精神科Q&A

【2198】自分はノーベル賞候補なので、全世界から監視されていると悩んでいる友人


Q: 私は30代の女性です。同年代の友人のことでご相談させて下さい。 彼女とは数年前に、化学系の研究所での大学院生同士として出会い、友達になりました。その後別々の研究所で働いてきましたが、お互いそれほど友人は多くなく、互いに悩みを相談し合うような親しい仲です。 彼女自身から聞く限り、”ストレスによる心の病(と彼女は表現します)”を持っているという自覚があり、時々カウンセラーのところへ通っているようです。ですが、定期的にカウンセリングを受けていても、彼女には妄想の症状があります。実は彼女から、9年前から自分はノーベル賞候補になっていると打ち明けられています。そのために有名人になってしまい、全世界から監視されていると悩んでいます。そして、自分のファン(彼女は”おっかけ”と表現します)が列をなしてついてくるので通勤するのが辛いそうです。でも、家に閉じこもっていてもテレビやラジオを通して話しかけられるし、眠っていても、マスコミに勝手に頭の中を読まれてしまうそうです。こんなふうにプライベートの全く無い状態(彼女にとっては現実なので)ではどんなに苦しいのだろうと、心配で心配で、私も心苦しく思っていました。 そして、昨年、彼女は職を失ってしまいました。「自分に東大教授としてのオファーが来ているのに、自分を手放したくないためにそれを隠している」、と上司を攻め立ててしまったためです。ほぼ、毎日のように、私のところへメールや電話がきますが、研究がうまく進まなくなった頃から、恋愛妄想を持ち始めたようです。芸能人の木村拓哉さんが自分の運命の相手だそうで、彼との間に女の子を二人もつ事になった、と言います。それで、4人家族になるので食器を4人分に買い足したとか、今日は木村拓哉さんがベビーカーを持って自分に会いに来た、などと報告されます。

林先生のサイトで、本人が病識を持ち、治療を行う事で日常生活に支障なく生活できるまでこころの病が回復する例を幾つか読ませて頂きました。なので、私は彼女に妄想を治して現実に戻ってきて欲しいと思っていました。ノーベル賞と言わなくともそれなりに研究をやっていく能力はありますし、彼女は東大を出ているので、内容によってはできる仕事も見つかるのでは、と思うのです。 でも最近、彼女の話を聞いているうちに、私はどうするのが彼女にとって幸せなのか、分からなくなってきました。彼女が研究活動が辛くて恋愛妄想を生み出し始めたのだとしたら、病気が治っても、辛い現実と向き合うことになります。彼女のお父様はわりと有名な政治家で、彼女自身、働かなくとも生活に困る事はなさそうです。それでも、いずれご両親も亡くすのですし、木村拓哉さんが家族になってくれるわけでもなく、無職のままでは寂しくなる時が来るのではないかという心配があります。 2年前に、お父様とも連絡をとってみましたが、「少し神経質な子だから、そのうち治ってくれると良いなぁと思いながら待っている」、とのことでした。なので、彼女はまだ一人暮らしを続けています。お父様と連絡をとってから2年が経ちます。私は、まだこのままのんびり治るのを待つだけで良いのでしょうか。それとも、私が事態をもっとご両親に真剣に訴えるべきなのでしょうか。毎日のように、東大教授として自分の研究室を持った時の予定や、木村拓哉さんと話したという内容を聞いていますが、申し訳ないとは思いつつ、いずれ彼女を重荷に感じてしまうかもしれません。 長くなってしまいましたが、私自身が混乱してしまい、友人として、人としてどうするべきか分からなくなっております。ご意見を頂けないでしょうか?


林: この友人の方は統合失調症です。治療せずに放置された場合に出る症状としてはかなり典型的です。「自分はノーベル賞の候補」というのは誇大妄想で、【2195】統合失調症と思われる知り合いから、定期的に手紙などが届きます の中にも似た色彩の症状が見られます。

そして、この【2198】のケースのように、自分はそんなに素晴らしいから、組織的に監視されていたり、嫌がらせをされている、という被害妄想が出てくる場合もしばしばあります。
また、そんなに素晴らしい自分であるのにもかかわらず、世間は自分を適切に評価していないと憤慨することもあります。さらには、自分が適切に評価されないのは、自分の業績を他人が横取りしているとか、他人が妨害しているからだ、などと憤慨し、時には攻撃的な行動に出られることもあります。【2196】自分が作詞したヒット曲のお金が口座に振り込まれているはずだと言い張る兄。大声を出して近所から苦情も出ている。 は「横取り」の1例ですし、この【2198】の

「自分に東大教授としてのオファーが来ているのに、自分を手放したくないためにそれを隠している」、と上司を攻め立ててしまった

という言動は、「他人が妨害している」の一種といえるでしょう。

私自身が混乱してしまい、友人として、人としてどうするべきか分からなくなっております。

するべきことは明確でただ一つです。この方に統合失調症の治療を受けさせてあげることです。他には方法はありません。
とはいえ、友人とはいえ他人である質問者が、病識のない統合失調症の人を受診まで持っていくのは容易ではありません。【2195】統合失調症と思われる知り合いから、定期的に手紙などが届きます の回答にお書きしたように、ご家族の力で受診させていただくのが現実的です。この時、【2195】とこの【2198】の大きな違いは、お二人の親密度と、そして何よりこの【2198】ではすでに友人のお父様と連絡を取っておられることです。この時のお父様の反応、

「少し神経質な子だから、そのうち治ってくれると良いなぁと思いながら待っている」、とのことでした。

は、明らかに統合失調症という病気の無理解・現実からの目のそらし、そして問題の先延ばしにすぎず、統合失調症という病気に関する限り、問題を先延ばしにすれば病状は進み、事態は悪化するばかりです。
質問者の取るべき行動は、統合失調症という病気の事実について、この友人のお父様にお伝えし、精神科の受診をお勧めすることです。


(2012.2.5.)


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