精神科Q&A

【0275】私はほんとうに病気で、抗うつ剤の服用が必要なのでしょうか


Q:  私は2年前の3月に初めて精神科にかかった者です(38歳女)。最初の年には一時抗うつ剤の点滴もしましたが、それ以外はずっと抗うつ剤を服用して治療を続けてきました。先生にはっきりした病名を訊いたわけではありませんが、抗うつ剤を服用するのだからうつ病なのだと思っていました。うつ病は治るのに数ヶ月はかかると聞いていたので、最初のうちは素直に薬を服用していました。けれども、1年近くたって、治療し始めた頃よりも症状がずっと軽くなったと自分で感じるようになってからも、先生から治癒したと言っていただけず、いまだにその医院に通っています。そんなある日、林先生の擬態うつ病を読みました。すると、私のように数週間や数ヶ月の単位を超えて続くものはうつ病ではない可能性があると書いてあるではありませんか。そこで先日、精神科に行った時に「私はうつ病なのでしょうか?」と先生に質問をしてみました。お答えは「もしかすると抑うつ神経症かもしれない」ということでした。私が「うつ病でないかもしれないのに抗うつ剤を服用するのですか?」と尋ねると、「うーん、そこが難しいところなんだよね」というお答えでした。そして同じようにいつもの薬が処方されました。私としては、今までうつ病だと思い、治るまでと思って副作用もある薬を真面目に服用してきたのです。けれども神経症ならば、病気ではなく気の持ちようだと書いてある本もあります。もし私が気の持ちようでなんとかなるなら、薬などに頼らず自分の意志で改善したいのです。それにうつ病は休養が必要だそうですが、神経症ならばそうではないと聞きます。私のかかっている先生に尋ねたところ、私の場合には休養は特に必要ないとのことでした。早く治そうと思って、可能な時は休養をとるよう努め、夫にも世話をかけたのに、今までやってきたことは無駄だったのかと悲しくなります。
 私はほんとうに病気で、抗うつ剤の服用など、うつ病の治療が必要なのでしょうか? ちなみに最初は、風邪のような症状が出て、以来微熱が下がらずいろいろ検査をして2ヶ月を経過した頃、内科の先生に精神科をそれとなく勧められ、通うことになったのです。当時は、家事もままならないほど体がだるく、仕事はもちろん、好きな音楽も聴きたいと思えず、気分の重い日がずっと続いて、確かにうつ病だと言われたら否定できない症状だったと思いますが、現在は、なんとなく体がだるいだけで、以前のように仕事をバリバリやる気が起こらなくて困っています。歳をとったのではないか、怠け癖がついたのではないかと心配になり、はては薬の作用で本来の気力がそがれているのではないかとまで疑ってしまう自分に気づいていやになります。病気でないなら、いちはやく自分の力でなんとかして、健康的な生活に戻りたいのです。現在処方されている薬はノリトレン75ミリ/日です

: うつ病が治療により良くなったものの、なかなか完治とまではいかない場合には、単純に考えると二種類のケースがあります。すなわち第一は、うつ病がまだ治りきっていないというケースです。第二は、うつ病は治っているが、うつ病とは別の原因で落ち込みなどが自覚されているというケースです。
 もっとも、単純に考えると確かにそうなりますが、実際にはどちらとも判断がつかないケースも非常に多く、そもそも治っている・治っていないと二つに分けることができるかどうかということについても問題があります。
 ですから、あなたのご質問にお答えするのは、一般論としても非常に難しいものがあります。
 さらにあなたの場合は、そもそも最初の状態がうつ病だったのかどうかということもわかりませんので、さらに複雑になります。しかしそこから話を始めるとあまりに複雑多岐になりますので、ここでは一応少なくとも治療開始の時点では間違いなくうつ病であったと仮定することにします。(当初は抗うつ薬の点滴を受けておられたとのことですので、うつ病と診断されていた確率が高いと思います。また、もともはバリバリ働いておられたという記載も、病名はうつ病であったという判断に傾く理由になり得ます。つまり擬態うつ病ではないと仮定します)
 そうしますと、今のあなたの状態は、この回答の最初に戻って、(1) うつ病がまだ治っていない (2) うつ病そのものは治っている のどちらかということになります。(一応単純にそのように考えるということです)
 この二つを区別するポイントのひとつは、今のあなたの症状が、もともとずっと前からある程度は自覚されていたのか、それとも今回うつ病の発症後に出てきたのかということです。うつ病の発症後に出てきたのであれば、うつ病の症状と考えるべきでしょう。だとすると、現在飲んでおられるノリトレン75ミリという量は少なすぎると判断できます。うつ病の医学部講堂に書いた通り、うつ病が長引く最大の原因は抗うつ薬の量が少なすぎることですので、増量または他の薬への変更が適切だと思います。(もっとも、これまでの抗うつ薬の処方経過が不明ですので、これが本当に適切かどうかはわかりません。副作用などのために増量できないというケースもあり得るからです。また、もっと重要なことは、「今のあなたの症状」というものが何かということです。

治療し始めた頃よりも症状がずっと軽くなったと自分で感じるようになってからも、先生から治癒したと言っていただけず

とあり、一方で

なんとなく体がだるいだけで、以前のように仕事をバリバリやる気が起こらなくて困っています

と書かれていますが、これはご自分としてはいま感じられるだるさは病気ではないと思っているのに、医師が治癒と認めてくれないということなのでしょうか? だとすれば、抗うつ薬を飲み続けるよう指示されているのは、再発防止のためとも考えられます)
 うつ病の発症後に出てきた症状が残っている場合は、上記のように、うつ病が治りきっていないと考えるのが論理的ですが、実はそういう場合に、「うつ病が神経症化した」と医師が判断することがあります。確かに、うつ病は治ったように見えても、何となく完治といえるほど元気が出てこない場合、客観的には神経症のように見えることも多く、「神経症化した」という表現はしっくりくることもよくあります。しかし「神経症化した」という言い方は、治療が不十分だったり、治るはずのうつ病がなかなか完治しない時の医師の側からの言い訳として使われることも多いので、本来はそういう言い方をすべきではないと私は考えています。やはりいったんうつ病と診断したからには、完治を目指すのが医師の役割だと思います。
 
 うつ病の発症よりずっと前から、ある程度の落ち込みがあった場合には、単純に考えればそれは病気ではなく、したがって薬で治療するのは意味がないということになります。この場合には、

病気でないなら、いちはやく自分の力でなんとかして、健康的な生活に戻りたい

とあなたがおっしゃる通りです。
 しかし、これも実はそう単純にはいきません。「ずっと前からの落ち込み」の時期は、実は軽いうつ病が発症していたのかもしれません。また、もともと性格的に抑うつ傾向のある人にうつ病が発症した場合、これをダブル・デプレッションdouble depressionと呼ぶ考え方もあり、その場合には「もともとの性格」というものをどう考えるか(つまり、それを既に病的であったと考えるかどうか)など、まだまだ未解決の問題が残されています。
 やや話がそれますが、このような複雑な問題を追究していくと、どうやっても正確な診断をすることは出来ないという結論に達してしまうため、現時点では表面的な症状を最大限重視して診断するというのが、一応国際的に認められている方法です。これについては医学部講堂・現代のうつ病の診断でも解説してあります。

 あなたの現在の症状にも、上記のような問題があるのだと思います。あなたの先生の「抑うつ神経症なのかもしれない」という回答の意味するところは、色々考えられます(抑うつ神経症という病名は、正式には使わない傾向にありますが、実際の臨床ではよく使われています)。うつ病という病名を告げるのを避けているのかもしれません(うつ病という病名に過大なショックを受ける人もいるからです)。はじめから抑うつ神経症と診断していたのかもしれません。神経症化していると判断されているのかもしれません。
 あなたの診断名はメールからでは想像の域を出ず、到底わかり得ませんが、ただひとつ言えることは、

うつ病でないかもしれないのに抗うつ薬を服用するのですか?

という質問は必ずしも正しくないということです(質問そのものに正しいも正しくないもないのですが、この質問の意図としては、「うつ病でないかもしれないのに抗うつ薬を服用するのはおかしいのではないか」という疑問があったと私は仮定しています)。確かに、抗うつ薬が鮮やかに効くのはうつ病以外ではほとんど無いことですが、抗うつ薬はうつ病以外の気分の落ち込みにもある程度は有効性がありますので、うつ病でなければ抗うつ薬を飲むべきでないというのは必ずしも正しくないのです。ですからこの質問に対する「うーん、そこが難しいところなんだよね」という回答は、不合理でも逃げでもありません。このあたりの問題については擬態うつ病にも書きましたので、もし機会がありましたらまたお読みください。

 以上のように、うつ病がある程度よくなった時点での判断については、非常に複雑な問題があります。上記の回答は、それでも単純化したもので、本当はさらに複雑な問題があります。これは、症状そのものが診断の決め手になるうつ病という病気に必然的に伴うものであるとご理解ください。


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