精神科Q&A

【0688】14歳のある日突然自殺してしまった息子


Q:  私は40代の女性です。息子をほぼ出産すると同時に離婚し、両親の助けを得ながら、父親なしで育ててきました。目の中に入れても痛くない程かわいい、というのはこういうことか、と私も両親も息子を心より大切に思い、まさに掌中の玉のように大事に育てていましたが、同時に甘やかしてやっぱり父親の無い子は....と言われないように、要所では厳しく育てて来たつもりでした。その甲斐あってか、小学校の時は、近所でも有名になるほど成績もよくスポーツもよくでき、礼儀も正しく、他人にたいしてよく気配りのきく、いわゆる典型的な良い子でした。中学校受験も無事に希望していた学校に合格し、進学校にしてはめずらしく強かったサッカー部に入り、部長として活躍し、まさにこれ以上ないほど輝いているように見えましたのに、去年の今頃、14歳の時、 夏の暑い日に本当に突然自分の腹部を包丁で刺して、あっと言う間に亡くなってしまいました。 

 その直前には、学校主催の臨海学校があり、そこで息子は、後から分かったことですが、普段から気の合わない数人と同グループで、無理に自分を合わせトランプをしたり、夜中に校則を破って外に出て夜明かしをしたりしたようです。そこで息子は、あの子にしてはめずらしくぎすぎすした物言いをしたようで、その気の合わなかった友達が、それをネタにして皆を笑わせたりしたようなのです。そこらへんから、どうも息子の様子がおかしくなっていったようで、外から見てもふさぎ込んでいるようで、どうしたの?と聞いてもいや、何でも無い、と弱々しく笑ってみせたようです。帰って来てからも様子がおかしくて、友達ともめてしまった、と言って頭を抱えて悩んでいたようです。(ようです、というのは、私は仕事で日本にいなかったのです。)

 死後ものすごく興奮した状態で書かれたメモが見つかりました。普段理路整然と話せるあの子が、めちゃくちゃな文章を書いたり、消したり、それはもう支離滅裂な、文章になっていないような文章で、その喧嘩をした相手の事をかなり激しく攻撃する内容の文章でした。それから、自分が自分の限界まで考えて考えて書いた、ということが書かれてありました。こんなところで犬死にするなんて、とも書かれてありました。あの子が他人を攻撃するなんてことは、それまで一切あり得なかったことだったのです。その一方で、その喧嘩をした相手に電話をしていて、「僕、反省しているからこれからも友達でいてくれる?」と言い、私の両親に、もう大丈夫、仲直りしたから、と言って、しばらくしてみたら、自分で腹部を刺して、はらわたまで外にでている状態で血だらけで転がっていたそうです。そこまでの興奮の中で、この電話には盗聴器が隠されている、とか、喧嘩の相手に殺される、とか、口走っていたそうです。 

 息子は、病気だったのでしょうか。死後ほぼ一年にもなろうとしていますが、毎日がつらくて、私自身鬱の状態になり、もうできるだけ長くベッドで寝ていたいと思い、自死を願わない日はありません。時々激しく死にたい気持ちになり、特急電車の通過駅で何台か電車を見送り、それでもあと一歩が踏み出せない状態が続いています。家でも、あそこに息子の柔道着の紐をかけて死のうか、と思わない日はありません。 

 私にしては、訳のわからぬままにまさに掌中の玉を持って行かれ、生きる気力を失ってしまっているのです。息子の死に病気が関わっていたのであれば、それは又別の苦しみになるのでしょうが、まだ納得ができるように思えます。先生、今回のこの不思議な事件は何だったのでしょうか。 


: この方からは何回かメールをいただきました。悲しみをお察し申し上げます。ここでは事実のみお答えします。

 突然の自殺の場合、当然のことながら本当の理由はわからないものです。何の徴候もなかった、しかし一人悩んでいたに違いない、あるいは、精神疾患にかかっていたに違いない、のような推測はしばしばなされますが、どれも推測にすぎません。本当の理由がわかるはずがありません。

 ただ、自殺企図から偶然一命をとりとめた人にあとから理由をお聞きすることが、精神科の臨床では時々あります。(この場合、その自殺企図が本当に死ぬつもりだったのか、それとも救いを求める気持ちでしたものかということがまず問題になります。これは、自殺企図の方法からある程度はわかるものです)
 そして、「周囲が全く予想していなかった突然の、本当に死ぬつもりであった自殺企図」では、その時に幻覚や妄想が激しい状態だったということがわかることが大部分です。特に十代、二十代の若い年齢の方ではそれがいえます。
 これは、統合失調症(精神分裂病)の発症と判断できます。(ただし、発症してからの期間が非常に短いと考えられますので、診断基準的には短期精神病性障害ということになりますが)

【0688】のケースも、もっとも考えられるのは統合失調症(精神分裂病)の発症だと思います。

そこまでの興奮の中で、この電話には盗聴器が隠されている、とか、喧嘩の相手に殺される、とか、口走っていたそうです。

これは、統合失調症(精神分裂病)性の被害妄想の存在を強く示唆する言動です。

 また、臨海学校から自殺に至るまでの日々の、それまでの本来のこの方とは違った言動も、統合失調症(精神分裂病)発症初期の状態として矛盾はありません。

 統合失調症(精神分裂病)では、このように、治療を開始する以前に最悪の結果となってしまうことがあります。ですから統合失調症(精神分裂病)の疑いがあれば、できるだけ早期の治療がすすめられるのです。けれども、【0688】のようにきわめて急速に経過してしまうケースでは、現在のところ、残念ながら対策はないと言わざるをえません。


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