精神科Q&A
【1446】自分の立場が悪くなると病気を言い訳にする女性社員
Q:
ネット上で調べていて、林先生のページにたどり着きました。部下(30代前半女性 私より1年上)のことについてご相談させてください。 私は30代前半女性で、中間管理職です。最初は同僚という関係で、今は上司と部下という関係です。年齢が近いということもあって、仕事以外の話もしていました。人なつっこくて、世話好きで、明るい人という認識でした。ただ今思えば出会ってすぐに、婚約破棄したことや、自分は芸能人と知り合い、病気アピール、前の会社に自分がいかに貢献したという話や、今の会社に対して、他の同僚の欠点をついた愚痴や不満などの話が多く、複数で話をしていても他人の話はあまり聞いておらず、自分の話をよくするといった感じでした。
まもなく、会社で組織改編があり、彼女の仕事にも影響が出ました。基本的な業務内容が変わったわけではなく、そこまで悩むほどのことでもないと周りは思っていましたが、本人は組織改編があったことで自分の仕事がやりづらいと感じているらしく「私の仕事内容を上層部が理解していないから、こういう組織改編が起きるんだ。」「今の組織では、自分の仕事が非常にやりづらい パフォーマンスを発揮できなくても当たり前」といった愚痴を毎日言ってきました。確かにすぐは現場でも混乱はありましたが、彼女以外は組織改編に応じて順応しています。いまだに愚痴や不満をとなえるのは彼女だけです。そして私はその組織改編により、役職者になりました。
彼女にはもう一つ気になる点あって、それは社内の男性にすぐ好意を持ってしまうことです。けれども自分が好きになっても相手にはされないようで、その話をいろんな人に言いふらします。相手の男性が悪いような言い方をするので、最初は私も含めいろんな人が信じてしまいましたが、話を総合して聞くと彼女の言い分はつじつまが合わなかったり、悪評をねつ造しているようにも思えました。「私は彼に見捨てられた」とよく言っています。
そんな中、彼女が遅刻、早退、欠勤が多くなってきました。体が痛くて動けない、朝起きられない、眠れないなどの理由が主でした。様子も変で、周りの物を蹴ったり投げたり、手首に包帯を巻いて自傷行為を毎日していると言ったり、急に感情的になって話ができなくなったり、捨て台詞を言ったり。仕事に対してこちらが指摘をすると激しく怒ったりすると思えば数時間で機嫌が戻っていたり。通常勤務を続けるのが難しいようなので、診断書の提出を求めて適切な対応をとるように話しました。 診断書は抑うつ状態で時短勤務で5時間労働にとどめるという内容でしたので、会社の対応として彼女の仕事の整理及び引き継ぎをさせて、5時間以内で業務を終えるよう調整し、彼女には治療に専念できるような環境を作りました。また、5時間勤務になることで給与面の調整が必要だったので、その旨を話したところ激怒し、「給与が減らされるのであれば生活ができないので、かかりつけ医にもう働けますと書いてもらいます」と言ってきました。 しかしすでに診断書が提出されている以上は、会社としても内容を軽視できないので、産業医にも相談し、なんとか説得してきちんと5時間勤務を続けて治療してもらうように説得しました。その場では診断書に従いますということで、同意を得られたのですがその後の勤怠を見ていると「仕事が終わらない」という理由で、5時間を軽くオーバーしています。仕事量は確実に減らしており、勤務時間中に喫煙所で長い時間話しているのも聞きます。 そこを指摘して、診断書の内容に従ってくださいと話したところ、「私は病気なので覚えが悪く、人の数倍仕事時間がかかる」との一点張りです。その割には早退して事情を知らない他部署の人と飲み会に行っていたり、自分で飲み会をセッティングしたりと、仕事を調整して周りに負担をかけているのに、楽しいことは病気と関係なしでできるのかと疑問もありました。 会社側としては産業医ともお話して、このまま時短勤務が続くのであれば、きちんと治療するということも考えて休職はどうかとすすめましたが、そのことにも激怒し「休職ということは私にとって死を意味します、仕事がないと生きていけないです」とまで言ってきました。 相談も多く、毎回聞いていると根本的な内容はいつも同じで聞いている側としても気力体力が必要です。また感情的になられると、私に対しても捨て台詞を言ってくるので受け流すようにはしていますが、やはり毎回きいているとしんどいです。しかし数時間たつと彼女は何事もなかったかのようにしていますので、私も自分の気持ちを整理できず、彼女の行動に疑問を感じます。 結局時短勤務を続け、給与面を早く元に戻したかったのか、かかりつけ医と産業医に「仕事しないと生活ができないので、早く時短勤務を解いてくれ」と頼み込んで平常勤務にもどしてよいとの診断書が出されました。
しかし、簡単な仕事に対して失敗が多かったり、感情的になったり、通院治療がまだ続いているのにいまだに彼女に病名が知らされておらず、抑うつ状態というのは、あくまで診断書上での話であること、原因が本人にもわからないことをふまえて、いくつか質問があります。
彼女は境界性パーソナリティ障害(境界性人格障害)と思うのですがいかがでしょうか。(本人に病名が知らされていないという点も含めて) 自分の立場が悪くなると病気を装い、ネットで調べて自分はこの病気と説明をしてきます。その反面飲みにいったり食事にいって騒いだり、喫煙所で長時間雑談ができることを考えると擬態うつ病の可能性もあると思いますがいかがでしょうか。
簡単な仕事でもミスが目立ち、指摘をすると感情的になって話になりません。彼女が抑うつ状態であるならば、平常勤務の診断がなされたことに疑問を感じます。診断書が提出されたときに比べると少しは回復したのかと思いますが、基本的にはあまり変わってないように思います。彼女が早く通常勤務に戻してほしいということで頼み込んでいたという話も聞いているのでかかりつけ医は彼女の意見をかなり汲み取っていると思うのですが、平常勤務に戻したところで、また病気を理由に何か言ってくるのではないかと思っています。この状態で平常勤務に戻しても問題ないのでしょうか。 この件で私の肉体と精神がかなりつらいのですが、私も病院に行って薬を処方してもらうべきでしょうか。不眠が続いており、会社で彼女と顔を合わせて仕事の話をし、いつまた感情的になって、攻撃的な言葉を発せられるかと考えるとそれに耐えられるほど私にも余裕がありません。といって、この何か月彼女の様子を見ていてもあまり変わらないので先の見えないことも考えると私の方がつぶれてしまいそうです。 彼女が病気ならばきちんと治して仕事に専念してもらいたいと思いますが、今の状態を続けていて、本当に回復に向かうのか疑問を感じています。 長文大変失礼しました。回答いただければ幸いです。よろしくお願いいたします。
林: この女性社員は、うつ病ではありません。質問者のご指摘のとおり、境界性パーソナリティ障害(境界性人格障害)の可能性がかなり高いと思います。擬態うつ病は、「本当はうつ病ではないのにうつ病と称しているもの」の総称ですので(といっても私がそう決めただけですのであまり意味はないのですが)、本当の診断名が境界性パーソナリティ障害(境界性人格障害)でもその他のものでも、「うつ病」と称していればそれは擬態うつ病ということになります。なお、擬態というと、本人が悪いというイメージを持つ方も多いようですが、擬態うつ病という言葉にはポジティブな意味もネガティブな意味もありません。単に「うつ病と称している」という事実の描写にすぎません。
けれども、この【1446】のケースのように、「自分の立場が悪くなると病気を言い訳にする」ということになると、話は別になってきます。このような場合、周囲の反応は、困惑であったり、怒りであったり、そして、うつであったりします。
事実、質問者の方も
この件で私の肉体と精神がかなりつらいのですが、私も病院に行って薬を処方してもらうべきでしょうか。
とおっしゃっています。
最近、うつ病が発生した職場では、第二、第三のうつ病が発生することが多いという話もよく耳にします。【1281】でお答えした通り、うつ病の発症率からみて、そのようなことは考えられません。つまり、この場合の「うつ病」は、本当のうつ病ではないのです。(これも定義上は擬態うつ病と呼ぶことができます)
それは、この【1446】の質問者のように、対応に困った上司が限界に達するというケースと、この【1446】の女性社員への職場の対応(病気とは思えない人に対する甘い対応)に、それを見ている(そして、彼女の仕事をカバーしている)周囲の同僚の忍耐が限界に達するというケースがあります。さらには、その職場の仕事自体があまりに過酷で心身ともにダウンするというケースもあるでしょう。
いずれにせよこれらは、人間としての正常な反応であって、病気ではありません。つまり、うつ病ではありません。
この【1446】のケースは、境界性パーソナリティ障害(境界性人格障害)の言動に周囲が振り回されるという典型的なパターンになっています。質問者の方は、ご本人と職場のことを真摯に心配されているようですが、残念ながら、ナイーブな良心だけに基づいた対応では、境界性パーソナリティ障害(境界性人格障害)をめぐる問題を解決することはできません。
今の状態を続けていて、本当に回復に向かうのか疑問を感じています。
今の状態をいくら続けても回復には向かいません。逆に悪化します。
本人の行動(客観的にはわがままとしかいえない行動)はますますエスカレートし、周囲の忍耐は限界に達し、チームワークは破壊されるでしょう。これはかなり確実に起こることとして予想できます。境界性パーソナリティ障害 患者・家族を支えた実例集 のケース21 (破綻へのスパイラル)などをご参照ください。
それを回避するためには、現時点で職場内でのルールを明確に定めて対応することが重要です(上記本のケース22)。そしてそのルールは、職場内にも、そして本人にも、明確に(この「明確に」が特に大切な点です)に伝え、ルールが破られた場合には厳しく対処することです。いかなる病気に対しても、本人を最大限に支援することは必要ですが、無制限に支援することはできない、特に職場というセッティングではそうであることを、まず質問者ご本人が、そして職場のすべての人が、あらためて確認することが必要です。