精神科Q&A
【1532】術前でもせん妄はありますか
Q: 80歳義母についての質問です。ちょうど2週間前に転倒して、大腿骨骨折で救急車で運ばれました。その時は、脱水症状や低体温で意識もなく、とにかく温めて体温を戻す治療をしてくださいました。その後は、微熱があったりはしましたが、水分も取れるようになりました。(入院時や術前検査での脳のCTでは、脳梗塞もなく、異常はないとのこと)しかし、意識はあるものの、はっきりしたものではなく、しゃべっていても聞き取りづらかったりで、主治医の先生からは「脂肪塞栓症候群」の疑いがあると説明を受けました。足の手術が終われば改善されるだろう、ということで、手術の日を待ちました。次第に、少しずつですがはっきりと聞き取れるようになり、なんとか安心していましたが、手術の前日から、「家に泥棒が入った。何もかも(大型家具さえも)無くなっていた。」と言うようになりました。「意識がないときの夢じゃない?」とこちらも軽く受け止めていましたが、手術翌日も「昨日家を見てきたら、やっぱり無い。」とか、「昨日歩いてたら、看護婦さんに怒られた。(もちろん、まだ歩けません)」と言い出したり、病院のベッドを自分の家と思って、一瞬ここがどこなのかわからなくなったりしています。いつも、このような状態と言うわけではなく、物忘れもなく、いつものように主人と経済の話をしたり、妄想のようなことを言う以外はおかしな言動はありません。いきなり認知症?!とショックを受けましたが、ネットで調べているうち、「せん妄」という初めて聞く言葉がでてきました。症状など見ていると、明らかに義母とよく似ています。「術後せん妄」はよくある、と書いてありますが、義母の場合、術前に言い始めました。術前にせん妄を起こすこともあるのでしょうか?あり得ないなら、やはり認知症のはじまりでしょうか?
林: これはせん妄だと思います。せん妄はあらゆる状況で起こり得る症状です。せん妄とは、【0640】にお書きしたとおり、脳に何らかのダメージが加わったときに起きる意識障害の一種です。「何らかのダメージ」とは、【0640】では脳の外傷(転倒して頭を打った)、【0039】では脳梗塞、【0192】では(おそらく)睡眠薬、そして【1218】など術後せん妄では、手術(脳の手術とは限りません)です。つまり、せん妄の原因となる「何らかのダメージ」とは、脳への直接のダメージとは限りません。高齢者では、環境の変化もせん妄の原因になります。したがってこの【1532】では、入院という環境の変化ないしは骨折という外傷による、二次的な影響が脳に及び、せん妄になったと考えられます。高齢者のせん妄は、認知症の始まりという可能性ももちろん考えられます。しかしこの【1532】では、まだそこまで考える必要はないでしょう。これはせん妄であり、回復する症状であるという認識が、現時点では正しいと言えます。