精神科Q&A

【1718】脳外傷後に抗うつ薬や抗不安薬を大量投与するのはおかしい


Q: 40代の現役精神科医師です。いつも楽しく読ませていただいております。 高次脳機能障害の専門外来をやっております。【1653】の薬物療法なのですが、脳外傷後で抑制、注意集中の低下している人に、パキシルやマイナートランキライザーを大量に使用する意図が今ひとつわかりません。とはいえ、脳外傷後の「活動性の低下」を「うつ」と診断して、大量の抗うつ薬が処方されている「現状」は、あふれるほどみていますが。。


林: ご指摘ありがとうございます。私も先生のご見解に基本的に賛同します。
 つまり、「脳外傷後で抑制、注意集中の低下している人に、パキシルやマイナートランキライザーを大量に使用する」ことには、基本的には納得できません。
 けれどもこの【1653】の薬物療法は、批判に値するまでの問題ある処方ではないと思います。すなわち、「脳外傷後の処方として、基本的には納得できないが、この【1653】のケースでは、このような処方も選択肢として考えられる」が私の見解です。

以下の説明は、高次脳機能障害の専門医である質問者に対しては礼を失するものを含んでいます。これらは、形としては質問者への回答になっていますが、実際は質問者に対するものではなく、読者の皆様への説明としてご理解ください。

脳外傷後の「活動性の低下」を「うつ」と診断して

脳外傷後に活動性がない場合、それはアパシー apathy と呼ばれる症状で、うつ病の症状とは全く違うことが多いものです。それに対して抗うつ薬を処方しても効果はほとんどありません。けれども、脳外傷後には、アパシーとは一線を画した、うつ病に相当する抑うつ状態が現れることもあります。これに対しては抗うつ薬の適応になります。
そして、この【1653】の精神症状が、うつ病に相当すると考えられる抑うつ状態か、アパシーかは、メールの情報からは判断できません。【1653】には

薬を飲んでいても強烈なうつに襲われ、動けなくなって食事もせずに一日中寝ていることがよくあります

とありますが、アパシーと抑うつ状態を、ご家族は区別できないと推定されますので、これはアパシー、【1718】の質問者の文中にある「外傷後の活動性の低下」であった可能性があります。
ただし、「反復性うつ病性障害」と診断されたという記載があり、この診断自体がここではあり得ないことは【1653】の回答に記した通りですが、症状そのものはうつ病に相当するものであった可能性が、この診断から窺われます。すると、パキシル30mg、アナフラニール30mgという処方は、適切である可能性を否定できません。

また、【1718】には

マイナートランキライザーを大量に使用する意図が今ひとつわかりません。

とありますが、これは、怒りの爆発など、衝動性の亢進に対して処方されていると考えられます。このような場合、抗精神病薬やカルバマゼピンなどの方が適切であるという見解もあり、私もそう考えますが、しかしマイナートランキライザーの処方が不適切であるとまではいえません。

さらに、

脳外傷後で抑制、注意集中の低下している人に、パキシル・・・を大量に使用する意図

については、確かにパキシルなどの抗うつ薬は抑制をむしろ外すことがしばしば指摘されていますが、ケースによっては逆に抑制を強める(衝動性を抑える)ことを報告する論文もありますので、この【1653】において、パキシルやアナフラニールの処方が不適切とまではいえません。

以上、この【1653】の処方は、明快に批判できるものにはあたらないというのが私の見解です。

私がこのサイトで他の医師の診療内容を批判する場合は、質問メールというものは常に限られた情報にすぎず、不確実な内容も含む情報であることを最大限に勘案してもなお、いくら何でもそれはないだろうと判断できるほどひどい診療である場合(最近では、たとえば【1683】)に限っています。そして【1653】はそれにはあたりません。私の回答方針については【1717】もご参照ください。

 それともう一つ、【1653】の質問者は

薬の副作用はないのか不安です。

と書いておられ、副作用の心配が質問した大きな理由の一つであることが窺えます。このような場合、よほどのことがない限り、安易に処方内容を批判することは不適切であると私は考えます。ですから【1653】で私は以下のように回答しました。

「薬の副作用はあると思います。しかし、薬を使わないことによるマイナス、すなわち、このケースでいえば、衝動性の亢進やうつの症状の方が、ご本人の生活を大きく障害するでしょう。ですから、副作用があっても、薬は飲み続ける以外にありません。」

【1718】の専門家の方のご指摘には感謝いたします。ご指摘をいただいてあらためて私は【1653】について考えてみたのですが、回答は上記の通り、変わりません。
しかし【1718】の冒頭に記した通り、「脳外傷後で抑制、注意集中の低下している人に、パキシルやマイナートランキライザーを大量に使用することは控えるべき」という見解には基本的に私も賛同します。


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