精神科Q&A
【1708】長年、気分に波があり、医師からは「何年も治らないうつ病は境界性パーソナリティ障害に決まってる」と宣言されました
Q: 私は41歳女性、主婦です。夫と子供3人の5人家族です。
5年前に、境界性パーソナリティ障害と診断され、現在は単純型統合失調症様の症状であると言われています。
10年以上にわたる長い経過をたどり、現在にいたります。長くなりますが、これまでの経過を記述します。
23才の時に、はじめてのうつ状態を経験しました。
同居していた妹がうつ状態で実家に帰ってしまったことから、私もうつ状態となりました。半年ほどうつが続き、おかしいと自覚しながらもどこの病院へ行っていいのかわからないまま通院はせず(当時はうつ病の知識が一般に知られていなかったため)会社をやめて実家に帰ったら回復し、その後交際中だった現在の夫と結婚しました。
2度目は27才次男妊娠中の時です。近所の困った主婦との付き合いがきっかけでうつ状態になりました。不安、焦燥が激しく、はじめて精神科に通院したのですが、妊娠中であったこともあり、加味逍遥散を処方されたのですが、お薬は飲まずに、またもしばらく実家へ帰ったことで軽快しました。
それから3人目が28才で生まれ、31才までは元気に過ごしました。
31才で長男が小学校へ入学したこと、3人目の母乳がとれたことで一気に開放感があり、これからは自分のことに時間を使わせてもらおうという思いから、自宅で書道教室を開くことにし、同時にインターネットをはじめました。
インターネットは、いきなりチャットにはまりいっぺんに夜昼逆転の生活となりました。
家事はほとんどできず、朝昼は寝て夕方教室、夜〜朝はネットという生活を送っておりました。同時に不安、焦燥が強くなり精神科へ定期的に通院となりました。
当時デパス、ルジオミール、メレリルの処方をされていて、しばらくは落ち着きましたが、途中でメレリルによるてんかん発作を起こしてから、薬不信になり、お薬を飲むのをやめてしまいました。病院へは通院しており、担当医から毎日一個でいいから好きな薬飲んで、といわれていても、一切薬を拒否し、この頃教室の運営も難しくなり教室を閉鎖しました。
そして薬を飲まず通院のみの生活を2年ほどすごしました。相変わらずネット依存で気まぐれな家事、不安、焦燥感のあるままほったらかしでした。
35才には、自宅で暴れて夫をののしったり、テーブルをひっくり返したりしはじめました。
その頃には実家から心配して母が来てくれていましたが、子供の頃について母をののしったり、包丁を持ち出したりひどいものでした。
きまぐれにやる家事、ネット依存による夜昼逆転の生活はずっと続いていました。
暴れ始めたのを機に、夫が一人で病院へ相談へ行き、躁転ということでO病院への入院の紹介状を書いていただきました。
私自身苦しんでおり、どうにかしたいという思いから、0病院へは素直について行きました。
入院はしたくないと考えておりましたが、新しい主治医に、いきなり「うつ病ではありませんね」と言われびっくりし「境界性パーソナリティ障害ですか」と聞くと、「何年も治らないうつ病は境界性パーソナリティ障害に決まってる」と宣言され、自分自身妙に腑に落ちて、その医師についていくことに決め即座に入院も決めました。その医師に代わってから、素直に薬を飲むようになりました。容量は忘れましたが、当時パキシル、ルボックス、リーマスを飲んでいました。
その後の3年間に5回の入退院を繰り返しました。
その間の問題行動としては、頭を剃る、ピアスをたくさんあける、大量服薬による自殺未遂など、です。躁状態のようになって100万ほど使ってしまったり、不倫したりです。このころネット依存からは抜けたようです。家事はやはりきまぐれです。
O病院でM医師と出会ってから、「境界性パーソナリティ障害について勉強するように」といわれその言葉どおりたくさんの本を読んだり、サイトを見たりして勉強しました。
投影性同一視や、見捨てられ不安などが強く、他人との境界があいまい、だったりする、境界例特有の症状を自分の中に見出しました。
そして自分でもそれを解消するように努力してきました。
そうこうしながら、38才の時に、自殺未遂による3週間の入院をしました。
退院後状態はなぜか非常に落ち着き、境界性パーソナリティ障害特有の症状は出なくなりました。
症状はうつ状態のみになり、寝たきりに近い状態での生活を1年以上送りました。
当時パキシル40、リスパダール3、サイレース、などを飲んでおりましたがうつ状態はまったく改善されませんでした。リスパダールで希死念慮を抑えていました。
40才になった頃から、寝たきりが解消されはじめ、基本的な家事はできるようになり精神的には安定してきましたが、無気力、感情の平坦化、が際立ってきました。
その頃のお薬は、エビリファイ12ミリ、パキシル40、です。
パキシルを飲んでいても無気力が治らないので、自主的に担当医と相談の上パキシルを減らし、ゼロにもっていきました。パキシルを無くしたことによるうつ状態の悪化はまったくありません。
同時に軽いパートに出るようになりましたが、人間関係や仕事の難しさ(思考力低下による)などから続かず、2,3ヶ月でやめてしまいます。
現在はエビリファイ12ミリのみです。これも効いている実感はありません。
現在の症状は、無気力、感情の平坦化、思考力の低下などです。
家事は、朝のお弁当作り、洗濯、夕食作りのみやっています。
日中用事がないと、一日中無気力で、上記の最低限の家事だけをしてあとは横になって死ぬことばかり考えています。
担当医は、境界性パーソナリティ障害のなれのはてで、単純型統合失調症のような状態になってきた、と言います。そして、この無気力にきく薬はありません、地道にリハビリのみです、と言います。
最後に質問です。私は境界性パーソナリティ障害なのでしょうか。
現在、投影性同一視や見捨てられ不安、自傷、躁状態はありません。
このような10年以上にわたる長い経過をたどり、最終的に単純型統合失調症のような状態に落ち着くということはよくあることなのでしょうか。
また、この状態からの回復はあるのでしょうか。
長くなりましたが、よろしくお願いいたします。
林: 躁うつ病(双極性障害)の可能性が強いです。診断を見直す必要があると思います。
5年前に、境界性パーソナリティ障害と診断され、現在は単純型統合失調症様の症状であると言われています。
境界性パーソナリティ障害の可能性はあります。単純型統合失調症の可能性はゼロです。【1708】の経過は単純型統合失調症とは全く似ても似つかないものです。
担当医は、境界性パーソナリティ障害のなれのはてで、単純型統合失調症のような状態になってきた、と言います。
非常識な説明です。
したがって、診断としては、躁うつ病と境界性パーソナリティ障害の二つの可能性が残ります。経過を振り返ってみましょう。
23才の時に、はじめてのうつ状態を経験しました。
同居していた妹がうつ状態で実家に帰ってしまったことから、私もうつ状態となりました。半年ほどうつが続き、おかしいと自覚しながらもどこの病院へ行っていいのかわからないまま通院はせず(当時はうつ病の知識が一般に知られていなかったため)会社をやめて実家に帰ったら回復し、その後交際中だった現在の夫と結婚しました。
これだけを見れば、うつ病が最も考えられます。しかし、躁うつ病の最初の病相がうつ状態であるとき、その時点ではうつ病と区別がつきませんので、「うつ病 または 躁うつ病」ということになります。
境界性パーソナリティ障害でもうつ状態はしばしばあります。しかしその症状は多くの場合、うつ病とは違うので、うつ病と境界性パーソナリティ障害の区別は容易なことがほとんどです。
しかし、この23歳のときの症状が「うつ状態」とあるのみで、具体的な症状の内容の記載がないので、何ともいえません。
2度目は27才次男妊娠中の時です。近所の困った主婦との付き合いがきっかけでうつ状態になりました。不安、焦燥が激しく、はじめて精神科に通院したのですが、妊娠中であったこともあり、加味逍遥散を処方されたのですが、お薬は飲まずに、またもしばらく実家へ帰ったことで軽快しました。
これが2回目。しかし、「不安、焦燥が激しく」とだけの記載ですので、やはり具体的な症状が不明で、何ともいえません。
そして31歳のときのこの症状ですが、
インターネットは、いきなりチャットにはまりいっぺんに夜昼逆転の生活となりました。
家事はほとんどできず、朝昼は寝て夕方教室、夜〜朝はネットという生活を送っておりました。同時に不安、焦燥が強くなり精神科へ定期的に通院となりました。
当時デパス、ルジオミール、メレリルの処方をされていて、しばらくは落ち着きましたが、途中でメレリルによるてんかん発作を起こしてから、薬不信になり、お薬を飲むのをやめてしまいました。病院へは通院しており、担当医から毎日一個でいいから好きな薬飲んで、といわれていても、一切薬を拒否し、この頃教室の運営も難しくなり教室を閉鎖しました。
そして薬を飲まず通院のみの生活を2年ほどすごしました。相変わらずネット依存で気まぐれな家事、不安、焦燥感のあるままほったらかしでした。
躁うつ病の躁状態、ないしは、躁うつ混合状態が考えられます。
境界性パーソナリティ障害でもこのような状態はあり得ます。しかしパーソナリティ障害とは、一時期の症状ではなく、その人のパーソナリティ(性格、人格といってもほぼ同じです)全般の特徴ですので、時期によってはっきり症状が違う場合には、パーソナリティ障害という診断は否定的です。この【1708】のケース、症状が書かれていない時期の状態、特に対人関係などはどうだったのでしょうか。記載がないので「問題はなかった」と判断していいのかどうか。メールからはわかりません。
35才には、自宅で暴れて夫をののしったり、テーブルをひっくり返したりしはじめました。
その頃には実家から心配して母が来てくれていましたが、子供の頃について母をののしったり、包丁を持ち出したりひどいものでした。
きまぐれにやる家事、ネット依存による夜昼逆転の生活はずっと続いていました。
31歳から35歳の間の状態を、診断のためにはもっと知りたいところです。
上記35歳の状態は、躁うつ病の躁状態ないしは躁うつ混合状態とも、境界性パーソナリティ障害に特徴的な行動とも解釈できます。やはり、この時期の症状だけでなく、全体の流れが、診断のためには必要な情報です。
新しい主治医に、いきなり「うつ病ではありませんね」と言われびっくりし「境界性パーソナリティ障害ですか」と聞くと、「何年も治らないうつ病は境界性パーソナリティ障害に決まってる」と宣言され、自分自身妙に腑に落ちて、その医師についていくことに決め即座に入院も決めました。その医師に代わってから、素直に薬を飲むようになりました。容量は忘れましたが、当時パキシル、ルボックス、リーマスを飲んでいました。
「何年も治らないうつ病は境界性パーソナリティ障害に決まってる」
それはいくら何でも極論です。この医師が非常識なのか、あるいはこの医師は、まさかそんな極論を信じているのではなく、この【1708】のケースは間違いなく境界性パーソナリティ障害であると診断し、このような説明をされたのかもしれません。
その後の3年間に5回の入退院を繰り返しました。
5回の入院の経緯、特に、入院と入院の間の状態が、診断のためには重要な情報です。
その間の問題行動としては、頭を剃る、ピアスをたくさんあける、大量服薬による自殺未遂など、です。躁状態のようになって100万ほど使ってしまったり、不倫したりです。このころネット依存からは抜けたようです。家事はやはりきまぐれです。
繰り返しの説明になりますが、これも躁うつ病の躁状態と境界性パーソナリティ障害の両方が考えられますが、一時期だけを切り取っての症状ではなく、経過としての把握が、診断のためには必須です。
O病院でM医師と出会ってから、「境界性パーソナリティ障害について勉強するように」といわれその言葉どおりたくさんの本を読んだり、サイトを見たりして勉強しました。
投影性同一視や、見捨てられ不安などが強く、他人との境界があいまい、だったりする、境界例特有の症状を自分の中に見出しました。
そして自分でもそれを解消するように努力してきました。
境界性パーソナリティ障害に限らず、パーソナリティ障害の特徴とされているものは、パーソナリティ障害でない人でも、ある程度はもっているものです。ですから、本などでよく勉強すればするほど、自分の中にその特徴を見出すのは自然なことで、見出されたからといって、パーソナリティ障害の可能性が高いといえるわけではありません。この【1708】の方が勉強によって自分をパーソナリティ障害であると確信することは(もしこの方がパーソナリティ障害でないとすれば)、非常によくある誤りです。
そうこうしながら、38才の時に、自殺未遂による3週間の入院をしました。
退院後状態はなぜか非常に落ち着き、境界性パーソナリティ障害特有の症状は出なくなりました。
症状はうつ状態のみになり、寝たきりに近い状態での生活を1年以上送りました。
当時パキシル40、リスパダール3、サイレース、などを飲んでおりましたがうつ状態はまったく改善されませんでした。リスパダールで希死念慮を抑えていました。
この経過は、やはり境界性パーソナリティ障害よりも、躁うつ病の可能性が高いと判断できるものです。
現在はエビリファイ12ミリのみです。これも効いている実感はありません。
現在の症状は、無気力、感情の平坦化、思考力の低下などです。
家事は、朝のお弁当作り、洗濯、夕食作りのみやっています。
日中用事がないと、一日中無気力で、上記の最低限の家事だけをしてあとは横になって死ぬことばかり考えています。
躁うつ病のうつ状態が最も考えられると思います。エビリファイのみの治療では、回復はあまり期待できません。
担当医は、境界性パーソナリティ障害のなれのはてで、単純型統合失調症のような状態になってきた、と言います。
誤診でしょう。
そして、この無気力にきく薬はありません、地道にリハビリのみです、と言います。
そんなことはありません。躁うつ病の薬物療法による回復が期待できます。
最後に質問です。私は境界性パーソナリティ障害なのでしょうか。
ここまで解説してきたとおりで、境界性パーソナリティ障害の可能性がないとはいえませんが、躁うつ病の可能性のほうが高いです。
現在、投影性同一視や見捨てられ不安、自傷、躁状態はありません。
「投影性同一視や見捨てられ不安」の有無は、本来、ご自分で判断できるものではありません。ある程度までは誰でも持っているからです。
このような10年以上にわたる長い経過をたどり、最終的に単純型統合失調症のような状態に落ち着くということはよくあることなのでしょうか。
この経過は、躁うつ病で躁、うつを繰り返し、現在はうつ病相であると判断するべきです。
また、この状態からの回復はあるのでしょうか。
もちろんです。躁うつ病の治療を受けてください。残念ながら今の主治医の先生からは期待できないかもしれません。病院をかえることをお勧めせざるを得ません。
最後に一冊本をご紹介します。
内海健 著
うつ病新時代―双極2型障害という病
勉誠出版 (2006)
従来、境界性パーソナリティ障害とされてきた人の中には、躁うつ病の一種である双極2型障害がかなり含まれていると最近では言われており、たくさんの医学論文も出ています。この本にはその双極2型障害について、実例を紹介しつつ詳しく説明されています。
「従来、境界性パーソナリティ障害とされてきた人の中には、躁うつ病の一種である双極2型障害がかなり含まれている」、そこまでは私も異論はありません。ただ、「かなり」とはどの程度の割合かは難しいところです。この本の著者は、「かなり」とは、どうも少なくとも50%以上であるとお考えのようで、本の中に双極2型障害の実例として紹介されているケースの中には、いやこれはやはり境界性パーソナリティ障害でいいのではないか、と思われるものもあります。
ですから、(どんな本でも同じですが)、この著者の主張をそのまま正しいこととして受け入れることには疑問がありますが、これまで境界性パーソナリティ障害と思われていたものの中には躁うつ病が含まれているという指摘は非常に重要です。なぜなら、治療法が全く違うからです。【1708】の質問者にはぜひお読みになることをお勧めします。但し、この【1708】のケースは双極2型ではなく双極1型(つまり、かなり典型的な躁うつ病)だと思います。だとすればこれは完全な誤診ですので、この本を読むまでもないともいえますが。