精神科Q&A
【1835】居もしない敵と戦い続けている母、でもそれ以外はいたって普通なのです
Q: 29歳の女性です。自分ではなく母(60歳)の相談なのですが、母はだいぶ前から居もしない敵と戦っています。
よくよく考えれば私が中学、高校の頃からその兆候がありました。
お恥ずかしい話ですが、私は当時反抗期の生意気盛りで、ロクに勉強もしなかったもので成績が悪かったんですが、母はそれを「学校が成績を改ざんした」と何かあれば学校の陰謀を疑っていました。 私の成績が悪かった原因は明らかに私にあったのですが、あの当時は母が我が子可愛さに言っているのかと思いました。その頃から母のよくわからない敵が出て来た気がします。
そういう考え方で敵を意識していた母ですが、決定的になったのが、数年前のことです。
家はマンションの二階なのですが、すぐ下の部屋の一階は庭がありまして、そこの方はガーデニングが趣味のようで たくさん植物を植えていました。その植物などの中に監視カメラを仕掛けてうちの家族を逐一見ている母はというのです。
父や私、もちろん当の一階の家族の方も、どう見てもカメラなどはなく、しかし母は言い張るのでちょっとしたトラブルになり、 結局下の階の方は植えていた植物を全て刈り取ってしまいました。
その後も、家に侵入者がちょくちょく入っていると信じているらしく、母はいちいち窓などに内側からガムテープなどを使って頑丈に施錠しています。それでも入ってきていると信じているようで、母はここ数年家を出たことがありません。
ビデオテープや写真でマンションの外に停めてある車や通行人を撮影しては「見張っている証拠だ」と言っています。
現実的に考えてもそんな組織が数年に渡って我が家をマークし続けていることがありえない事を何度言っても私達の方がおかしいととりあってくれません。
私が外に出るのも嫌い(誰かにつけられているから)、遊ぶ友達も工作員だと疑っています。その割には家で騒ぐだけで外に出たり、 その友達に接触をして確かめたりということは一切しないので、小言を我慢すれば私個人が活動するのは今の所問題は無いのですが。
母は元々引きこもりがちな専業主婦ではありますが、上記のこと以外はいたって言動がまともなのです。 家事もきちんとしているし、浪費癖などもありません。
夜もちゃんと眠れているし、食が進まないということもないようです。なので本人がおかしいという自覚がないのでどうしたらいいのかわかりません。私も父も少々母に冷たかったかもしれない、と歩みよってみる事もしましたが、 上記の事で意見が食い違い、やはりうまくいかず、母の奇行は今も続いています。
どうすればいいでしょうか
林: お母様は統合失調症か妄想性障害です。精神科での治療が必要です。精神科Q&Aの統合失調症の実例、中でも特に今回(2010.10.5.)の実例(【1805】から【1870】)をご参照ください。
なお、統合失調症と妄想性障害の違いについて、ごく簡単にご説明しておきます。
妄想性障害・・・症状は妄想だけ
統合失調症・・・妄想以外の症状もある
ごく単純には上のようにいうことができます。(但し、統合失調症と妄想性障害の異同は、精神医学で長年にわたり議論が続いており、現在も決着していません。ですから、どのようにご説明しても必ず異論が出るテーマです。したがいまして詳しく説明を始めるときりがありませんので、ここではごく単純化してご説明します)
妄想性障害は、「症状は妄想だけ」とはいうものの、その妄想は奇異ではないという条件があります。つまり、たとえ妄想だけであっても、それが奇異なものであれば、統合失調症と診断されることになります。
けれども問題は、何をもって「奇異」と判断するかということです。
たとえば【1541】は奇異といっていいでしょう。
しかし、奇異といえるかいえないかが微妙な例は少なくありません。
この【1835】はどうでしょうか。「子どもの成績を学校が改ざんした」などということは、普通は考えられないことですが、あり得ないとまでは言えません。では奇異といえるかどうか。私は奇異とまではいえないと考えますが、異論もあるでしょう。
「一階の人が自分の家を監視している」については、それ自体はあり得ることでしょう。しかし「植物の中に監視カメラを仕掛けている」となるとどうか。「家に侵入者がちょくちょく入っている」はどうか。「マンションの外に停めてある車や通行人が自分を監視している」となるとどうか。質問者がおっしゃるように、「ありえない」とまではいえますが、「奇異」かどうかは、人によって判断が違ってくるでしょう。
但し、多くの場合、この【1835】のようなケースでは、よく話を聴けば、妄想以外にも症状があることが明らかになるのが常で、そうなると妄想が奇異かどうかという結論の出ない問いを考えるまでもなく、診断は統合失調症になります。
今回(2010.10.5.)の実例(【1805】から【1870】)の多くにおいて、「統合失調症か妄想性障害です」と回答しているのは、メールの内容だけから判断すればそのどちらの可能性もあるということで、実際には大部分が統合失調症であると考えられます。
また、【1864】でご説明したように、妄想内容そのものから、統合失調症にほぼ間違いないといえることもあります。この【1835】も、妄想内容は統合失調症に典型的なものですので、あえて厳密に「統合失調症か妄想性障害」といわずに、「統合失調症」ということも可能なケースです。診断基準を厳密に適用した場合に仮に妄想性障害ということになったとしても、治療としては統合失調症と同じです。
なお、統合失調症と妄想性障害を別のものとして考えようとすることの背景には、両者の長期経過が違うという見方があるからです。すなわち、
統合失調症・・・人格が変化していく (たとえば【1437】)
妄想性障害・・・人格が変化しない
という見方です。
けれども統合失調症でも人格が変化しない(少なくとも、著明な変化はない)ケースはたくさんあり、また、妄想性障害であっても人格が変化していくケースがありますので、このような見方は現代では支持されていません。すなわち、統合失調症と妄想性障害は、本質的にかなり近い病気であるということです。
ところで、さらに大きな問題として、パラノイアparanoiaと呼ばれる病態があります。これは、文字通り妄想だけが唯一の症状で、その妄想内容もあり得ないとまではいえず、しかも人格の変化がない、というものです。妄想内容は嫉妬(たとえば【1032】)、被愛(自分がある人物に愛されている。たとえば【1193】。けれども【1193】をパラノイアと呼ぶかどうかについてはかなりの異論もあると思われます。また【1233】は、その回答の中にお書きしたとおり、パラノイアに似てはいるものの、パラノイアとはいいにくいでしょう)、被害(たとえば【1143】)、病気(自分はある体の病気にかかっている)などです。被害的な妄想に基づいて、訴訟を繰り返す好訴妄想 (こうそもうそう) と呼ばれるものをパラノイアの一型とする場合もあります。パラノイアは、統合失調症に近い病気なのか、それとも性格の偏りというべきか(元々の人格が発展していった、という意味です)は、昔からパラノイア問題と呼ばれる精神医学上の大議論になっています。
(2010.10.5.)