精神科Q&A

【1600】仕事を休んで旅行を楽しんだりしている同僚は新型うつ病でしょうか


Q: うつ病によって会社を休職中の同僚A(30代・男性)についての相談です。一人暮らしをしています。私は職場の元同僚です。Aは数年前にいた別の職場で、人間関係(社内や私的な人間関係など)のトラブルにより心身消耗したようで、心療内科を受診し、うつ病と診断され、休職することになりました。その時は、食欲不振、不眠、何もないのに急に悲しくなって泣き出すなど、よく言われるうつ病の典型的な症状を発症しておりました。
 休職後、数か月して落ち着きも出てきたため、復職したのですが、しばらくすると、不眠の症状がまた出始め、夜眠れずに朝寝坊をしてしまうことを繰り返して、休みがちになりました。その後、気分障害のような症状は消え、食欲不振はなくなり、むしろ食べ過ぎと思われる肥満になっていました。心療内科にはずっと通っていて、不眠や、たまに気分が落ち込むなどの症状を訴えており、何種類かの薬を処方されて飲み続けていました。
 昨年の春からは、朝起きられずに会社を休んでしまうことが多くなり、主治医と相談のうえ、再度休職して治療に専念することになりました。その時の症状は、12時前後に就寝するが、2時〜3時頃に目が覚めてしまい、それから朝5時過ぎまで眠れない、とのことでした。その後、寝てしまうことが多く、起きたら8時になってしまうこともあるとのことでした。そのため、出社しても眠気が強く、居眠りをしてしまうことが多々ありました。

ところが、再休職が決まった直後から、旅行や、あちこちに出かける予定を立てて、さも長期の休みが取れたかのような行動を始めました。休職前にも、「休みに入ったらここに行ってみる」などと周囲に話すなど、本当に病気による休職のつもりなのだろうか?と不審に思ってしまうほどはしゃいでいました。さらに、再休職する少し前から、金遣いが荒くなり、一見不要と思えるようなものをクレジットカードやローンで買っていました。周囲の人が見かねて注意しても、本人は「貯蓄がちゃんとあるから」「こうすると得をするから」と聞く耳を持ちません。旅行についても、一度や二度ではなく、月の半分、家をあけているようなこともありました。本人は「無性に悲しくなるようなことや、死にたくなることはあまりない」と言っていましたが、やはり眠れない、起きられないので自分はうつ病だと言い、旅行に出かけたり衝動買いするのは躁状態で、自分は躁うつ病だからじゃないかと思っている、と言っていました。とはいえ、私は知り合いに躁うつ病の人を知っているのですが、同僚Aが言っている「躁状態」と、躁うつ病の人の躁状態とはまるで別物で、にわかにAの言っていることは信じられませんでした。
 そして、しばらく時間がたち、健康保険の傷病手当金の支給が切れるころになって、復職を希望したようで、通勤練習を経て、主治医、会社の産業医、上司と面談を行い、勤務訓練(リハビリ出社)を始めました。しかし、出社時刻になっても出社しない日があり、本人によれば、やはり起きられない日があるとのこと。不眠の症状は、再休職初期とあまり変わっていなかったようです。結局、産業医と上司から「本気で復職する気があるなら、朝ちゃんと来ないとだめでしょう?」と言われたのが堪えたのか、「自分は復職できないかも」「復帰できなかったら、死ぬしかないのかな」と落ち込み、主治医の判断で復職延期になりました。その時にも「上司はうつ病のことを知っているのに厳しいことしか言わない」と言ったり、「うつ病のことを知っていて厳しいことをいう人がいて、正直非常につらい」と私や親しい知人に打ち明けていました。しかし、復職延期になったあとは、元のように、また旅行や買い物に熱中する生活に戻ってしまいました。周囲の人の反応も良くなく、林先生の本を読んだ人は「あの人(同僚A)は、擬態うつ病の一種の自称うつ病に違いない」と言っていました。本人と話をしても、基本的には職場にちゃんと復帰して働きたいという希望は持っているようですが、どうしても眠れない、朝起きられないからうまくいかない、と半ば諦めかけているようなことも言っており、私には疾病利得を目的とした「うつ病の偽装」には思えませんでした。とはいえ、典型的なうつ病とは症状は大きく異なっているように思えますので、単に薬物療法を続けていてもよくならないように思えます。うつ病の経験がある人は、「薬を減らしてみては」と提案していましたが、同僚Aは「俺は(プロである)医者の処方を信じる。」と頑として聞き入れません。いろいろ調べていて、同僚Aに似たような症状の症例が「新型うつ病」として書かれている記事を見つけました。この記事に書かれている患者と、同僚Aが非常によく似ていたのですが、ひとつ大きく違うのは、同僚A自身は復職に一応前向き、ということです。記事では「回避性・自己愛性人格障害による現代型うつ病」と位置付けていますが、このような症状は「うつ病」なのでしょうか?また、こういった症状に薬物療法を続けることに、効果はあるのでしょうか。ないとしたら、どうしたら本人にそれを伝えられるのでしょうか。Aは主治医を信頼しており、産業医や周囲でうつ病の知識がある人がアドバイス(そのほとんどは、彼に努力や気付きを促す内容です)しても、ほとんど聞く耳を持っていません。


林: このAさんで、最も考えられる病名は躁うつ病だと思います。
うつ病で仕事を休んでいると思ったら、遊んでいる。そんなケースは擬態うつ病(いわゆる「新型うつ病」も、擬態うつ病です)の場合があるというのは、この【1568】の質問者や周囲の方々のおっしゃる通りです。しかし、躁うつ病 患者・家族を支えた実例集(特に、同書のケース7「うつ病での休職中に派手に遊んでいる社員は本当に病気?」)にお書きしたように、そのような場合には躁うつ病の可能性も考えなければなりません。そしてこの【1568】のケース、

再休職する少し前から、金遣いが荒くなり、一見不要と思えるようなものをクレジットカードやローンで買っていました。周囲の人が見かねて注意しても、本人は「貯蓄がちゃんとあるから」「こうすると得をするから」と聞く耳を持ちません。旅行についても、一度や二度ではなく、月の半分、家をあけているようなこともありました。

これは、躁うつ病の躁状態と解釈できるものです。
(但し、もしAさんが、もともとこのような派手な生活を続けていた人だとすると、解釈は変わってきます。ここでは、そのような人ではなかったと仮定して回答しています)

対して【1568】の質問者は、

私は知り合いに躁うつ病の人を知っているのですが、同僚Aが言っている「躁状態」と、躁うつ病の人の躁状態とはまるで別物で、にわかにAの言っていることは信じられませんでした。

とおっしゃっていますが、このような判断はきわめて不合理かつ危険です。あなたは躁うつ病の人を一体何人知っておられるのでしょうか。同じ病気でも、人によって症状がある程度異なるのは当然で、自分の知っている一例(ないし少数例)と比べて、「これはその病気でない」と判断するのはナンセンスで、本人に対して非常に失礼なことです。そもそもあなたが知っている「躁うつ病」が、本当に躁うつ病だったかどうかもわからないことです。

同様に、

うつ病の経験がある人は、「薬を減らしてみては」と提案していましたが、

これもきわめて不合理かつ危険な提案です。同じ病気でも人によって異なる、というのは上記の通りですし、また、「うつ病の経験がある人」の「うつ病」が本当にうつ病かどうかもわからないことです。自分はうつ病だ、という人の多くは擬態うつ病ですから。

【1568】の質問者やその周辺の人たちの意見は、決して悪気があってのことではなく、Aさんのことを親身にお考えになってのこととは思いますが、残念ながらこのような浅薄な判断は、良い結果にはつながらないものです。

但し、このメールの情報がどこまで正確なものかに疑問が残ることは否めません。このメールには症状などがかなり具体的に書かれていますが、「元同僚」にすぎない質問者が、なぜここまでAさんの具体的な情報を知っておられるのでしょうか。この具体的な情報は、確実な事実ではなく、推定が含まれているのではないのでしょうか。「確実な事実」と「推定」が、区別せずに書かれているとすれば、当然ながら正確な判断・回答はできません。ここまでの回答は、あくまでもメールの内容がすべて事実であるという前提に基づいたものですから、メールの内容に不確実なものが一定以上に含まれていれば、当然回答は現実からは離れたものになります。

たとえばもし、このメールの内容のある一部が事実とは異なり、Aさんは躁うつ病ではなかったとしたらどうでしょうか。擬態うつ病の中でも、疾病利得を目的としたものに近い自称うつ病的なものだったとしたらどうでしょうか。そして、それは「うつ病」ではありません!  の中にお書きしたように、主治医はそれを承知しながらも、錯綜した理由からAさんを「うつ病」と診断し、効果不詳の治療を続けているにすぎないとしたら? そしてAさんは、自分を「うつ病」と診断してくれるからその主治医を信頼しているにすぎないとしたら?

仮にそうだとすると、今の治療を続けることは、Aさんにとって必ずしもプラスになるとは限らないということになります。上記の本のケース14「副作用のない抗うつ薬のできる日を夢見て---」にお書きした通りです。そして、【1568】の質問者と周囲の方々のアドバイスは、これに適合したものといえるてじょう。けれども本人は聞く耳を持っていない:

Aは主治医を信頼しており、産業医や周囲でうつ病の知識がある人がアドバイス(そのほとんどは、彼に努力や気付きを促す内容です)しても、ほとんど聞く耳を持っていません。

このアドバイスは、Aさんのためを思ってのことに違いありません。けれども、このようなアドバイスをすることは非常に危険と言わざるを得ません。その危うさはこの【1600】のケースに如実に表れています。端的に言えば、「病気である人を、病気でないと判断すること」は、その判断が誤りであった場合の帰結はきわめて重大だということです。したがってどうしても、誰もが安全策を取って、「病気でない人を、病気であると判断する」ことになるのは避けられないのです。いま「誰もが」と言ったのは、一般の人々から医師まで、あらゆる人を含んでいます。だからこそ擬態うつ病が蔓延している、これも それは「うつ病」ではありません! にお書きした通りです。

◇ ◇ ◇

「仮」の回答部分が長くなってしまいましたので、もう一度回答の主旨をここに繰り返します。【1600】のAさんは、躁うつ病の可能性が高いです。質問者をはじめとする周囲の方々は、曖昧な知識に基づいて、治療方針に異を唱えるべきではありません。


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