精神科Q&A
【1169】60代母の長引くうつ病
Q:
私は30歳代の女性です。母のうつ病についてご相談致します。
現在、母は60歳代前半で父と二人暮らしです。
今の症状に続くと思われる体調の異変が現れたのは3年半ほど前で、物事をする意欲が起きなかったり不安な気持ちなることが多くなり、3年近く通院しています。
「うつ病、気分変調症」と診断され投薬による治療を続けていますが、以下で説明しますように、これまではっきりとした回復の兆候は見られず少しずつ悪化しています。
しかも今年に入ってから一段と悪くなったように感じております。
(1)通院の履歴
病院A(X年春からX+1年9月):
ドグマチール(量は把握していません)
これに加え、X年9月から同病院で月一度のカウンセリングを受診
病院B(X+1 11月から現在):
X+1年11月からX+2年春(BB医師)
デプロメール -- 少量から始めて最終的には100mg/日まで増量、数ヶ月継続
X+2年春から10月
トレドミン -- 少量から始めて150mg/日まで増量、数ヶ月継続
X+2年11月から現在(病院側の都合でBC医師に変わる)
パキシル -- 10mg/日から開始し、数週間毎に10mgずつ増量し、
現在(1月中旬)30mg/日になって二週間が経過
なお、この病院では初めから軽い安定剤、胃を保護するという理由で
メイラックス、ドグマチール
も処方されていますが「主要な薬ではないので必ずしも飲む必要は無い」
と言われており、秋以降は本人の意志であまり服用していません。
頓服としてデパスを処方されており、時折服用していますが、最近ははっきりした効果は出ないようです。
(2)経過
病院Aではほとんど効果を感じなかったため、病院Bに転院しました。
転院以降の経過を説明致します。
病院Bになってから薬を中心とした治療になりましたが、初めにBB医師に「とにかく休養するように」と言われ、外出もなるべく控えて寝る時間を増やしました。
もともとよく眠るタイプで休養するのに苦痛は無かったようです。
しかし、これといった薬の効果は現れませんでした。
日によって、或いは1日のうちでも気分の浮き沈みが大きくて疲労が溜まり、落ち込んだ日は1日の半分以上をベッドで過ごしていたようです。
しかし昨年夏くらいまでは「気合いを入れれば」外出することが出来、友人たちとも出かけていたようです。
ただ、基本的に気持ちは低迷し、食欲が落ちるに従ってベッドの中に居ることが多く日常生活が出来なくなっていきました。
昨年秋以降は、通院の他は外出せず、病院の日は前日から気合いを入れて必死で出かけています(病院へ行けないこともあります)。
このころからほぼ全ての家事を父がこなしています。
これまでBB,BC両医師にしばしば言われたことは、
「典型的ではない、薬の効きにくいうつ病」ということです。
この「典型的」が何を指しているのかはっきりしませんが、
「気合いを入れれば行動できる日があり、気合いを入れれば病院に行って自分の症状を説明できる。一般的な薬(といっても数種類しか試していないのですが)が効きにくい。」
という母の状態が「どーんと落ち込んでしまうが薬が効く」場合と違う、という意味のようです。
なお、今も私が疑問に思っているのはBB医師の処方した薬の種類の少なさです。
はっきりした効き目が出ないので、母自身がBB医師にSSRIやSNRI以外の薬の使用について尋ねたところ「私は三環系や四環系の薬は使いたくないし、使わない」と言われたそうです。
私は以上のような話を両親から聞き、しかも治療に埒があかないので母の希望もあって最近は診察に同行するようになりました。
それに際し私なりにこの病気について調べ、林先生の相談室も拝見しました。
そして「もっと積極的に効く薬を探してほしい」とBC医師に相談したところ、ひとまずパキシルを出来るところまで試し、効かなければ他のSSRIか三環系や四環系の薬を使うことを検討しようということになりました。
現在は、上に書いたようにパキシルを増量しているところですがまだ効果は出ていないように思います。それどころか今年に入ってから食欲がますます落ち(一日一食のこともあります)、ほとんど一日中ベッドの中で過ごす日が増え、さらに一段症状が悪化したように感じられます。
食べ始めが特につらいようですが、食べれば気持ちが少し落ち着くようなので投薬を続けるためにも食事だけはするように強く勧めています。
「以前は家族や友人を思い浮かべると、つらくても食事をしよう、とか治ろうという気持ちが少しは出てきたけれど、このところはそのような気持ちが全然出てこない。気合いが入らなくなってきた。諦めの気持ちで、何も感じなくなってきた。もう疲れた。」と言っています。このような自分はおかしい、という自覚もあるそうですが、いざベッドから起きようとしたり食事をしようとしたりするとあまりの倦怠感にどうでもよくなってしまうといいます。
(3)質問項目
薬を探そうという矢先、このように悪化していく母の姿を見ると、薬を探し出すより前に力尽きてしまうのではないか、力尽きるといってもどのような状態になってしまうのかとたいへん心配です。
ご相談したいことは、以下の点です:
(a) 今の調子では、一つの薬が有効かどうか判断するのに最低数ヶ月はかかってしまうようですが、かかる時間を短縮する方法、より効率的な方法はあるでしょうか?
先日相談した時、BC医師は次に試す薬として最新のSSRI(ジェイゾロフト)を示唆していました。主な理由は、安全性の高さや副作用の少なさだそうです。
しかし、多少のリスクを冒してもこれまでとは傾向の異なる三環系や四環系などの薬を試すほうが有効ではないかという考えかたも出来ます。
この点をどうお考えでしょうか?
また、母の年齢では安全性を優先するしかないのでしょうか?
(b) ここのところの母の様子から、林先生のQ & A 【0865】70歳の母のうつ病が悪化し、食事がほとんど摂れない のような高齢者の治療の困難さを懸念しております。
入院による治療、または電気けいれん療法等を考える必要があるのでしょうか?
なお、現在かかっている病院には入院設備が無いので入院治療のためには転院を考えなくてはならず、これは私どもにとって大きな問題です。転院に際してのご助言をお願い致します。
(c) 母の容態は、病院Bに移って「休養するように」なって、かえって悪化したように感じております。
うつ病の治療には休養が第一だとしばしば聞きますが、母の場合はそれにあてはまらないタイプであったという可能性は考えられますか?
(今さらこのようなことをお聞きするのもどうかと思うのですが、気になって仕方がないのでお尋ねする次第です。)
長くなって申し訳ありませんが、どうぞよろしくお願い致します。
林:
これまではっきりとした回復の兆候は見られず少しずつ悪化しています。
しかも今年に入ってから一段と悪くなったように感じております。
治療を開始して3年間になるのに、改善するどころか悪化。ご心配はもっともです。
今も私が疑問に思っているのはBB医師の処方した薬の種類の少なさです。
処方内容と経過を見ますと、種類や量が不十分であったとも考えられますが、この時期にお母様に現われた副作用などの記載がありませんので、結果論はともかく、このときの処方が不十分であったといえるかどうかは何とも言えません。しかし、
はっきりした効き目が出ないので、母自身がBB医師にSSRIやSNRI以外の薬の使用について尋ねたところ「私は三環系や四環系の薬は使いたくないし、使わない」と言われたそうです。
このBB医師の言葉は、「私はうつ病を治したくないし、治す気もない」と言っているのと同じです。医師が交替になったことは幸運でした。(ただし、このようにはっきりと方針を明言する限り、いかなる方針もそれほど非難に値するとは言えないでしょう。納得できなければ他の医師にかかればいいからです。方針を明言せずに、実際には不合理な治療を推し進める医師のほうがはるかに悪性です)
「もっと積極的に効く薬を探してほしい」とBC医師に相談したところ、ひとまずパキシルを出来るところまで試し、効かなければ他のSSRIか三環系や四環系の薬を使うことを検討しようということになりました。
正しい方針だと思います。
現在は、上に書いたようにパキシルを増量しているところですがまだ効果は出ていないように思います。それどころか今年に入ってから食欲がますます落ち(一日一食のこともあります)、ほとんど一日中ベッドの中で過ごす日が増え、さらに一段症状が悪化したように感じられます。
パキシルが30mgになってから、まだ2週間とのことですので、効果を判断する時期ではないと思います。悪化しているのは、病気の波かもしれないし、パキシルが合わないのかもしれない。もう1,2週間しないと何とも言えません。けれども、
今の調子では、一つの薬が有効かどうか判断するのに最低数ヶ月はかかってしまうようですが、かかる時間を短縮する方法、より効率的な方法はあるでしょうか?
ご指摘はもっともです。今のままですと、運が良ければ短期間で合う薬が見つかる可能性はあるものの、現実にはまだまだ長い期間がかかることを覚悟しなければならない状況とも言えるでしょう。
実はこの問題は、抗うつ薬による治療では非常に重要なことで、あなたのご質問のように、「一つの薬が有効かどうかを判断するより効率的な方法」についての研究はたくさんあります。まだまだ統一見解はないのが実情ですが、一つの有力なデータは、飲み始めに睡眠障害に効果があった薬は、その後も飲み続けることで、うつ病の他の症状にも奏功する可能性が高いというものです。この【1169】のようなケースでは、このようなデータを活用することも考えていいでしょう。
先日相談した時、BC医師は次に試す薬として最新のSSRI(ジェイゾロフト)を示唆していました。主な理由は、安全性の高さや副作用の少なさだそうです。
いかなる新しい薬も、それが発売される時には、「副作用が少ない。安全性が高い」という利点をうたわれるものです。ですから、ジェイゾロフトが例外的に本当に安全性が高く副作用が少ないと考える理由はどこにもありません。たとえばここ十年ほどでみてみますと、SSRIや非定型抗精神病薬が、「副作用が少ない、安全性が高い」とされて登場しましたが、数年後には様々な副作用が明らかになってきています(【0204】、【0246】、【0900】、【1058】などをご参照ください)。このような現象は、精神科の薬に限らず、いかなる薬でも同じです。
というわけで、私ならこの【1169】のケースに今の時点でジェイゾロフトを処方することは考えません。むしろ三環系抗うつ薬での正統的な治療を試みるべきであると考えます。つまり、
しかし、多少のリスクを冒してもこれまでとは傾向の異なる三環系や四環系などの薬を試すほうが有効ではないかという考えかたも出来ます。
この点をどうお考えでしょうか?
私はあなたのこの考え方に賛同します。(ただし、四環系ではなく三環系です。これまでの抗うつ薬への反応性からみて、四環系が効くことはあまり期待できないからです。また、この場合「多少のリスクを冒しても」とは言えないでしょう。その理由はすぐ下の回答をお読みください)
また、母の年齢では安全性を優先するしかないのでしょうか?
安全性は、年齢に関係なく、常に優先すべきことです。けれども、三環系抗うつ薬が、他の抗うつ薬に比べて危険であるという根拠はなく(もしあなたがそう思っておられるとしたら、それは新しい薬の宣伝にのせられているだけです)、また、この【1169】のケースでは、万一重篤な副作用が出たとしても、ご家族の観察により早期に発見することが十分に期待できますので、処方を変更することにより安全性が大きく損なわれるとは考えられません。
入院による治療、または電気けいれん療法等を考える必要があるのでしょうか?
なお、現在かかっている病院には入院設備が無いので入院治療のためには転院を考えなくてはならず、これは私どもにとって大きな問題です。転院に際してのご助言をお願い致します。
まだまだ薬物療法の余地があることは、ここまでの回答の通りですが、それでも思わしくない場合は、入院や電気けいれん療法等を考える必要があります。あなたが引用しておられる【0865】もご参考になると思います。その場合、転院の必要が出てくるとのことですが、やむを得ないでしょう。なお、「転院に際しての助言」とは、具体的にどのようなことを求めて言っておられるのか不明ですので、何をお答えしていいかわかりかねます。
うつ病の治療には休養が第一だとしばしば聞きますが、母の場合はそれにあてはまらないタイプであったという可能性は考えられますか?
それは考えられません。休養は、やはり必要です。