精神科Q&A
【0437】毎日毎日不安を訴え、「夜が明けないから死ぬことができない」などと訴える母
Q: 67歳の実母のことでご相談します。私は結婚して実家のすぐ近くに住んでいる42歳の次男です。まず母の病状の経過を説明します。
電気けいれん療法再開」という記載からすると、有けいれん療法だったように思えます。有けいれん療法だったとすると、この年齢では、あまり多くの回数は行えないでしょう。骨折などのおそれが高まるからです。ただ無けいれん療法なら、通常はまだまださらに行う余地があると思います。(ただしこちらもお読みください)
・1年2ヶ月前 夜眠れずに悩むようになり、近所の内科よりレンドルミンをもらう。同居の長男夫婦とやっている商売(自営)がなかなか上手くいかないことなどを必要以上に不安に感じていたらしい。
・1年1ヶ月前 突然「淋しい、淋しい」と私に抱きつき泣き喚く。総合病院のストレス科を受診し、うつ病と診断され、デパス0.5とパキシル10をもらう。レンドルミンも続ける。しかし、毎日毎日訳のわからない不安をあれこれと訴える。
・11ヶ月前 父の膀胱癌告知。悪いことが続き母の不安材料は増え、病状は良くなるはずもなく・・・・
・9ヶ月前 幸い父の術後は良好で、まもなく退院。しかし母は、父の術後ケアでパニックになり、台所に立っても何をしたら良いのかわからなくなる。ストレス科の医師に相談して、 パキシル20に増量。が勝手に半分にして飲んでいたらしい。病状は良くなるどころか、そばにいる者までおかしくなってしまいそうな異様な顔つきで、一日中あーだこーだと意味のない不安を訴える。時々強迫観念に取り付かれたように、何かを始める。
この時点で、別の総合病院の精神科を紹介される。パキシル30に増量。家事はやらせないようにとの指示。手の震え、目の周りの痙攣がひどくなる。死にたいと叫ぶ。
県立精神病院を紹介され、入院。
パキシルの副作用が出ているとのことで、服用中止。
デパス0.5、レボトミン5、ベンザリン10、マイスリー10、レキソタン5投与。
10日程で落ち着き退院。しかしその後、毎日朝から寝るまで部屋の中を歩き回り
「暑いか寒いかわからない、何を着たら良いのか?ウンチもオシッコもわからない。 口が渇く。光がまぶしい。食べたいか食べたくないかわからない。」
と、うるさく訴える。
・8ヶ月前 今度は何も言わなくなり一日中座ったまま動かない。目は空ろで喜怒哀楽も示さず、食事も摂らない。身の回りのことも何もできない。
・7ヶ月前 再入院。微熱が続く。食事、入浴拒否。うつの薬は投与されず様子見。微熱の原因不明。テシプール投与。
・5ヶ月前 夜、病棟の廊下を徘徊。体重激減。
「私は今、闇の中にいる。現実ではない。空想の世界だ。誰も信用してくれない。夜が明けないから死ぬことができない。」
だいぶ前からうつの投薬はなし。副作用がでやすいためとのこと。
この時点で、電気けいれん療法開始。私たちはワラにもすがる思いでいたところ、3回目で劇的に回復した!
笑顔で「もう治ったから家に連れて帰って」と、まるで奇跡のよう!
外泊が許可され、家では言動はまともではないものの、食欲もあり、会話もでき、食器洗いの手伝い、お茶だしなどやり、顔つきも穏やかになる。が、下の始末はできない。
病院に戻り電気けいれん療法を続ける。計6回。
・3ヶ月前 退院。10日間ほど良い状態だったが、その後、また座ったまま俯いて、何も話さなくなる。
通院で電気けいれん療法再開。すぐに効果は出ず、一晩中「寝られない!」と泣き喚く。
・2ヶ月前 電気けいれん療法再開後9回目で少し落ち着いたものの、まだ安定せず、レボトミン、ベンザリン、マイスリー増量。
・1ヶ月前 さらに電気けいれん療法2回。イソミタール、ブロバリン、ウインタミンもらう。
夜は眠るが、日中は朝からイライラ、焦りが続き、頑固で手に負えず。
再入院。入院は嫌だと大声で泣き喚き暴れる。閉鎖病室に隔離され、身体拘束。
4日後、4人部屋へ。現在に至る。食事、入浴以外はベッドの上。食事は自分で食べる。下の始末はできない。険しい顔つき。面会に行っても「帰れ!」と拒否。父にだけはほんの少し素直で「家に帰りたい」とか言うらしい。相変わらずうつの投薬なし。電気けいれん療法も今はやる時期ではないとのこと。
そして現在にいたります。結局、今うつの治療は何もされていないわけで、ただベッドに寝ているだけの状態です。
これでうつ病が治るのでしょうか?主治医は副作用にこだわって、薬を与えてくれません。
主治医は「入院当初は廃人のようだった。それが電気けいれん療法の効果で、当時に比べれば格段に良くなっているでしょう」と言いますが、とても満足できる状態ではありません。
また「少々ボケもあるのでしょう。あとはたまに家に連れて帰って刺激を与えるようにしてみてください」と、もはや匙を投げてボケ老人ということにしているような気がします。
父は主治医の言うとおりにするしかないと言って一週間に一度連れて帰って来ますがとてもまともに日常生活が送れる状態ではありません。家族も地獄です。
母はいったいどうなるのでしょうか?
もう元の母には戻れないのでしょうか?
林: まず、お母様の診断はうつ病だと思います。
しかも、うつ病としてはかなり激しい症状です。基調として抑うつ感があると思われますが、
「「淋しい、淋しい」と私に抱きつき泣き喚く」
「毎日毎日訳のわからない不安をあれこれと訴える」
「一日中あーだこーだと意味のない不安を訴える」
「時々強迫観念に取り付かれたように、何かを始める」
「死にたいと叫ぶ」
というように、不安や焦燥が目立ち、
さらに
「暑いか寒いかわからない、何を着たら良いのか?ウンチもオシッコもわからない。 口が渇く。光がまぶしい。食べたいか食べたくないかわからない」
「私は今、闇の中にいる。現実ではない。空想の世界だ。誰も信用してくれない。夜が明けないから死ぬことができない」
のような妄想も加わり
一時は
「今度は何も言わなくなり一日中座ったまま動かない。目は空ろで喜怒哀楽も示さず、 食事も摂らない。身の回りのことも何もできない」
という状態(これを昏迷または亜昏迷といいます)に陥っています。この症状を見ると、電気けいれん療法は適切な方法だったと思います。事実、一時的にせよお母様の病状にかなり著明な効果が得られています。
ただ、抗うつ薬が不適切ということはありませんので、現時点で、普通はもっと抗うつ薬を使うと思います。お母様の主治医がなぜお使いにならないのか、このメールだけの情報からは不明です。副作用がそれほど出ているとは読み取れないのですが、あるいは何かほかにも副作用が出ていたのかもしれません。
それから、上に妄想として抜書きした
「私は今、闇の中にいる。現実ではない。空想の世界だ。誰も信用してくれない。夜が明けないから死ぬことができない」
というのは、否定妄想あるいはコタール症候群の色彩があります。コタール症候群とは、死ぬことができない、臓器がなくなってしまった、というような奇妙な訴えが目立つもので、高齢者のうつ病に見られるものです。ただし、稀な症状です。
そして、コタール症候群には、診断上複雑な問題があります。
最初に、お母様の診断はうつ病だと言いましたが、実はコタール症候群になると、うつ病よりもむしろ精神分裂病(統合失調症)圏の症状だという考え方もあります。ですから、この症状に対しては、抗うつ薬よりも抗精神病薬を用いるべきだと考える医師もいます。どちらが正しいか(つまり、コタール症候群はうつ病圏の症状か、分裂病圏の症状か)は、今のところ不明です。ということは、どちらも一理あるということになります。お母様の主治医が抗うつ薬を投与しないのは、もしかするとうつ病ではないと考えている可能性もあると思います。
ただ、いずれにせよ、現在のお母様の状態は、まだまだ治療を要すると読み取れます。この状態で外泊を繰り返して家に連れて帰って刺激を与えるようにという方針は、適切とは思えません。電気けいれん療法か、薬物療法を行うべきだと思います。それを行わないのは、何か理由があるのかもしれません。薬なら当然副作用の問題です。電気けいれん療法については、わかりません。一定以上の回数は行わないという信念のようなものを主治医が持っておられるのかもしれません。それから、お母様の電気けいれん療法の実際の方法が不明ですが、有けいれん療法だったのでしょうか、それとも無けいれん療法だったのでしょうか。「通院で