精神科Q&A

 【1075】病気ではないと診断された弟が自殺してしまいました


Q: 私は31歳主婦です。半年前に弟が23歳で自殺しました。遺書はなく原因は不明です。弟は昨年就職したのですが2ヶ月で辞め、自ら「自分はうつ病かもしれない」と言い出して大学付属病院の精神科を受診しました。問診には母も立ち会って全て聞いたそうです。たった一度の短い診察で「うつ病ではない、治療や服薬の必要はない」と先生に言われて帰ってきました。
 弟は「仕事が続かず外出や対人関係がつらいのが病気のせいではないのなら自分で努力する」と新しく仕事を見つけて頑張っていました。弟は一人暮らしで実家を嫌っていたのですが、お正月は自ら実家に帰ってきました。笑顔で手をふって帰って、それから一月も経たずに首をつりました。最後に弟を見送ったのは私達夫婦です。何かサインを見逃したのではないかと今でも自分を責め続けています。最近になって思うのは、医師の診断は誤診だったのではないかという事です。誤診でなくても一ケースとして弟の死を伝えて今後の診察の参考にしていただきたい、と思っているのですが、連絡を差し上げるのは失礼でしょうか?  病院は分かりますが主治医はわからず、母は教えてくれません。そもそも成人男性の診察に母親が側についているというスタイルは正しいのでしょうか?
 弟は仕事を始めてすぐ「会社の人全員が俺の悪口を言っている」と被害妄想のような事を言って退職、を繰り返していました。電車に乗るのが怖くてどんなに遠くへ行く時もバイクで移動していました。思い出されるのは、お正月一人暮らしの自宅へ帰る際に異常なまでに鏡の前で身支度を整えていた姿です。夜中でしたし、まっすぐ帰ると言っていたし、バイクで帰るためヘルメットをかぶるのに何故?と見ていてこわかったです…現場になった弟の部屋へ行きましたが、干したばかりの洗濯物があって、本人も死ぬつもりはなかったように感じました。弟を心から愛していました。助けられなかった事を悔やんでも悔やみきれません。自分が立ち直る為にも弟に何が起こったのか知りたいです。亡くなった後遺族が生きていくためになら弟の主治医は診察内容を教えてくださるでしょうか? 話を全て聞いたはずの母は、ショックで当時の事は思い出せないそうです…私も未だにショックで子育てがツラいです…よろしくお願いします。


林: 弟さんは統合失調症だったのだと思います。そう判断できる第一の根拠は、

弟は仕事を始めてすぐ「会社の人全員が俺の悪口を言っている」と被害妄想のような事を言って退職、を繰り返していました。

という事実です。20歳前後の方に、このような被害妄想が出た場合、もっとも考えられるのは統合失調症です。ご本人は被害妄想に加えて言葉では表現しにくい不安や緊張を自覚しておられることも多く、そのため自分がうつ病ではないかと考えることもあります(統合失調症 --- 患者・家族を支えた実例集 --- のp.40にある ケース3がその例です)。ご家族からみてうつ病ではないかと疑いを持たれることもよくあります。また、

電車に乗るのが怖くてどんなに遠くへ行く時もバイクで移動していました。思い出されるのは、お正月一人暮らしの自宅へ帰る際に異常なまでに鏡の前で身支度を整えていた姿です。

このように人を避けたり、自分の外見に異様に気を使うようになるというのも、統合失調症ではよく見られる症状です。【0946】もご参照ください。

 そして、統合失調症では、特に初期には予期せぬ自殺が多いのです。【0688】【0632】が、この【1075】に近い例といえるでしょう。また、【0946】のその後の【0999】もそれにあたります。
 ただ、この【1075】が【0688】【0632】のケースと異なるのは、病院を受診したのにもかかわらず、病気でないといわれたという点です。

最近になって思うのは、医師の診断は誤診だったのではないかという事です。

そうです、これは誤診です。この医師は統合失調症を見落としたのです。
 けれども、この誤診が医師の技術不足や不注意によるものだったのか、避け難いものだったのか、それはわかりません。初期の統合失調症の診断は難しく、ときには不可能といえるケースもあるからです。
しかしながら、上にお書きしたような、被害妄想や、容姿への強いこだわりなどがあることが、医師に伝えられていれば、統合失調症の疑いがあるという結論は、精神科医であれば比較的容易に出せるはずです。これは推測にすぎませんが、弟さんは医師にもっと漠然と対人関係の困難さや抑うつ感などをお話ししたのにとどまったのではないでしょうか。だとすれば、診断は困難だったでしょう。(もっとも、それでもこの年齢の方に対人困難や抑うつが現れた場合、統合失調症のはじまりを疑うことは出来たはずともいえますが、結果論にすぎないかもしれません)

最後に弟を見送ったのは私達夫婦です。何かサインを見逃したのではないかと今でも自分を責め続けています。

統合失調症の初期には予期せぬ自殺が多い、とお書きしたように、この時期に自殺のサインを感知することは不可能といっていいくらい困難なことです。あなたに落ち度はありません。

誤診でなくても一ケースとして弟の死を伝えて今後の診察の参考にしていただきたい、と思っているのですが、連絡を差し上げるのは失礼でしょうか? 

失礼ということはありません。けれども、これは結果的には誤診ですから、ご家族から自殺の連絡が入ると、医師の側としてはクレームをつけられていると感じ、今後の診察の参考ということ以前に、やむを得ない誤診であったという説明が前景に出るばかりになる可能性が高いと思います。ですから、連絡することがプラスになるかどうかは何ともいえません。
 ただ、このようにここに掲載させていただくことで、今後、統合失調症がご家族の中のどなたかに発症したケースの方々にとって、このうえなく貴重な参考になると私は信じています。

そもそも成人男性の診察に母親が側についているというスタイルは正しいのでしょうか?

精神科ではご家族からの情報が非常に貴重なことが多いので、診察を受ける方が成人であるなしにかかわらず、正しいといえます。
 そして、弟さんが退職を繰り返していた理由が被害妄想的な言動であったことをお母様が認識されていて、それを医師に伝えていなかったとすれば、非常に申し上げにくいことですが、逆にそれを伝えていれば、診断や対応は変わっていたかもしれません。

以上が厳然たる事実ですが、

話を全て聞いたはずの母は、ショックで当時の事は思い出せないそうです…

以上をお母様にお伝えするかどうかは慎重にご判断ください。


その後の経過(2007.2.5.)


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