精神科Q&A
【1171】母親にナイフで切り付け殺人未遂で有罪になった息子
Q: 29歳の息子のことで相談いたします。息子はX年10月に母親にナイフで切りつけ逮捕され、まもなく判決があります。事件後に様々な本を読み、息子は統合失調症ではないかと思っています。
検事や弁護士にもお話をしましたが、「責任能力がある」とのことで一切病的なものには触れていません。
刑期は5,6年になる見込みです。服役しても治療が一切ないのでとても不安です。
息子の生い立ちと初公判での言動の内容を添付いたしますので病気の判断と対応のご教示をお願いいたします。
事件後、本人は面会も拒否し、どこにも相談するところがなく家族で本などを読み、ただ心配ばかりしていました。
ご多忙とは存知ますが、よろしくお願いいたします。
1. 事件までの経過
(1) 中学校、高校まで
夕飯後は部屋で音楽や弟と遊び、友人は2〜3人ぐらいしかいなかった。総じてまじめだった。
(2) 高校から某音楽学校(2年過程)への進学
就職も考えておらず、2月頃の卒業近くの選択だったが、親としては賛成した。入学を機にアパートで一人暮らしとなる。
(3) 音楽学校を短期間で自主退学
当初から学校にはあまり行っておらず、出席日数も不足し、自主退学をした。やめた理由ははっきりしない。
(4) 退学後22歳まで
アパートにそのまま住み、コンビニのバイトなどをしていた。(どれも長続きしない様子)
友達と一緒にバンドをやりたい。自分には才能があると主張していた。
また、聖書をよく読んでいた。自分は神に選ばれたとか言っていた。
アパートの部屋は汚く、多くは寝ていた様子。部屋代を払わず催促を受けていた。
(5) 地元に連れ帰る(22〜29歳)
地元でも友人(高校時代)は一人しかおらず、普段はレンタルビデオや音楽を聞いていた。
仕事は自分で職安や雑誌で全部探し、勤務するが2〜3ケ月でやめている。自分は何処にでも受かる自信があると言う。
仕事が続かないのは、対人関係が主な理由であり、また、風呂に入らない等の不潔感もあった。
仕事に行った先の飲み水が悪く腹をこわしたとか訴えていた。
仕事をやめるのは実際は相手が悪いのが理由ではなく、息子の勤務態度や不潔さ、人間関係づくりが要因と考え、話ししたことが何度もある。
アパートを借りて自活したことがあるが、アパート代も払えず、部屋に閉じこもって汚くしており、強引に自宅に連れ帰った。
昼夜が逆転しており、仕事に遅れることもあった。
仕事から帰ると部屋に入り、6時頃に母親のつくった料理を取りに来て、自室で飲食していた。家族とは顔を合わせないようにしていた。その後、寝て夜中に起きていた様子でした。
そんな中で、ある日突然、母親にナイフで切りつけ重傷を負わせたのです。
2. 初公判の内容
(1) 被告人(息子)の供述
仕事を転々としていて親に叱られることに対して、初めは親だから当然だと思っていたが、途中からはそう思わなくなった。親は自分を頭ごなしに叱る、笑顔がない、恐怖心、無言の威圧があった。頑張っている自分を理解してくれないことに腹がたった、自分なりには一生懸命やっていた。
犯行後は、達成感と絶望感と将来への不安感の混合。しかし今現在は何も考える余裕がない。まだ整理ができていない。
仕事が続かない理由は、人間関係がうまくいかないから。孤立してしまい、酒におぼれる。やりたいことがなかなかない。1回しかない人生、やりたいことをやりたい、しかし希望する仕事が見つけられなかった。仕事はやる気はあるが、アクシデントに見舞われて続かなかった。そのうちに希望がなくなり、稼げればそれでいいと思うようになった。親との関係のせいで、じっくり仕事を探す時間がない。早く仕事を探さなきゃというあせりと強迫観念となった。
20歳くらいまでは音楽で食べて行きたかったが、25歳くらいから何でもやろうと思った。親に怒られたくないから働いていた。
犯行前に解雇になったことが打ち明けられずに仕事にいったふり、また叱られるとビクビクして過ごすのがとにかく苦痛だった。もう悩むのは苦痛でたまらない。
犯行時の記憶はない。なかなか狙い通りにいかなかった。早く死ね、くたばれと思って
いた。かわいそうという思いはない、後悔もしていない。
22歳ころから父の態度がおかしくなった。他人ではないが、なぜだかわからないが父から殺されるかもしれないということを動物的な感で感じるようになった。また同じころから、母は奇妙な感じがする、態度がおかしい、人間じゃないような感じ、自分とまともに話をしない。自分にストレスをぶつけている。両親に対して年々おかしく感じていった。どなってばかりで励ましてもらったことがない。両親には憎しみより怒りが強い、その怒りがだんだん高まって殺意になった。とにかく自分に対する態度がおかしい。普通じゃない。親には、普通に話を聞いて、普通に話をして欲しかった。しかしまともな風に見えなかった。
自分は生まれてこなければよかった。いいことがなかった。
風呂に入らないのは、疲れていたり、親と顔を合わせたくなかったから。
事件前、両親がいなくなれば自分が追い詰められなく良いと思った。両方とも殺したいと思った。自殺も思ったがあとのことは考える余裕がなかった。
今回の事件はそれしかなかった。もう何を言ってもだめだ。仕方なかった。いいも悪いもない。人を傷つけるというのもいいも悪いもない。追い詰められてやったこと。今までの仕打ちを考えると申し訳ないという気持ちはない。22歳からずっと耐えてきたから。
しかし事件の本当の理由は今の自分ではわからない。
(2) 検察官
親心を思わず逆恨みの犯行であり、執拗に傷つけ殺意があった。殺意は今でも持っており、反省をしておらず再犯の恐れもある。
(3) 弁護人
全面的に本人も認めており、争う内容がない。しかし、本人も努力したが、家族と充分なコミュニケーションがはかれない中での事件であり情状酌量をお願いしたい。
(4) 親の思い
供述内容により、息子の真の胸中を知った。親の対応の悪さと子供じみた考えで凝り固まった内容で終始していた。本人は悪くなく、親だけが一方的に悪いと言うことで事件から約3ケ月経過したのに反省の言動がひとつもないことに驚いた。
30歳近くにもなり、男としても仕事につくのは最低必要だと思って言ってきたつもりであり、なにも無いのに一方的に言ってきた訳ではない。まして親からの殺意を感じたと言っているが、親としてそのようなことは思ったこともない。親からの殺意については思い過ごしと思う、仕事を転々としてきた理由をかえり見ても同様な要素が多分にあった。
事件後、精神疾患の書物を読み、初公判での発言や息子の約30年間と照らし合わせ、一方的な思い込みや人間関係づくり、被害妄想的な考え方など合致する内容も多いと思った。
判決どおりの刑期を努めなければいけないのは当然だが、親としては、今までの言動や供述内容から「病的な域」に入っており、この状態で服役し出所しても改善がはかられず、同時に治療も必要だと真剣に思った。
3. 事件に対する家族の考え
仕事をやめ、借金がある事や今までの事が知れると父親にしかられる。それを逃れるために突発的に母親に傷を付け、刑務所に入ることを目的にしたのではないかと思う。
小さい時から今まで家族への暴力は一度もなく、殺意があると言っていることは、刑務所に長く逃げ込むための理由としているのではないかと思う。
これまで、一人前になってほしく叱ってきたが、大きな声で怒鳴るとかはない。18歳の専門学校中退から約11年間、就職費用、アパート代、食費、小使い、年金、健康保険など親としてカバーしてきたつもり、30歳近くにもなり、男としても仕事につくのは最低必要だと思って言ってきた。
通常では考えられない事件であり、今までの行動から対人恐怖などの人格障害がすすみ(後日、本で読み)、後先の事を考えないままに切りつけたのでないか。
借金は、県外も含め仕事が長続きしないため、家に帰れずホテルなどに泊まりそれが積もったものではないか。衣類も無頓着であり、車もなく外への飲み歩きやパチンコなども皆無である。部屋に自分で買った財産的なものはあまりない。
10回以上の仕事は全部自分で探し、県外にも行っている。自分としても何とかしなければという気持ちを継続して持っていたと思う。
本人供述の内容では、自分のマイナス面が一言もなく、親のせいだけにしていた。また、親の殺意を感じたといっているが、自分としてそのようなことは思ったこともない。
親からの殺意については、被害妄想と思う。また、仕事を転々としてきた事由をかえり見ても被害妄想的な要素も多分にあった。供述は、一言一言が子供じみており、話に一貫性がなかったと思う。
書物で精神分裂気質の項目を見るにあたり、息子の約30年間と照らし合わせ、合致する内容も多い。当然、服役は判決どおりつとめなければいけないが、病的な治療も必要と感じた。
刑務所に服役することで、精神的な病気が一層すすむのではないか、一定の治療もしなければいけない。その事が家族としてとても心配である。
服役後も息子の面倒を見るのは父親として当然と考えている。しかし、病的なものを治療しなければ、同じような事件やまして他人に絶対迷惑はかけられない。
林: まず、重大かつデリケートな事柄について、詳しくお知らせいただいたことに深く感謝申し上げます。ここに掲載させていただくことが、とても多くの方々にとって、限りなく貴重な情報になると信じます。それは、今後同様の事件の発生の防止にもつながるでしょう。
事件後に様々な本を読み、息子は統合失調症ではないかと思っています。
結論としては、統合失調症の可能性は確かにあると思います。その可能性は、かなり高いものですが、断定できるほどのものではありません。検察官が主張するように、
親心を思わず逆恨みの犯行
単なる「逆恨み」という可能性も否定できません。そしてその根底には本人の人格の問題(人格障害と診断できるかどうかはまた別です)があるとも考えられます。
しかしここでは順序として、統合失調症の可能性について検討したいと思います。まず生活史からですが、
(1) 中学校、高校まで
友人は2〜3人ぐらいしかいなかった。
(2) 高校から某音楽学校(2年過程)への進学
(3) 音楽学校を短期間で自主退学
当初から学校にはあまり行っておらず、出席日数も不足し、自主退学をした。やめた理由ははっきりしない。
(4) 退学後22歳まで
アパートにそのまま住み、コンビニのバイトなどをしていた。(どれも長続きしない様子)
このように、十代後半あたりから、特に理由がみあたらないのにもかかわらず、学校に行かない、仕事が続かないなど、何となく適応が悪くなる。これは統合失調症の発症としてはよくあるパターンです。統合失調症 患者・家族を支えた実例集 の序章でご紹介したケースも同じです。また、発症前の友人が少ない傾向というのも、統合失調症の病前性格としてはしばしばあります。しかし、もちろんここまでではまだ何とも言えません。学校を辞めたり仕事が続かなかったりする理由は病気以外にもたくさんあるからです。けれどもこの【1171】のケースでは、統合失調症を疑わせる理由がほかにもいくつもあります。
親からの殺意については思い過ごしと思う、仕事を転々としてきた理由をかえり見ても同様な要素が多分にあった。
殺意についてはあとで検討いたしますが、仕事を転々としてきた理由が、本人の何らかの思い過ごしによると思われる、この事実は意味深長で、もっと詳しく状況をお聞きしたいところです。というのは、仕事が続かない理由が、職場に対する被害妄想的な意識によるのであれば、統合失調症の可能性は大きく高まるからです。統合失調症 患者・家族を支えた実例集 の43ページにお書きした通り、漠然とした症状の中に、被害妄想や幻聴が見え隠れするとき、それは統合失調症のサインなのです。
また、聖書をよく読んでいた。自分は神に選ばれたとか言っていた。
アパートの部屋は汚く、多くは寝ていた様子。部屋代を払わず催促を受けていた。
霊的なものや神秘的なものにひかれるようになるのは、統合失調症の発症時に時に見られることです。また、生活が乱れてくるのも同様です。
そして、最も重要なのは、犯行動機です。
22歳ころから父の態度がおかしくなった。他人ではないが、なぜだかわからないが父から殺されるかもしれないと言うことを動物的な感で感じるようになった。また同じころから、母は奇妙な感じがする、態度がおかしい、人間じゃないような感じ、自分とまともに話をしない。
何度も同じ本を引用して恐縮ですが、統合失調症 患者・家族を支えた実例集 のcase 2 (36ページから) の解説で、「トレマ」という言葉をご紹介してあります。トレマとは、元々は舞台に出る前の俳優が体験するいわば高揚した不安感のことですが、統合失調症の発症のころ(前駆期といってもいいでしょう)の際のご本人の体験に、これとかなり類似したものが見られることがあります。それをトレマという言葉で表現した、ドイツのコンラートという精神医学者の「分裂病のはじまり」という本の中に、次のような記載があります。
「その特徴はすでに一〜二年も続いた軽度の緊張増大である。それは「圧迫感」であり、「障壁」の漠然とした予感である。これが進路の変更を強制し、場の緊張を高め、ついに何かが「切迫している」という体験になった。何かが「切迫している」という言葉を口にする時は、心的な場の相当の狭隘化が必ずある。もはや自由でなく、以前のようには動けず、決断できず、拘束され、道は狭まって、迫ってくるものの方向に向うようになる。」
難解と感じられるかもしれませんが、統合失調症の発症のころの漠然とした症状の描写であるとご理解ください。ここでいう「圧迫感」「障壁」を、統合失調症の本人は、言葉ではどうしてもうまく表現できないという場合もあれば、個人個人によって様々な言葉で表現されることもあります。その表現の中にはしばしば迫害されるといった主題が含まれています。統合失調症は脳の病気であり、したがって自分自身が変化しているのですが、主観的にはむしろ外界が、まわりの人々が変化しているように感じられます。この観点からすれば、22歳ころからこの方が感じられたという、父からの殺意、母についての奇妙な感じは、統合失調症の、まだはっきり妄想という形をなしていない漠然とした症状であると理解することができます。
書物で精神分裂気質の項目を見るにあたり、息子の約30年間と照らし合わせ、合致する内容も多い。
精神分裂気質とは、孤立傾向、自閉傾向などを指しますが、これは統合失調症の病前性格であることも、統合失調症そのものの発症による症状であることもあります。あなたのおっしゃるところの「合致する内容」が具体的にどのようなものであるか不明ですが、いずれにせよ、現在の統合失調症の診断に矛盾するものではありません。
供述は、一言一言が子供じみており、話に一貫性がなかったと思う。
重大事件の犯行後に話に一貫性がないことは、統合失調症でなくてもあり得ることですので何とも言えません。しかし、統合失調症の発症前後のトレマと呼ばれる時期の犯行であるとすれば、この時期の体験はうまく言葉では表現できないのが普通ですので、結果として話に一貫性はなくなるものです。この「一貫性のなさ」が、統合失調症を思わせるものか否か、それは直接診察をしてみないとわかりません。(直接診察をしてもわかりにくいこともしばしばあります)
検事や弁護士にもお話をしましたが、「責任能力がある」とのことで一切病的なものには触れていません。
これは殺人未遂事件である以上、病気であるかどうかももちろん重要ですが、責任能力があるかどうかが裁判でははるかに重要事項になるのは当然です。そして、仮にここまでの私の回答がすべて正鵠を射ていたとしても、つまり息子さんが統合失調症であったとしても、総合的にみて犯行時に責任能力はあったとみるのが妥当でしょう。つまり、それほど重い症状であるとは判断できないということです。
しかしそれはあくまで犯行時のことであって、将来は別です。統合失調症であるとすれば、治療しなければ悪化していくでしょう。ですから、
刑期は5,6年になる見込みです。服役しても治療が一切ないのでとても不安です。
当然、服役は判決どおりつとめなければいけないが、病的な治療も必要と感じた。
刑務所に服役することで、精神的な病気が一層すすむのではないか、一定の治療もしなければいけない。その事が家族としてとても心配である。
服役後も息子の面倒を見るのは父親として当然と考えている。しかし、病的なものを治療しなければ、同じような事件やまして他人に絶対迷惑はかけられない。
このようなご心配はもっともです。
私自身は経験がないのですが、刑務所に勤務した経験のある精神科医から、判決時は精神疾患の可能性には触れられなかった受刑者の中に、実際には統合失調症などの精神疾患が数多くみられるという話を私は聞いたことがあります。この【1171】もそのようなケースの一つということになるかもしれません。だとすると、服役中も治療が必要です。
服役しても治療が一切ないのでとても不安です。
質問者がこのように、つまり「治療が一切ない」と明言しておられる理由が私にはわかりません。刑務所には医師が勤務しているのが普通です。ただし、精神科医が勤務しているとは限らないかもしれません。
今後、この【1171】の質問者の方のすべきことは、ご自身も感じておられる通り、息子さんに治療を受ける機会を与えてあげることです。そのためには面会を定期的に行い、病的な徴候があればそれを刑務所に伝えるという手段がまず考えられます。問題はご本人が面会を拒否された場合です(ご本人は質問者である父親に被害妄想を持っているようですので、面会拒否は十分考えられます)。この場合は、弁護士に依頼して、息子さんの精神疾患の可能性について、弁護士から精神科医に判断を求め(それには直接の診察が必要な場合も、書類資料だけからある程度の判断が可能な場合もあります)、それを受けて弁護士から裁判所に働きかけて何らかの対処を求めるという方法が考えられます。私もそのような実例を知っています。これはご家族にとって、手続き的にもかなり厄介なことですが、このような事例では労を惜しむことはできないでしょう。ご本人とご家族にとって、最善の方向に進むことを心より願っております。
統合失調症の発症は、しばしばわかりにくいものです。しかしそれを見過ごし適切な治療をしなかった結末として、【1075】、【0999】、【0632】のような痛ましい例があることをすでに精神科Q&Aでご紹介しました。この【1171】は、(仮に統合失調症であったとすればですが)、稀ではあるもののまた別の重大な帰結の一つということになります。このような結末を避けるためにも、統合失調症という疾患の真の姿が広く知られることを、私は強く望んでいます。そのためにも、このような重大かつデリケートな事例についてご報告いただいた【1171】の質問者に、あらためて深く感謝申し上げます。