精神科Q&A
【0510】異様に不潔な生活を続けている54歳の叔母
Q: 54歳になる私の叔母は、母親を早く亡くしてから少し様子がおかしくなって、詳しい事はわかりませんが人間関係を絶ちはじめたようです。
叔母は20年以上前からセルフケアができなくなり、布団の中にカビとねずみが同居し、冷蔵庫中のものがくさり、家中がごみだらけになり・・といった経過があって病院に入院させたそうです。ドクターの見解は「非常に変わった性格です」との事でなんらの病名は告げられなかったそうです。そして、一ヶ月後に結局自己退院してしまいました。その五年後、どこかの病院の精神科にもう一度付き添って連れていったところ、「精神分裂病かも・・・」とドクターにいわれましたが治療は全くなく終わったそうです。それ以後なんの治療も受けておりません。親戚中でも見捨ててしまった状態だったようです。
先日その話を母に聞き、すぐに個人的に叔母の住んでいるアパートを訪ねてみました。本人は不在でしたが、共同トイレもつかわず、部屋の前にプラスティック製の衣装ケースを置き、その中に排尿していたようで、大量に尿がたまっていました。部屋の入り口がわからないくらいわけのわからないゴミが散乱し、異臭を放っていました。とりあえず、尿の始末と、共同トイレの掃除と部屋の前の掃除をしてきましたが、部屋の内部は想像がつかないほどのものと思われます。本人は、どこかの印刷工場でパート勤務をしているとの話ですが、さだかではありません。毎月5万円程の収入で生活しているようです。他人や自己に危害を加えることはまったくありません。小さい頃の私の記憶では美人で優しい叔母、母の話でも気の弱い末っ子だったとのことです。
しかし、私は現状をみて、これは完全に異常と判断しました。叔母は病気で助けが必要だと確信しております。親戚の中では、"なまけもの"、"気ちがい"等、精神疾患に対して理解を示そうとしない人間の言動がきかれますが、やはり治療や、生活保護等あらゆる面でのサポートが必要であると考えています。
叔母の兄弟は口をそろえて、「自分達ができることはしてきた」「本人が嫌がるのに病院には連れていけない」「自分の家族で精一杯で人の事までかまってやる余裕はない」という態度です。本人も「病院に行くと殺される」や、「治療薬といって毒をのまされる」などいって絶対に通院・治療拒否するようです。
とにかく、明日話をして、出来ることを検討してみますが、もし本人が完全に拒否した場合や「他人に迷惑かけずに生活してるのだからほっておいてほしい」等と言い出した場合どのように対処していったらよろしいのでしょうか。精神科の閉鎖病棟に入れて、薬漬けにするといったような最悪の病院選びもしたくありません。
私もまだ20代で努力はしますが、知っていることがあまりにも少なく、ぜひとも先生の助言をいただきたいのです。どうかよろしくお願いいたします。
林: この54歳の女性は、精神科で治療を要する疾患であることは確実だと思います。
私は現状をみて、これは完全に異常と判断しました。叔母は病気で助けが必要だと確信しております
とおっしゃるのはもっともで、メールに書いていただいた現状を見れば、誰もがこれは異常と判断されるでしょう。まず精神科を受診し、診断してもらうことが必要です。おそらくは入院を要するということになるでしょう。
病名については何ともいえませんが、現在の状態と、20年以上続いているということからは、ひとつは精神分裂病(統合失調症)が考えられます。また、脳の変性疾患(脳が萎縮していく病気)も考えられます。20年以上前に発症したとすると、30歳代初発、もしかすると20歳代初発ですね。その年齢と、病気の発生頻度を考えると、もっとも可能性の高い病気は精神分裂病(統合失調症)ということになるでしょう。
そもそものきっかけが
母親を早く亡くしてから少し様子がおかしくなって
ということからは、心理的なストレスによる反応に見える。少なくとも当時はそのように判断されたことと思われますが、それがこれだけ長く続いているとなると、単なる反応と解釈することはできません。心理的なストレスをきっかけにして、病気が発症した、または顕在化したと考えるべきでしょう。こういうことは非常によくあることです。
当時のその他の症状はもはやわからないことと思いますが、その後
人間関係を絶ちはじめたようです
というのも、精神分裂病(統合失調症)として矛盾はありません。
ただし、当時、精神科を受診した時に、
ドクターの見解は「非常に変わった性格です」
というのは、もし当時から今のような不潔な生活をしていたとすれば、理解に苦しむところです。それ以前はきちんとした生活ができていた人が、ある時からセルフケアができなくなった、という経過は、とうてい性格の問題とは思えません。
しかし、20年以上も前のことですし、あなたも間接的にお聞きになっただけですので、詳しいことはもはやわからないのは当然でしょう。その次の医師に
「精神分裂病かも・・・」とドクターにいわれました
しかし
治療は全くなく終わったそうです
というのも、今となっては本当の事情を知ることは不可能でしょう。
ですから、当時どのような状態で、どのような診断を受けたかを詮索するのはやめ、一般論に転じますと、精神分裂病(統合失調症)が治療を受けないままに慢性化して、この方のようにセルフケアができなくなる、というのは十分にあり得ることです。ひとつの典型的な経過としては、最初に幻聴や被害妄想というような症状ではじまり、年月の経過とともに、むしろ生活全般の低下(人格水準の低下といいます)が目立ってくるというのが、古典的な精神分裂病です。(実際には、精神分裂病の医学部講堂で解説しているように、この病気の経過は様々です。人格水準が低下するケースもあれば、何の異常も残らないケースもあります。多くはその中間のどこかにあると考えていいでしょう)。ですから、この【0510】の方は、精神分裂病と考えて矛盾はありません。
「病院に行くと殺される」
「治療薬といって毒をのまされる」
というご本人の言葉は、被害妄想の存在を窺わせるもので、これも精神分裂病(統合失調症)らしい症状です。
といっても、人格水準が低下する病気は、他にもあります。たとえば脳の変性疾患です。その代表はアルツハイマー病です。アルツハイマー病が20歳代や30歳代で出てくることはまずありませんので、この方かアルツハイマーとは思えませんが、その他にももっと稀な変性疾患は種類としてはたくさんあります。変性疾患で妄想が出ることもあります。そういった可能性も考慮して、まずは受診が必要だということになります。すべてはそれからということになるでしょう。
なお、メールの最後に書かれている文章、
精神科の閉鎖病棟に入れて、薬漬けにするといった最悪の病院選びもしたくありません
は、この叔母様を思いやるあなたの素直な気持ちから出たものだと察せられますが、少なくとも一部は精神科への誤ったイメージからきていると思います。
というのは、まずこのケースでは、入院は閉鎖病棟でなければ無理でしょう。病識はほぼ完全に欠如していますし、20年前に自己退院されたという既往もあります。本人が退院したいと言ったら退院させる、というやり方では、入院治療を続けることはできないでしょう。そもそも入院させること自体が無理でしょう。(ただし、これは絶対にそうだとはいえません。こうしたケースでも、意外にその時になると自分の意思で治療を受け続けることかあります。ただしそれは例外的で、最初からそれを期待することはできません)
そして、診断の結果精神分裂病(統合失調症)ということになれば、治療の基本は薬物です。
ですから、この方の病院での治療は、
閉鎖病棟で薬を飲んでいただく
という形になることはほぼ確実です。少なくとも治療開始の時点では、他の方法はあまり考えられません。
さらに、ここからは何ともいえないところもありますが、20年以上放置されて慢性化し、メールの内容のような重い状態では、あまり少ない薬の量では効果が期待できないでしょう。ですからある程度以上の量の薬を使うことになります。そうすれば副作用も出るでしょう。ということは、治療開始の時点では、外観だけを見れば、
閉鎖病棟に入れて薬漬けにする
というふうに見えることが予想されます。
この外観は、「社会復帰に向けた、明るい雰囲気での治療、療養」からは程遠いものです。しかし、「閉鎖病棟で、大量の薬物投与」という治療を必要とする人が少なからずいらっしゃるという現実から目を背けることはできません。叔母様の治療を開始するにあたっては、この認識も十分していただきたいと思います。