精神科Q&A
【1852】統合失調症と思われる人に被害を受けており、警察に相談したところ、「完全には狂っていないから措置入院は無理」と言われました
Q: 私は30代の女性で夫とともに個人商店を経営しています。今回ご相談したいことはおそらく統合失調症であろう人物に実害を受けている場合にどのように対処したらよいのかを教えていただきたいのです。
Aさんは推定年齢50歳で、糖尿病の母親と二人暮し。自身もいろんな病気を抱えているらしく職業につくことができず、株のデイトレで生計を立てているようです。私たちの店は大きな総合病院の近くにあり、Aさんは2年ほど前のある日、母親を病院に連れてきた時に待ち時間が長いので散歩をしていてふらりとうちの店にやってきたのが始まりです。そこで、世間話をはじめたのですが、身の上がかわいそうなのでお茶を出してあげたりして話を聞いてあげました。するとちょくちょく来るようになって、Aさんの今までの人生のいきさつや家族構成やどこに住んでいるかなどを大体把握するにいたりました。ところが、今年の5月の半ばくらいからぱったり来なくなったので、いよいよお母さんか本人に何かあったのではないかと心配していました。ちょうど、仕事の関係でAさんの家の近くを通る機会があった主人が、9月の始めにAさんの家をたずねると、玄関先でいきなり殴り倒されたそうです。「どうしたんよ、オレだよ。忘れたのか?」と主人が言うと、「そうだよおまえだよ」と怒鳴り出し、延々と罵倒されたそうです。その内容は、毎晩夜中の2時ごろに主人がAさんの家の屋根から天井裏に侵入し騒いでいる、家の中を荒らす、車に細工をする、株の情報を盗みに来ている、と言った内容のものだったそうです。Aさんがウチに来なくなった時期と株が暴落した時期とは重なっていたようで、どうやら株で損をしたことと私たちとがAさんの中で結びついているようなのです。Aさんが警察を呼び、主人も警察官に話を聞かれて、その時は相手が病気だからということで被害届はだしませんでした。その時は2度とお互いのところへは行かないという話で終わったそうです。
それから、10月の半ばになって、頻繁に無言電話がかかるようになりました。最初はだれだかわからなかったのですが、そのうちAさんだろうな、と疑い始めた時に、Aさんの母親(どうも母親もおかしい)らしき老女の声で上記のような内容の電話が罵声とともに掛かってきて、ああ、やっぱりと思いました。それから10月の末にAさんがふらりと店にやってきたので、とても警戒しましたが、何事も無かったかのように「コーヒー飲ませてくれるか」などというので「覚えてないのか」と聞くと、主人を殴ったことはまったく覚えてないというのです。安定しているのかなあ、と思い始めたおととい、主人の留守中にAさんがやってきました。トイレを貸してくれと勝手に上がりこんできたので私は急いで娘を隣の美容室に預け、Aさんが来たことをしらせました。今日は私しかいないので帰ってくれと言ったのですが、私と話があると言ってゆずらす、また、上記のような話を延々と始めました。うちはそんなことはしていないと言うと、逆上して私を突き飛ばしました。私が無言電話のことと、主人への暴行こことを問いただすとしっかりおぼえていました。先日は様子伺いにきたのだなと思いました。美容院の人が警察を呼んでくれて一応暴行罪ということで調書は取られたようです。その日の夜警察の人が来て、Aさんの家まで行ったけどヒドイくらしぶりで、本人よりも母親が更におかしいといっていました。警察の人が言うには、完全に狂っている場合は措置入院とか出来るけど、完全じゃないから無理。それに金銭的な面でも無理だろうと言うことでした。そして、昨日はまた無言電話、今日店に行くと石が投げ込まれガラスが3枚割られていました。隣の人によると夜中の2時過ぎにガラスの割れる大きな音がしたそうです。
一応警察に届けましたがAさんという証拠は無いのでどうにも出来ないそうです。この次は放火かなと考えると怖いです。Aさんは、主人が毎晩夜中に天井裏で騒ぐので母親が不眠症になっている。母親の病気が悪化したらおまえの娘を殺す、といいました。今、まったく子供から目が離せない状態です。私たち家族が身を守るのにはどのような方法があるのでしょうか。
林: 措置入院が適切な対応です。
警察の人が言うには、完全に狂っている場合は措置入院とか出来るけど、完全じゃないから無理。
でたらめな説明です。措置入院とは、「精神障害者であり、自傷他害のおそれ」がある場合に適用されるものです。(そもそも、「完全に」狂っているとは、どのような状態を指すのか、この警察官の説明は全く不合理です)
そしてこのケースは、
玄関先でいきなり殴り倒された
トイレを貸してくれと勝手に上がりこんできた
逆上して私を突き飛ばしました。
石が投げ込まれガラスが3枚割られていました。
などの行為があり、これは他害の「おそれ」ではなく、他害そのものです。
一応警察に届けましたがAさんという証拠は無いのでどうにも出来ないそうです。
であれば、証拠写真や録音をするなどし、警察に届けてください。(けれども、「証拠が無いのでどうにも出来ない」というのは、この警察官がかかわりを避けるための言い訳のようにも聞こえますが)
統合失調症の人が実際に他害行為におよぶことは稀ですが、このケースは、
・すでに複数回の他害行為におよんでいる
・その行為は妄想に基づくことが確実
・しかも治療を受けていない(と思われる) → 妄想は悪化すると予想できる
・「母親の病気が悪化したらおまえの娘を殺す」と明言している
以上から、他害のおそれは無視できません。
◇ ◇ ◇
警察などの対応について、少々付記します。
近隣の人々が非常に迷惑している。しかし警察、保健所、役所などに相談しても動いてくれない。そういう訴えは、精神科Q&Aの統合失調症の実例、中でも特に今回(2010.10.5.)の実例(【1805】から【1870】)にも相当数みられます。その中には私が「この警察はやる気がない」「この保健所は面倒なことにかかわるのを避けようとしている」というような回答をしているものもあります。これは事実を指摘した回答ですが、必ずしも警察や保健所の対応を批判しているものではありません。
警察が動いてくださった例として【1812】の一部を抜粋します:
そんなある日、祖母と警察の人達が強行突破でドアから突入してきて私と弟は祖母の家へ――母は精神病院へ強制入院させられました。
前後の事情を知らない状態でこの一文をお読みになったら、どのように感じられるでしょうか。さらには、たとえばこの場面にたまたま出合った人がビデオで撮影し、動画の投稿サイトにアップしたらどうでしょうか。「警官が精神障害者を虐待」というタイトルでもつけたらどうでしょうか。おそらくその動画には、警官に激しく抵抗し、しかし結局は取り押さえられる女性が映っていることでしょう。動画を見た無責任な人は --- いや、無責任ではなく、単純な正義感を持った人は、というべきでしょうか、いずれにせよ前後の事情を知らない人々は、警察を非難することが当然に予想されます。
では警察の立場からしたらどうでしょうか。苦悩の限界にある家族と本人を救うため、十分に吟味して他に方法はないという結論に達し、最終的に取った強行手段なのにもかかわらず、受けた評価は激しい非難。
たとえそうであっても、それが警察の仕事だというのはもっともな意見ですが、しかし非難は避けたいという方向に傾くのは自然ですから、強行という手段に出るのはぎりぎりまで控えることになるのもまた自然です。そうしますと、たとえば【1857】などでは、まだぎりぎりの状態とはいえず、警察に動いていただける期待はしにくいでしょう。また、【1859】のように本人が二重の障害を持っておられるケースでは、無責任な傍観者の、いや、単純な正義感を持った傍観者からの非難は一層強くなることが予想されますから、警察も保健所も余計に腰がひけるのは自然でしょう。
中でも特に今回(2010.10.5.)の実例(【1805】から【1870】)で、対応策を求める質問者に対して私が、答えを明示せず、「実例を参照しお考えください」と返すのを常としている理由の一つはここにあります。それぞれのケースの微妙な事情によって、適切な対応は違ってくるからです。そして、メールの記載からは微妙な事情までは読み取れないからです。
けれども、
この【1852】は、上記のようなことを総合し十分に勘案しても、警察が動くべきケースであると断言していいと思います。質問者はすでに複数回の被害を受けており、殺すという脅迫も受けており、この隣人からさらなる他害行為を受ける危険性は切迫しています。警察が動かないのは不作為の非難を免れません。
完全に狂っている場合は措置入院とか出来るけど、完全じゃないから無理。
などというでたらめな説明で責任を回避しようとするのは言語道断です。
(2010.10.5.)