思います。(言い方や細かい状況などが不明ですので、本当は暴言かどうか判断できないというのは【0579】に書いたとおりですが)

【0579】の医師は、デパケンを処方した時に、十分な説明を患者さんにすべきだったと思います。

このご意見も、それ自体はもっともです。しかし、実際の臨床では、何もかもを説明することはできません。薬を変えるときは説明が必要だと私は考えますが、これは医療機関や、それから地方の文化によっても違うものです。ですから、ここで医師からの十分な説明がなかったことより、この32歳の男性がネットの情報から自己判断をしたことのほうがはるかに大きな問題だと私は考えます。

 ところで、あなたは説明ということを非常に重視しておられます。さっきお書きしたように、それに対して私は異論はありません。あなたのおっしゃる通りです。しかし、正しい説明が必ずしも納得されるとは限らないという点が、あなたの論法からは抜け落ちていると思います。あなたの考えが医療従事者として甘い、と最初に書いたのはそのことを指しています。あなたは患者さんにどのくらい説明されるのでしょうか。20分でしょうか。1時間でしょうか。それとも2時間ですか。2時間というのは、日常の臨床では非現実的ですが、ありえないことではなく、私もそのくらい説明することはごく稀にはあります。しかし、ここでおききしたいのは、医師としてのあなたの医療に関する知識は、2時間で説明しきれるのでしょうか。もしそうだとすれば、あなたの知識はまだまだ不足だと思います。その程度の説明で尽きてしまうようでは、医療の専門家としてははなはだ頼りないと言わざるを得ません。つまり、十分に説明することはもちろん大切ですが、どうしても説明しきれない部分が残るということを、医療従事者なら認識する必要があるということです。

 それからもうひとつ、【0579】の回答についての読みが甘いという点です。あなたのメールの文章を引用してみます:

自分の治療内容(例えば投薬)などについて調べ、それを質問したところ、医師が「私よりインターネットを信用するなら別の病院に行け」といった

これは、【0579】の最も重要なポイントを外しています。この32歳の男性に非があるのは、「調べ、質問した」ということではありません。調べて質問することは全く自然のことで、それに対しては医師は当然説明すべきでしょう。この32歳の男性の行為で問題なのは、
「調べ」「その結果に基づいて治療を中断し」「質問した」
ということです。つまり、「調べ」と「質問した」の間に、自己判断によりある行為をとった、という点です。これでは「別の病院に行け」といわれても仕方ないでしょう。まず「調べ」、次に「質問し」、それから判断すべきでした。あなたはこの重要なポイントを見落としています。

 というわけで最初の答えを繰返します。あなたは、医療従事者として、考えが甘いと言わざるをえません。また、【0579】の回答についての読みも甘いと思います。


続きを読む (2004.10.5.)


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