精神科Q&A
【0774】自己臭恐怖症と診断された弟の自殺未遂
Q: 30歳の弟は、高校時代、突然不登校になりました。理由は「体臭が気になり、誰も彼も自分の体臭を気にしているようで外に出られない」というものでした。本人の希望もあって精神科を受診したところ「自己臭恐怖症」とのことでした。その後の通院は本人まかせにしてしまったので、どこまで治療を受けたかは不明です。ただ、その後2年間位引きこもりがありましたが、仕事も始め交友関係もあったので特別重要視せずにきてしまいました。
1年前、「靴下が盗まれた」と騒いだ時がありましたが、「何を言っているのだろうか?」と余り相手にしませんでした。
最近、どうも様子が今までと違うと感じるようになったのは、2ヶ月程前から幾度となく父母に相談(?)を始めてからでした。次のような内容です。
●誰かに執拗につけられている
●カギを閉めるよう再三注意をする
●盗聴されている
●奴ら(大物政治家)に命をねらわれている
●仕事場にも奴らの手がまわってきた
●パソコンも動かなくなった(何かされたようだ)
●ゴミ焼却所の煙が止まると怪しい客がくる
そして、先日自殺を図りました。
その前日、外でたまたま出会った見知らぬ中年の男性に、本人曰く「知識が豊富そうなので何かキーワードがもらえるかと思った」と自分から声をかけ、喫茶店で話をしたそうです。
彼の性格からは想像できない行為です。
その話と
●家族にも奴らの危害が及びそうだ
が父と前日交わした会話です。
自殺は幸い未遂に終わりましたがケガの治療のため現在は入院中です。
入院中に家族からの要請で精神科医の診断を受けましたが、この経緯を説明する間なく、診察をしたので医師の所見は「突発的な自殺であり治療は終わった」と本人に告げてしまったようです。
父親の話では、入院後、「高校時代、体臭で悩んでいたのに俺は精神科へ連れて行かれたんだ(自ら望んだことを忘れている?)」と「今回は自殺を図ったから精神科が来たのはしょうがないが俺は病気じゃない(精神科医も治療の必要なしと言ったんだから)」「家族に危害が及んでいないか?」と言ったそうです。
私達家族のとまどいは「精神科受診をどうさせるか」です。
この外科入院中に少しずつ家族の関わりが増えてきたところに、特に精神科に抵抗をしめす彼に、家族が受診をすすめればかすかな信頼関係がゆらいでしまうのではないか・・・イヤ、今苦しんでいるとしたら早く受診させなくては・・・と意見は真っ二つです。
第三者からの薦めも検討しました。
同精神科医からは「本人の意志なくては診られません」と告げられ、ワラをもつかむ思いで外科医にご相談申し上げたところ、非公式に精神科医に相談してみましょう、という有り難い言葉を頂いたのですが
「但し、状況によっては『家族からの申し入れによる』といわざるを得ないかもしれません」のセリフに結局、精神科医への話は止めて頂いています。
頼んでおいて誠に勝手な言い分なのですが
「裏切られた」と本人が思ったときにその後のフォローに自信が無い家族が半分。
裏切られたと思ったとしても「その後のフォローを頑張る」という家族が半分。
どちらにおいても外科的な退院は目前です。
退院後にその大学病院の精神科に通う可能性がなくても、退院前にそこで再度受診をさせるべきなのでしょうか?
治療の仕方にも意見はまとまらず
「(胃潰瘍などと同様に)病気だから治療が必要だ→性格によるものではない→専門医(精神科医による診察要)」
という意見と
「生真面目な性格により病気になったんだ→自意識の改革が必要→カウンセリングによる治療優先」で逡巡しています。
当然ながら私どもは初めての経験で暗中模索の日々です。
ご意見を賜れれば幸甚です。
林: 弟さんは、統合失調症(精神分裂病)にほぼ間違いないと思います。一日でも早く精神科の治療を受けることが必要です。このままでは再度自殺を図られる可能性も高いと思います。つまり、生命にかかわる状態ですので、何より治療を優先すべきです。
振り返れば、高校時代の自己臭症(自己臭恐怖症)が、統合失調症の発症であったと考えられます。自己臭症の中には、確かに「自己臭症」としか言いようのない病態もありますが、統合失調症の最初の症状が、弟さんのように、
体臭が気になり、誰も彼も自分の体臭を気にしているようで外に出られない
という訴えであることも十分あることです。
統合失調症という病気の症状は多彩で、その本質となる症状が何であるかは今だに定説はないのですが、本質の一つと考えられているのは、自我の境界の崩れです。健康なら自我の境界がはっきりしているのは自明です。たとえば、いま自分が考えている内容が、自分のものであることは自明で、それを他人の考えと混同することはありえません。それが統合失調症になると、他人の考えが自分の中に入ってきたり、逆に自分の考えが他人にもれたりするという体験がしばしばされます。それが考想伝播であったり、幻聴であったりするわけです。
そして自己臭症というのも、自分の内部のものが外にもれ出るという点では自我の境界の障害と共通点があります。実際、自己臭症と当初は想われていた方に、徐々に統合失調症の症状が明らかになってくることは、臨床上ときどきあることです。
弟さんはまさにその経過をたどっておられます。
●をつけてあなたが箇条書きされた内容は、いずれも統合失調症に典型的な被害妄想です。そして、初発症状が自己臭症であること、引きこもりの時期があること、最近になって本来の性格からは考えられない奇妙な言動があることは、どれも統合失調症にぴったり一致しています。
そして、自殺企図です。【0688】、【0632】のケースのように、周囲が全く予期していないときに突然自殺によって亡くなってしまうというのも、この病気を治療しなかった場合には少なくない帰結の一つです。
弟さんがどのような手段で自殺企図されたのか不明ですが、ケガで入院中ということは、飛び降り、飛び込みか、あるいは刃物を使って相当な深手を負われたものと推察されます。いずれも致命率が高く、統合失調症(精神分裂病)の方の自殺手段としては少なくない方法です。このまま治療せずにおけば、再度自殺を試みられる確率は高いと思います。そして自殺企図があれば、今度は本当に亡くなってしまう確率は非常に高いでしょう。
弟さんのようなケースでは、精神科の治療を開始するのはなかなか容易ではありません。今さら言っても仕方のないことですが、入院中に精神科医の診察を受けられた時が最大のチャンスでした。それなのに治療が始められなかったことは非常に残念なことです。
そもそも、精神科医の診察がご家族からの依頼であったのにもかかわらず、ご家族からの情報なしに診察をして方針の決定までされたというのは、納得しにくいことです。それに、たとえご家族からの情報がなくても、このようなケースでは何らかの精神疾患を疑うのは当然です。何かメールには書かれていない事情があったこととは思いますが、メールの記載だけを読めば、この精神科医の処置には疑問を持たざるを得ません。
特に精神科に抵抗をしめす彼に、家族が受診をすすめればかすかな信頼関係がゆらいでしまうのではないか
このご心配はもっともです。ご本人の意思で受診されるのが最善であることは言うまでもありません。
しかし、弟さんのケースでは、自殺の危険があります。精神科受診に関しては、いろいろな危惧はあると思いますが、ここは治療を何より優先しなければなりません。
なお、カウンセリングだけではこの病気は治りません。
「生真面目な性格により病気になったんだ→自意識の改革が必要→カウンセリングによる治療優先」
この意見は、統合失調症に関しては誤りです。
一日も早く精神科の治療を開始してください。