精神科Q&A

【0486】同期のうつ病女性の異常な嘘


Q: 私の会社の同期の27歳のある女性Dさんは、非常に気を使う性格です。私たち同期に対しても、気を使いすぎて私たちが反対に気疲れしてしまうほどです。

 そのDさんが、この2年間周囲を巻き込んで大変な嘘をついていたのです。

 Dさんの職場では、29歳女性が一番年齢が近く若い先輩です。私たち同期は、彼女から入社当時からずっとその先輩にいじめられていると聞いていました。それは、同期誰もがDさんから相談されていました。もちろん私たちもDさんを信頼し、いじめは真実だと信じて疑いませんでした。しかし、最近その先輩から食事に誘われ、驚くような事実を告げられました。実は、その先輩はDさんから、私たちがその先輩の悪口・文句・いやがらせ等を行っていると聞いていたそうなのです。しかも、Dさんは私たちにいじめられているので相談に乗って欲しいと先輩に頼んでいたりもしていたというのです・・・。私たちはそんなことを言ったこともなく、同期の友人たちは誰もが驚くばかりでした。

 事はそれだけではなく、先輩にそんなことを言って取り入ろうとしている反面、先輩にはストーカーまがいのメールや、電話を一日に何回も行っていました。先輩が、「こんなことは止めて欲しい」とメールをしたところ、すぐに電話がかかってきて「死んでやる死んでやる」と何回も電話口で叫ばれたそうです。

 また、職場の上司などには、同じ職場にもかかわらず先輩にいじめられているとうそをつき、また私たち同期も仲が悪く困っているなど、まったくありもしないことを言っていたようです。

 先輩、同期の私たちも我慢の限界となり、ある日Dさんを交えて話し合いをしました。

 そのときには、「先輩にいじめられた事実はなく、私たち同期に対しても悪いことをした」とぶっきらぼうながら言っていました。今までのDさんは、同期の中でも姉御肌で世話好きで全員をまとめる役でした。しかし、冒頭にも書きましたとおり、非常にというか異常なまでに気を使う性格で、私たち全員に無理に合わそうとするのが感じられるのです。彼女は既婚者ですが、夫にはかなり秘密があるようでした。家事を一切しない夫にかわり完璧な主婦を演じていたようです。

 Dさんはその話し合い後、療養休暇をとっています。そして、夫に「先輩にいじめられているから仕事にいけない」とまたしてもうそをつき、夫が職場の上司に怒鳴り込んできたそうです。上司は、先輩の話を一切聞かずDさんの側についてしまい、これでは休んだ者勝ちのようになっています。また、先輩は無理やり見舞金を巻き取られ、それを当たり前のように受け取ったそうなのです。

 Dさんは、病院からうつ病との診断書が提出されているそうですが、うつ病ということだけで片付けられるのでしょうか?彼女とのカウンセリングだけで医師には真実は見えるのでしょうか?また、実は話し合いの内容を彼女には内緒でテープに録音しています。いやがらせメールもすべて保存しています。これを公表すれば、彼女を追い詰めることはわかっていますが、このままでは私たちは納得いきません。彼女が、どうしたいのか何を求めているのでしょうか?それともうつ病の人は、みなさんこのようなことをするのでしょうか?彼女一人のおかげで、私たちはめちゃくちゃです。彼女にどのように接すればよいのでしょうか?


: このDさんは、うつ病ではありません。それだけは間違いないと思います。Dさんの言動からは、むしろ境界型人格障害の特徴が見られます。ただこういう言い方をすると、直ちに、「境界型人格障害の人は、みなさんこのようなことをするのでしょうか?」という質問を受けそうですので、「そうではありません」と私も直ちにお答えしておきます。また、Dさんが境界型人格障害と診断できるかどうかもまだわかりません(うつ病ではないことは確かです)。それを十分理解されたうえで以下の回答をお読みください。

 Dさんのように、表面的には非常に「いい人」(「非常に気を使う性格です。私たち同期に対しても、気を使いすぎて私たちが反対に気疲れしてしまうほどです」とあなたもお書きになっています)で、実は相手によって巧妙に言動を使い分け、他人を操作する、というのは、境界型人格障害の人によくみられることです。ですから、結果としては、あなたの書かれているように、「彼女一人のおかげで、私たちはめちゃくちゃです」ということになることもあります。また、本人の非を指摘するなど、本人の意にそぐわないことを周囲がすると、自殺のポーズによって反応するというのも、この障害の人の典型的なパターンです。

「「こんなことは止めて欲しい」とメールをしたところ、すぐに電話がかかってきて「死んでやる死んでやる」と何回も電話口で叫ばれた」

というのは、いかにも典型的な反応です。

 そして、周囲の人の中には、その人の言葉を完全に鵜呑みにしてしまい、悪いのはほかの人のほうだと思い込んで正義感に燃えて攻撃に回る人が出てくるのもよくあることです。

「夫が職場の上司に怒鳴り込んできた」

という、Dさんのご主人の行動はまさにその典型に見えます。

「先輩の話を一切聞かずDさんの側についてしまった」

という上司の方も、それに含まれるかもしれません。

 同じようなことは病院でもよくあります。つまり、境界型人格障害の人の言葉を鵜呑みにしたご家族や友人が怒鳴り込んでくるのです。これはたとえば、野村総一郎著 「「心の悩み」の精神医学」の142ページにも、「お助けおじさん」として、かなり似た例が出ています。境界型人格障害の人に巻き込まれて(操作されて、といってもいいでしょう)、親切心から診察室に登場する人たちのことを、野村先生はこの本の中でそう呼んでおられます。実際、非常によくあることです。

 以上のように、ご質問のDさんをめぐる周囲の人の動きは、Dさんが境界型人格障害だとすれば、非常にありふれたパターンといえます。

 さて具体的なご質問のひとつひとつに回答を試みてみます。

1. Dさんは、病院からうつ病との診断書が提出されているそうですが、うつ病ということだけで片付けられるのでしょうか?
 繰り返しになりますが、Dさんはうつ病ではありません。あえてうつ病という言葉を使うとすれば、擬態うつ病ということになるでしょう。診断書にうつ病と書かれていることは、その人がうつ病という裏づけには全くなりません。これは擬態うつ病の58ページにお書きしたとおりです

2. 彼女とのカウンセリングだけで医師には真実は見えるのでしょうか?
 見えることも見えないこともあります。本人の話を聞くだけでは、医師も、たとえばDさんの夫のようにだまされるに違いない、というのが、あなたのこの質問の主旨だと思います。確かにそういうこともあるとは思いますが、臨床経験上は、診察の回数を重ねればある程度は真実が見えてくるものです。この「ある程度」がどの程度かは、検証が非常に難しいのですが・・・
 このように真実を見るためには、結局は経験とカンに頼ることになります。
 ですから、項目をチェックする診断基準のようなものは、最終的には診断には役に立たないのです。うつ病の診察室にあるような、チェック式の診断法を使えば、このDさんもうつ病ということになるかもしれません。それは実際の診断とはほど遠いものなのです。

3. 彼女が、どうしたいのか何を求めているのでしょうか?
 残念ながら、わかりません。
 彼女が本当は何を求めているのか、それはかなり長期にわたって面接(精神療法)を行っていくなかで、ようやく見えてくる性質のものだと思います。もちろん、そうやって見えたものが真実かどうかは検証しようがありませんが。もっとも、そういう言い方をすれば、どんな人についても(自分自身についても)、どうしたいのか何を求めているのかはわからないということになるかもしれません。

4. うつ病の人は、みなさんこのようなことをするのでしょうか?
 繰り返しになりますが、Dさんは、うつ病ではありません。うつ病がこのように誤解されているとすれば、非常に残念なことです。

5. 彼女にどのように接すればよいのでしょうか?
 【0233】【0478】でも申し上げたとおり、あなたやあなたの周囲の方が容認できる限界を設定し、それを超えたら厳しい態度で臨むという以外にはないと思います。
 ただし、そうした場合のDさんの反応としては、自殺のほのめかし、自殺未遂、あるいは本当に自殺してしまうことも考えられます。それが境界型人格障害の人の行動パターンというものです。(念のためしつこく言いますが、境界型人格障害の人がすべてそういう行動パターンをとるという意味ではありません)
 


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