精神科Q&A
【0896】娘が統合失調症初期と診断されたが、薬は本人の意思でと言われた
Q:
娘27歳(独身)のことでご相談させていただきます。
1年前から派遣社員として勤務をはじめ、数ヶ月してから被害妄想、幻聴などの症状が出始めました。
主に、職場の方々から悪口を言われている、自宅やロッカーに盗聴器がある、マスコミに付狙われている、などです。
結局、6ヶ月ほどで家族の説得と自分自身の判断もあり退職することができました。
退職してから今日現在まで約6ヶ月経過です。
その間、われわれ家族は当初こそ本当に娘が被害にあっていると信じて疑わなかったものの、相談したある方から「統合失調症」の存在を教えられ、まさかとは思いながら本やネットなどいろいろと調べていくうちに、間違いないという思いに至り、娘に受診を薦めました。
しかし娘はかたくなに拒否し、病職もあるのかないのかよくわからないまま、引きこもりがちとなり、食事もまともにとらなくなっていきました。
会社を辞めて半年ほどして、外来にいけないのであらばとのことで、母親のホームDr(内科・小児科)に往診いただき、そのDrの勧めでようやく精神科にかかることができました。
そこでの診断は、「初期の統合失調症の可能性がある」との微妙なものでした。
かつ薬については、服用を勧められるものの、一方で
「本人の意思がなければ今すぐ服用は必要ない、このまま自然体で治癒する可能性もある」との内容でした。
「万一気になる症状が出たらすぐに知らせてください」が結論でした。
ちなみに脳についての検査は異常なしでした。
現況としては、薬は一度も服用していない、
夜はもともとぐっすり眠れる(信じられないことですが、本当に眠れていたそうです)
幻聴や妄想もありません。幻聴や妄想は通算で長くて4から5ヶ月間位です。ただし、最近では時々耳に耳栓を入れており、それは何かと訪ねると、はっきりとした答えはえられませんでした。幻聴防止か聞きましたが、それはない、と断言します。(嘘のような感じはしません)
また当時勤めていた会社の「ある上司」だけは、理由は話しませんが、絶対に許せない、ようなことを言います。
長くなりまして申し訳ありませんが、ご相談としましては、薬の服用なしで大丈夫なのでしょうか?
耳栓は病的な症状の表れでみられる行為なのでしょうか?
何とぞ教えていただければと思います、よろしくお願いいたします。
林: 娘さんは統合失調症(精神分裂病)だと思います。そしておそらく現在も幻覚妄想があるのでしょう。直ちに薬物療法を開始することをお勧めします。
「初期の統合失調症の可能性がある」
「本人の意思がなければ今すぐ服用は必要ない」
これらが、仮に言葉通りだとすれば、この医師の見解には賛成しかねます。というのは、
1年前から派遣社員として勤務をはじめ、数ヶ月してから被害妄想、幻聴などの症状が出始めました。
主に、職場の方々から悪口を言われている、自宅やロッカーに盗聴器がある、マスコミに付狙われている、などです。
これらは統合失調症(精神分裂病)の典型的な症状で、しかもそれが6ヶ月近く(あるいは、というより、おそらく、それ以上)続いているからです。
「初期の統合失調症の可能性がある」
というのは、たとえば【0840】、【0727】などのように、幻覚や妄想があるか否かはっきりしないケースで言えることであって、この【0896】のように明らかな幻聴と被害妄想が一定期間続いていれば、統合失調症(精神分裂病)の診断はほぼ確実と言えます。
もっとも、統合失調症であっても、
「このまま自然体で治癒する可能性もある」
という見解は正しくないわけではありません。ただしその可能性はきわめて低いことを認識していなければなりません。現実には自然に治癒するよりも、悪化していく可能性のほうがはるかに高いです。そして、悪化すればするほど病識は失われるので、本人の意思で薬を飲むことはどんどん難しくなります。ですから、
「本人の意思がなければ今すぐ服用は必要ない」
というのは、不合理だと思います。
もっとも、服薬はできる限りは本人の意思ですべきだということについては私ももちろん異論はありませんが、「本人の意思がなければ今すぐ服用は必要ない」とまで言うと、これは現実から目をそらした奇麗事と言わざるを得ないでしょう。
ただし、この医師が正確にはどのような表現をとられたのかは私にはわかりません。
さきほど私が、
「本人の意思がなければ今すぐ服用は必要ない」
これらが、仮に言葉通りだとすれば、
という回りくどい言い方をしたのはそのためです。実際に発せられた言葉を文章に書くときは、どうしても言葉通りには書けなかったり、書けたとしても前後の状況によって実際とはニュアンスが大きく変わったりするので、正確なことはわかりにくいものです。私がさきほど
この医師の見解には賛成しかねます
と言ったのは、あくまでもご質問のメールの文章通りの言葉が医師から発せられたと仮定した場合にすぎません。
以上のように、娘さんの診断は統合失調症で、最初に診察を受けた時点で薬物療法を開始すべきだったと私は考えます。そして現在の状態ですが、
幻聴や妄想もありません。
とあなたはおっしゃっていますが、【0874】でも述べたように、幻聴や妄想の有無はそう簡単に判断できるものではありません。
最近では時々耳に耳栓を入れており、それは何かと訪ねると、はっきりとした答えはえられませんでした。
幻聴がある場合、耳をおさえたり耳栓をしたりするというのは、頻度としては少ないものですが、この方のように、以前確かに幻聴の既往があり、そしていま耳栓をすることの理由が他に見当たらない場合は、幻聴に対応する行動と解釈できると思います。(余談ですが、ムンクの有名な作品に必死に耳を押さえている人物を描いた「叫び」という絵がありますが、これは、幻聴体験を描写したものという説もあります)
幻聴防止か聞きましたが、それはない、と断言します。(嘘のような感じはしません)
「嘘のような感じはしません」というのは、このような場合、幻聴がないという判断の根拠にはなりえません。
したがいまして、娘さんは統合失調症であり、現在も幻聴は続いていると判断できます。おそらく被害妄想も続いているのだと思われます。
長くなりまして申し訳ありませんが、ご相談としましては、薬の服用なしで大丈夫なのでしょうか?
大丈夫ではありません。
耳栓は病的な症状の表れでみられる行為なのでしょうか?
そうだと思います。おそらく今も幻聴があるのでしょう。
この回答の冒頭に申し上げたとおり、直ちに薬物療法を開始することをお勧めします。
適切な薬物療法をしなかったことによる重大な帰結の例としては、【0440】、【0380】などをご参照ください。