精神科Q&A

 【1183】境界性人格障害の妹を、ストレスの根本である両親から引き離すべきか


Q: 27歳の妹のことです。家庭環境は両親と妹と私の4人です。
妹は、高校進学の問題で両親と意見が合わず、自分の行きたいところを諦めて、親の希望する高校に行きました。中学の成績が良かったので(学年で3番以内)親は進学校を望みましたが、本人は楽しい遊び友達をいっぱい作り勉強はそこそこの普通程度の学校に行きたかったのです。外見上3年間特に問題無く卒業しました。ただ、楽しい学校生活を送って無いことは家族も感じていました。私には学校、特に友人関係が馴染めない悩みや、時々家を出ても学校には行かないときのことを話していました。高校卒業時の進路については、さすがに親は高校進学時ほど意見は言わずに、本人に任せたようです。結果、本人は受験勉強はせずに学校の成績も良かったので推薦入学しました。しかし、半年で中退しました。理由は親が大学進学を期待していることが分かっていて、その気持ちを裏切りたくないから入学したが、やはり環境に馴染めず苦しくて退学したと本人は言っていました。

その後は、引きこもりになりました。両親と私は保健所に相談に行きましたが当初は引きこもりの原因が分かりませんでした。病院やクリニックをいろいろ調べて結局保健所から精神科医を紹介され、初めて受診したのが20歳ころでした。そのころにようやく分かったのですが、原因はトラウマでした。高校と大学時代の苦しい経験に悩まされ、その原因を作った両親に対する恨みでした。

そして、現在まで医師も4人目になり、今は半年以上治療を受けていません。但し、薬は服用しています。理由は医療及び医師不信です。その内容は、「薬だけ処方してろくに話しを聞いてくれない」「質問しても明確な答えがない」「経験が浅く頼りない」「治療らしい治療をしないので全然良くならない」等々です。

妹は両親と一緒の生活を嫌って、7年前から独りでアパートを借りて生活しています。生活費は親が出して、殆ど毎日部屋に閉じこもって居ます。半年前までは週に1回程度通院していました。又、自助グループにも参加していました。しかし、自助グループもだんだんと遠ざかるようになりました。そこでも人間関係が問題になっていました。何人かの医師は本人には病名をはっきり言ってはいないようでしたが、本人はいろいろ調べて自分の病状を分析して、いくつかの病名を挙げて、自分はこの病気だと話しました。父が医師に聞くと、当初の医師は「神経症」と言っていましたが、中断している現在の医師は「境界性人格障害」と診断しました。

過去には自殺未遂とそれらしきことは何回かありました。実家に居たときにリストカット(6年以上前)や自分のアパートで母親の面前で薬とトイレの消毒薬を多量に飲んで救急入院(3年前)したりしました。現況は先に述べたように半年前に治療中断したのが原因と思われますが、悪化しています。最近は夜中から明け方まで10分おきに無言電話があったり、メールで「死ね!」「殺せ!」「呪う!」の文句と自分をダメにした恨みの罵詈雑言を延々と書いて寄越します。本人は自分の病状についてはものすごく調べて深い知識を持っています。従って「境界性人格障害」についても同様で自分が完治しないと確信しています。ある時期までは治そうと非常に頑張っていました。自助グループ、教会、整体、病院のディケア(絵と料理)などいろいろやりました。すべて人間関係に不満が出て止めてしまいます。

長い文章になってしまい申し訳ありません。以降の点について教えて頂くための資料にしようと、拙い書き方しか出来ませんでしたが、お許しください。
次の事項につき、教えを頂きたいのでよろしくお願い致します。

(1) 勝手な思いですが、がん患者の最善の治療方法はがんの全摘手術ですが、妹を苦しめている存在のがんは両親に該当します。この理屈によると、両親(がん)を摘出することになりますが、怒りの対象物から離す意味で端に距離的に妹を両親から隔離しても解決しないでしょうか。実家と妹のアパートは車で5分の距離で、たびたび文句を言いに来ます。その一方、母親には依存性も見せます。

(2) 本人は以前から「海」が好きでその近くに住みたいと断続的に訴えますので、その都度家族が具体化しようと相談を持ちかけると、独りで家族から遠く離れて生活するのに不安感を持ち、実行しようとしません。望み通りにした場合、「家族の協力」が欠かせないとおっしゃっていますが、身近に居ての「家族の協力」が出来なくなった場合、病状に良いか悪いか、どのような影響がありますか。先に書きましたが、独りで生活していますので、母が夕方行って、食事の世話をして泊まって朝帰りすることが多く、たまに追い返されて泊まらずに深夜帰る生活を長く繰り返していて、母は疲労とストレスの影響で1年前に「くも膜下出血」で倒れました。幸い、発見が早く手術して予後も良く、現在はほぼ普通に生活が出来ています。妹は状態の良い時は母には接触しますが、父とは全く出来ません。ですから、以前と同じように母には妹の面倒は見ることは家族としてさせたくないし、今は出来ません。遠く離れて生活が出来れば双方にとって良いことが願いです。その上で妹の生活の管理は当地の保健所の訪問介護など、方法を考えたいのですが、なによりも、そのことが妹にとって良い結果を生むことが前提になります。

(3)「境界型人格障害の中には治療が困難な人が多いが、すべての人の治療が困難というわけではない」とおっしゃっていますが、「すべての人の治療が困難というわけではない」という言葉はどんな人のケースをいうのか教えてください。実際に先生が個別に診療してみないと分からないことでしょうか。

(4) 治りやすさ(改善しやすさ)という観点からは、「他人から良い面を吸収できるかどうか」であり、「良い面を受け入れられる人は、自分の症状や問題を客観的に見ることができるので、自分を変えていくことがかなり可能です」と林先生は【0055】に書いていますが、「他人から良い面を吸収できるかどうか」ということは、「人には良い面と悪い面がある」ことを理解できることと意味が同じでしょうか。良い面については反応しませんし話題にもしませんから理解をしたくないと思っていると思います。悪い面については過剰に反応します。一方、妹は「自分の症状や問題を客観的に見ることができる」については、思い込みは激しいのですが問題によってはかなり出来ます。このような場合、治りやすさということに関しての先生のご意見をお聞かせください。

(5) 「治ると信じること」が大切で、「本人の治りたい意思の強さが問われる」と言われますが、本人の自覚でいえば非常に勉強しています。その結果、治るのが困難な病気と理解しています。従って、健常者の言葉で言いかえれば、自暴自棄的になり、医療・医師への不信と親への恨みの罵詈雑言に埋没しています。本当にどうしたら良いでしょうか。毎日、メールで恨みや追求がありますが、その都度返事をしなければいけませんか。それとも時々は無視してもよろしいでしょうか。

(6) 先に触れましたが、医療・医師に不信感を持ち、家族とも敵対関係にあり、誰の言う事も聞きません。以前は治療に良いと思う本や情報で知り得た専門家の意見を話し合っていましたが、現在は「皆が治そう治そうとするのが私を追い込んでいるのだ!」と怒っていて恨まれてしまいます。どうやって再度治療の現場に戻したら良いでしょうか。

(7) 結論的にはこの病気は「35歳を過ぎるころから軽快し、40歳以上の患者はかなり少なくなる(理由は自然治癒力と衝動的エネルギーの枯渇によるところが大きいと言われる)」という説がありますが、真実でしょうか。もし否定的であれば「境界型人格障害の治療は困難」ということは、この病気は薬物治療は効果なく、うつ病や統合失調症に効果がある「電気けいれん療法」の外科的方法も効果なく、精神療法で治療しても効果の無い人の末路は廃人になるのでしょうか。一生、両親が死ぬまで罵詈雑言だけの世界で生きて行くのでしょうか。先生に是非その末路を非情な予見になっても耐えますからお願い致します。

一部重複を含んだ内容になってしまいましたが、取り上げて頂ければ本当に有難く思い助かります。


林: 妹さんは境界性パーソナリティ障害(境界性人格障害)だと思います。この障害に対するあなたの認識はほぼ正確ですが、ひとつ重大な誤りである可能性が含まれています。それは、

そのころにようやく分かったのですが、原因はトラウマでした。高校と大学時代の苦しい経験に悩まされ、その原因を作った両親に対する恨みでした。

この認識です。まず第一に、この【1183】に限らず、心の病の「原因」は、そう簡単には分らないものです。一見納得のいく「原因」が、実はそうではないという例は枚挙に暇がありません。もっとも、「簡単に分かったわけではない」とあなたはおっしゃるかもしれません。そこで第二ですが、境界性人格障害の特徴のひとつである他罰的傾向は、しばしば身近な人に向けられ、特に養育してくれた両親に向き、親の育て方が悪いから自分はこうなった、と主張することが多いものです。以上の2点の理由で、「原因はトラウマでした」というあなたの見解には大きな疑問があります。少なくとも、そのまま受け入れることはできません。
これを前提として、以下の回答をお読みください。

(1) 勝手な思いですが、がん患者の最善の治療方法はがんの全摘手術ですが、妹を苦しめている存在のがんは両親に該当します。
怒りの対象物から離す意味で端に距離的に妹を両親から隔離しても解決しないでしょうか。


意味がないとは言いませんが、解決はしないでしょう。
そもそも「妹を苦しめている存在のがんは両親に該当します」という認識が根本から誤っている可能性があることは、上記の通りです。

(2) 本人は以前から「海」が好きでその近くに住みたいと断続的に訴えますので、その都度家族が具体化しようと相談を持ちかけると、独りで家族から遠く離れて生活するのに不安感を持ち、実行しようとしません。望み通りにした場合、「家族の協力」が欠かせないとおっしゃっていますが、身近に居ての「家族の協力」が出来なくなった場合、病状に良いか悪いか、どのような影響がありますか。

それが妹さんの本当の望みかどうかに、大きな疑問があります。

母が夕方行って、食事の世話をして泊まって朝帰りすることが多く、

このような事実をはじめとして、妹さんがご家族に依存していることは明らかです。そして依存しつつその対象を攻撃するというのは境界性人格障害では非常によく見られる行動パターンです。
そもそも「海が好きだから海の近くに住みたい」というのは、27歳の人間にしては幼稚な望みと言わざるを得ず、それをまともに検討しようというご家族は、すでに境界性人格障害特有の操作性に踊らされているとも解釈できます。

(3) 「境界性人格障害の中には治療が困難な人が多いが、すべての人の治療が困難というわけではない」とおっしゃっていますが、「すべての人の治療が困難というわけではない」という言葉はどんな人のケースをいうのか教えてください。

それは下記(4)にあなたが書いておられる通りです。

(4) 治りやすさ(改善しやすさ)という観点からは、「他人から良い面を吸収できるかどうか」であり、「良い面を受け入れられる人は、自分の症状や問題を客観的に見ることができるので、自分を変えていくことがかなり可能です」と林先生は【0055】に書いていますが、「他人から良い面を吸収できるかどうか」ということは、「人には良い面と悪い面がある」ことを理解できることと意味が同じでしょうか。

同じではありません。しかしそれはともかく、「理解できる」と本人が言っていることと、本当に理解していることとは、ほとんど何の関係もありません。

一方、妹は「自分の症状や問題を客観的に見ることができる」については、思い込みは激しいのですが問題によってはかなり出来ます。

出来ないよりはいいのは確かです。しかしこれも上記と同様で、「本当に客観的に見ることができる」ということの意味が問題です。客観的に見ているように口ではうまく話すことができる、しかし実際にはとてもそのように見ているとは思えない行動をする、そういう場合、これを「知的洞察」と言います。俗にいう「頭ではわかっているけど・・・」というのにほぼ相当します。境界性人格障害の方の多くは知能は高いので、知的洞察においては優れていることが多いものです。しかし残念ながらそれは現実の人間関係には役に立たないのです。

(5) 「治ると信じること」が大切で、「本人の治りたい意思の強さが問われる」と言われますが、本人の自覚でいえば非常に勉強しています。その結果、治るのが困難な病気と理解しています。従って、健常者の言葉で言いかえれば、自暴自棄的になり、医療・医師への不信と親への恨みの罵詈雑言に埋没しています。

これは境界性人格障害の典型です。
そしてあなたの認識は誤っています。勉強し、病気について理解している、「従って」このような状態になっている、そうではありません。今の状態と、病気についての理解(これも知的洞察ですが)には、因果関係はありません。

本当にどうしたら良いでしょうか。毎日、メールで恨みや追求がありますが、その都度返事をしなければいけませんか。それとも時々は無視してもよろしいでしょうか。

境界性人格障害の方への対応の原則の一つは、周囲の方々が対応を統一するということです。どのレベルで統一するか(つまり、一切返事をしないというレベルから、すべて返事をするというレベルの中間のどこかのレベル)を決めることが必要です。「時々は無視する」というような曖昧な対応は、(こういう言い方は好ましくないし、したくないのですが、わかりやすい表現としてあえて致しますと)、境界性人格障害の方の思うつぼで、周囲の人々は意のままに操作されきりきり舞いすることになります。
対応をどのレベルで統一するかは、主治医の先生に相談して決めるのが最善だと思います。(もし現在主治医が不在なのであれば、まずその事態から改善しなければ何もはじまりません)

(6) 先に触れましたが、医療・医師に不信感を持ち、家族とも敵対関係にあり、誰の言う事も聞きません。以前は治療に良いと思う本や情報で知り得た専門家の意見を話し合っていましたが、現在は「皆が治そう治そうとするのが私を追い込んでいるのだ!」と怒っていて恨まれてしまいます。どうやって再度治療の現場に戻したら良いでしょうか。

これもよくあることです。対策は主治医の先生にお聞きください。

・・・とお書きすると、突き放されていると感じられるかもしれませんが、上記「以前は治療に良いと思う本や情報で知り得た専門家の意見を話し合っていました」が、すでに対応の誤りであったと考えられますので、あえてこのように回答しました。つまり、いろいろな情報源からの知識をもとに対応することは、境界性人格障害の方に対してはしばしば不適切で、状態の悪化を招くもとになります。というのは、多くの情報源に頼ると、「対応を統一する」ということが、どんどん困難になるからです。対応を統一できなければ、その時点で境界性人格障害との付き合いは失敗です。逆に、一人の主治医の方針に統一すれば、たとえその方針が多少は偏ったものであっても、「統計的に正しい」方針よりは、境界性人格障害に対してはより良いものです。境界性人格障害の家族カウンセリングルームの冒頭に「まず誰に治療を受けるか決めてください」とお書きした意図はそこにあります。

(7) 結論的にはこの病気は「35歳を過ぎるころから軽快し、40歳以上の患者はかなり少なくなる(理由は自然治癒力と衝動的エネルギーの枯渇によるところが大きいと言われる)」という説がありますが、真実でしょうか。

真実です。但しカッコ内に書かれた「理由」なるものは、ほとんど根拠がありません。というより、この「理由」をよくお読みいただくと、実は何の内容もないことが読み取れるかと思います。つまり年齢による経過はあくまで統計的事実にすぎず、なぜこのような経過をたどるか、その理由は不明だということです。そしてこの理由が解明されていくことで、境界性人格障害の方に真に有効な治療法の進歩にもつながることが期待されています。


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